第66話 雪

文字数 865文字

 そうして、三人とも、ここでの生活に少しずつ慣れて行った。いつの間にか、部屋の中に物が増えていき、着替えを入れる衣装ケースや、上着をかけるラックも置かれた。
 やがて季節は冬を迎えた。
 
 
 その朝、久美とともに部屋に入って来るなり、藍が言った。
「ねぇ、外を見た?」
「うん」
 翔も基樹も、藍の言わんとすることを理解した。外と言っても空しか見えないのだが、シャッターの細い隙間から見える灰色の空からパラパラと落ちて来る影は、間違いなく雪だ。
 それは、今も静かに降り続けている。
 
 藍が、久美に向かって言う。
「ねぇ、朝ご飯を食べ終わったら、屋上に行きたいわ。二人も行きたいわよね」
「そうだな」
「うん」
 口々に答える。
「わかりました。増永さんに伝えます。みなさん温かくなさっていらしてくださいね」
「もちろんよ」


 屋上には、すでに雪が数センチほど積もっていた。藍が歓声を上げて走り出し、まっさらな雪の上に足跡をつけて行く。
 翔と基樹も、雪の上に踏み出す。下ばかり見て歩いていると、突然、頭に雪がバサバサと落ちて来た。
「うわっ」
 上部を覆うネットに積もっていた雪が落ちて来たのだ。見回すと、藍も基樹も雪まみれになっている。
 お互いの姿がおかしくて、雪を払いながら、みんなで笑い転げた。
 
「明日になったら、もっと積もるかしら。そうだったら、雪だるまを作りたいわ」
 白い息を吐きながら、藍が言った。頬と鼻の頭を赤くしながら無邪気に笑う藍は、小さな子供のようだ。
「明日はネットの上も大変なことになっているかもしれないぜ」
 そう言う基樹も、満面の笑みを浮かべている。
「ボールを当てて雪を落とせばいいんじゃない?」
「俺たちもまた雪まみれになるけどな」

 二人の明るい笑顔が見られて、とてもうれしい。口に出しては言えないが、こんな時間が続くなら、ずっとここに閉じ込められたままでもかまわない。
 翔は、そう思った。藍のことも基樹のことも大好きだ。自分は今、とても幸せだ……。
 
 
 だが、三人が雪だるまを作ることはなかった。屋上に行ったのも、その日が最後だった。
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