第135話 膝

文字数 847文字

 二人は、基樹の部屋に行った。そこならば、突然、誰かが訪ねて来る心配がないからだ。
 基樹に続いて部屋に入った翔は、後ろ手にドアを閉めた後、そのまま、背中から基樹を抱きしめた。翔はそのつもりだったのだが、基樹のほうが背が高いので、抱きしめるというより、しがみついたようになってしまったが。
 基樹の背中に頬をつけて、ささやく。
「いつも優しくしてくれてありがとう。基樹も、僕になんでも言って。
 弱音を吐いてもいいよ。基樹も、遠慮しないで、僕に甘えて……」
 
 基樹は、ウェストに回した翔の両手を外して、くるりと振り向いた。その目が潤んでいて、翔は、はっとする。
「ごめん。翔が、藍のことを心配するのは当たり前なのに、焼きもちを焼くような情けないこと言って……」
「情けなくないよ。僕は、基樹が心の中を見せてくれたみたいで、うれしかったけど」
 翔が微笑むと、ようやく基樹も、照れくさそうに笑った。
 
 基樹は、翔の肩に手を置いて言う。
「俺、今まで、心の中を見せていなかったかな」
「そうかも。でもそれは、いつも僕が、めそめそしていたからじゃないかな。
 基樹は、僕を元気づけようとして頑張ってくれていたから、自分のことを話す暇がなかったんだよね」
「そう、かな。俺は、そんなつもりはなかったけど。俺はいつも、翔のそばにいられて幸せだと思っているし……」

「うれしいな。……それはそうとして、ちょっと座らない?」
 さっきからドアの内側で、ずっと立ち話をしている。
「あぁ。でも……」
 基樹が、部屋を見回す。
「ここには、椅子が一つしかない」
 この部屋にあるのは、デスクが一つと、ベッドと、例の運動器具だけだ。
 
 基樹が、いつものように、にやりとしながら言った。
「ベッドに並んで座って、翔を押し倒したくなったら困るだろ」
 それならそれで、かまわないような気持ちになっていたが、あえて言う。
「そうだね」
 すると基樹が、デスクの前のキャスター付きの椅子を引き寄せながら言った。
「じゃあ、俺がここに座るから、翔は膝に乗れよ」
「えっ」
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