第95話 涙

文字数 838文字

 基樹が、翔の体をまじまじと見ながら言った。
「こんなに痩せて……」
「そう、かな」
 もともと痩せているほうだし、自分のことはよくわからない。
「そうだよ。食べてないんだから当たり前だ」
 そう言いながら、翔の体に、唇を這わせ始める。以前ならば、恥ずかしいくらいに体が反応していたのに、今は何も感じない。
 
 基樹に申し訳ない。そう思い始めた頃、基樹が、翔の体の中心部を、手のひらで包み込むようにして握った。
 そして、その手をゆっくりと動かし始める。基樹の手が熱い。
「あ……」
 だめかもしれない。そう思っていたのに、基樹の手の温度が移ったように、不意に体が熱くなる……。
 
 
「なんで泣くんだよ」
 基樹が、翔の涙に濡れた頬を、指で撫でながら言う。終わった後、涙があふれ出して止まらなくなったのだ。
「だって、僕だけ、こんな……」
 藍は今、どんなに辛い思いをしているかもわからないというのに、我を忘れて快楽に身をゆだねた自分が許せない。なんと自分は淫らで自分本位なのかと呆れる。
 だが、翔が泣きじゃくっているそばで、基樹は平然と言った。
「それとこれとは別だろ。俺がしてやったんだから、気持ちよくて当たり前だ。
 そんなことで自分を責めるな。俺は、翔が感じてくれてうれしかったぜ」
 
 基樹は、いつも彼らしい言葉で、翔を慰め、包み込んでくれる。それがありがたくて、翔は、また泣いてしまう。基樹が、翔の涙をぬぐいながら言った。
「なぁ、もう泣くなって。きっと藍も今頃、翔が泣いてるんじゃないかって心配しているぞ」
 本当に、そうかもしれないと思う。自分は、いつもみんなに心配をかけてばかりだ。
 
 基樹と藍だけではない。翔はいつも反発していたけれど、久美だって、物心ついた頃から、二人を大切に育て、何くれとなく世話を焼いてくれた。それは多分、増永も同じだ。
 もっとしっかりしなくてはいけない。明日からは、ちゃんと起きて、ちゃんと食べなくては……。
 
 その日を境に、翔は、少しずつ落ち着きを取り戻して行った。
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