第62話 本
文字数 1,410文字
「ふぅ、疲れた……」
さっそく器具で運動した基樹が、息を弾ませながら、ベッドに寝転がる。そして、翔が座るこちらのベッドに顔を向けて言った。
「なぁ、宇宙とか歴史が好きなのか?」
「うん、まぁ」
「さっき俺、危うく漫画が読みたいって言おうとしてやめたよ」
「どうして? 言えばよかったのに」
「言えるかよ。宇宙の神秘とか言ってる横で、運動器具とか漫画とか、ただの筋肉馬鹿みたいじゃないか」
「そんなことないよ」
翔はふと思う。藍は今頃、部屋で何をしているのだろう。二人に遠慮しているのか、朝も昼も、食事が終わると、久美とともに、さっさと部屋を出て行ってしまった。
藍も、久美に欲しいものをねだったりしているだろうか。久美はいろいろ用事があるらしく、部屋にいるのは夜だけだという。
まさか、部屋で一人、鮎川を思って涙しているのでは……。
頭の中に、万葉集の解説書に目を落とす藍の姿が浮かぶ。鮎川から借りたままの本を、藍は荷物の中に忍ばせて来たのだろうか……。
夕食の時間、久美たちと一緒に、さっそく増永が本を持って来てくれた。宇宙の成り立ちについて書かれたものと、古代文明について、それから、日本の平安時代についての本だ。
「ありがとう。僕が平安時代が好きだって、よくわかったね」
本を手にしたうれしさで、つい饒舌になる。
「いつか洋館のお部屋で、源平合戦関連の本を目にした記憶がありましたので」
源氏と平氏の、時代に翻弄される哀切な姿に惹かれ、そういう本をよく読んでいたのだった。本は、すべて洋館の読書室にあったものだ。
ふと気づいて、二人のやり取りを見ている藍に問いかけた。
「藍は、部屋で何をしているの?」
すると、藍がにっこり笑った。
「私、刺繍をしているのよ。久美にお願いして、一式そろえてもらったの。
やり始めると、つい夢中になってしまって、肩が凝っちゃったわ」
そう言って、自分の肩に手を当てる。
「あんまり根を詰めないで」
「ありがとう。出来上がったら見せてあげるわね」
「うん」
とりあえず、楽し時間を過ごしているのならよかった。藍が寂しい思いをしているのに、自分だけ、基樹と甘い時間を過ごすのは気が引ける。
「それでは、私はこれで」
そう言って、増永は出て行こうとする。翔は、基樹の耳元で言った。
「漫画はいいの?」
「いいよ」
増永がこちらを見た。
「何か?」
基樹はあわてて手を振る。
「いえ、なんでもないです」
久美も出て行き、食事が始まると、藍が運動器具を指して言った。
「あれ、すごいわね」
基樹が答える。
「よかったら、藍も使えよ。肩こり解消になるぜ」
「そう? 返って筋肉痛にならないかしら」
「二人とも痩せているからな。まずは筋肉をつけることから始めたほうがいいかもしれない」
藍は、あまり気乗りしなそうな顔でうなずいてから言った。
「さっき、何をこそこそ話していたの?」
翔は、基樹の顔を見る。
「言ってもいい?」
「あぁ、別に大したことじゃない」
基樹は、ビーフシチューの中の肉のかたまりをすくって口に運ぶ。
「読みたい漫画があるなら、増永に言って持って来てもらえばいいと思って」
「基樹くん、漫画が好きなの?」
「好きってほどでもないさ。本なら、翔のを読ませてもらうからいい」
「ふぅん、そう」
それほど興味がわかなかったようで、藍はそれ以上深掘りせず、食事に集中し始めた。なんとなくおかしくなって、翔は一人、にやけてしまった。
さっそく器具で運動した基樹が、息を弾ませながら、ベッドに寝転がる。そして、翔が座るこちらのベッドに顔を向けて言った。
「なぁ、宇宙とか歴史が好きなのか?」
「うん、まぁ」
「さっき俺、危うく漫画が読みたいって言おうとしてやめたよ」
「どうして? 言えばよかったのに」
「言えるかよ。宇宙の神秘とか言ってる横で、運動器具とか漫画とか、ただの筋肉馬鹿みたいじゃないか」
「そんなことないよ」
翔はふと思う。藍は今頃、部屋で何をしているのだろう。二人に遠慮しているのか、朝も昼も、食事が終わると、久美とともに、さっさと部屋を出て行ってしまった。
藍も、久美に欲しいものをねだったりしているだろうか。久美はいろいろ用事があるらしく、部屋にいるのは夜だけだという。
まさか、部屋で一人、鮎川を思って涙しているのでは……。
頭の中に、万葉集の解説書に目を落とす藍の姿が浮かぶ。鮎川から借りたままの本を、藍は荷物の中に忍ばせて来たのだろうか……。
夕食の時間、久美たちと一緒に、さっそく増永が本を持って来てくれた。宇宙の成り立ちについて書かれたものと、古代文明について、それから、日本の平安時代についての本だ。
「ありがとう。僕が平安時代が好きだって、よくわかったね」
本を手にしたうれしさで、つい饒舌になる。
「いつか洋館のお部屋で、源平合戦関連の本を目にした記憶がありましたので」
源氏と平氏の、時代に翻弄される哀切な姿に惹かれ、そういう本をよく読んでいたのだった。本は、すべて洋館の読書室にあったものだ。
ふと気づいて、二人のやり取りを見ている藍に問いかけた。
「藍は、部屋で何をしているの?」
すると、藍がにっこり笑った。
「私、刺繍をしているのよ。久美にお願いして、一式そろえてもらったの。
やり始めると、つい夢中になってしまって、肩が凝っちゃったわ」
そう言って、自分の肩に手を当てる。
「あんまり根を詰めないで」
「ありがとう。出来上がったら見せてあげるわね」
「うん」
とりあえず、楽し時間を過ごしているのならよかった。藍が寂しい思いをしているのに、自分だけ、基樹と甘い時間を過ごすのは気が引ける。
「それでは、私はこれで」
そう言って、増永は出て行こうとする。翔は、基樹の耳元で言った。
「漫画はいいの?」
「いいよ」
増永がこちらを見た。
「何か?」
基樹はあわてて手を振る。
「いえ、なんでもないです」
久美も出て行き、食事が始まると、藍が運動器具を指して言った。
「あれ、すごいわね」
基樹が答える。
「よかったら、藍も使えよ。肩こり解消になるぜ」
「そう? 返って筋肉痛にならないかしら」
「二人とも痩せているからな。まずは筋肉をつけることから始めたほうがいいかもしれない」
藍は、あまり気乗りしなそうな顔でうなずいてから言った。
「さっき、何をこそこそ話していたの?」
翔は、基樹の顔を見る。
「言ってもいい?」
「あぁ、別に大したことじゃない」
基樹は、ビーフシチューの中の肉のかたまりをすくって口に運ぶ。
「読みたい漫画があるなら、増永に言って持って来てもらえばいいと思って」
「基樹くん、漫画が好きなの?」
「好きってほどでもないさ。本なら、翔のを読ませてもらうからいい」
「ふぅん、そう」
それほど興味がわかなかったようで、藍はそれ以上深掘りせず、食事に集中し始めた。なんとなくおかしくなって、翔は一人、にやけてしまった。