第26話 玄関

文字数 1,018文字

 翔は、床に足を下ろし、短パンの上から制服のズボンをはく。それから、その場を取り繕うように言った。
「部活に行かなくていいの?」
 藤崎は、サッカー部のエースなのだ。
「あぁ、今日は休んだ」
「えっ、何か用事があるの?」
 それなのに、こんなことに付き合わせたのなら申し訳ない。だが、藤崎は、ひらひらと手を振りながら言った。
「まぁいいじゃないか。俺のことは気にするな」


 制服に着替えると、保健の教師に挨拶をして、藤崎とともに保健室を出た。肩を並べて歩きながら、藤崎に尋ねる。
「あの、僕を保健室に運んでくれたのは」
「あぁ、俺だよ。試合の途中で、青くなってかがみ込んでるから、危ないと思って、コートから避難させようとして腕を掴んだんだけど、そのまま倒れたから驚いた」
「ごめん……」

「いや」
 藤崎が、くすりと笑った。
「試合に参加する気ゼロなのに、なんで揉み合ってる中に突っ込んで行くんだよ」
「突っ込んでなんか……」
 ぼんやりしていたら、いつの間にか渦中にいたのだ。
「でも、ありがとう。いろいろしてもらって」
「いいよ、気にするな」


 玄関に着いたところで、翔は藤崎に向かって言った。
「今日は本当にありがとう。じゃあ、これで」
 藤崎が、靴を履き替えながら言う。
「校門まで一緒に行こうぜ。なんなら、親父さんに挨拶するかな」
「え……」

 下駄箱の蓋に手をかけたまま棒立ちになっている翔を見て、藤崎が不思議そうに言った。
「なんだ、どうかした? 気分が悪いのか?」
「いや、えぇと……」
 増永とは顔を合わせてほしくない。なるべく、藤崎の存在を増永に知られたくない。
 だが、藤崎に、なんと言えばいいのかわからない。
 
 藤崎が、心配そうな顔をする。
「具合が悪いなら、やっぱり車まで送るよ」
「いや、だから、あの……」
 いつまでもぐずぐずしていると、藤崎が言った。
「もしかして、迷惑だったか?」

「あ……」
 怒らせてしまったかと思ったが、思わず見つめた藤崎の顔は、どこか寂しげだ。あぁ、彼を傷つけてしまった。
 そう思って、あわてて言い訳をした。
「違うよ! あの……僕の父親は、僕や妹が誰かと親しくすることをよく思わないんだ。
 だから……」
 もっと気の利いたことを言いたかったが、ほかにどう言えばいいのかわからない。
 
 藤崎が、小さく息を吐いて言った。
「そうか、わかった。じゃあな」
「あ……」
 一言謝りたかったが、言いあぐねているうちに、藤崎は、すたすたと玄関を出て行ってしまった。
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