第82話 オアシスとツンデレ

文字数 2,108文字

 あの日からもう五日。コレドさんには散々叱られ、砦の魔術師からはオアシス禁止令が出された。
 白砂より内側には入っちゃダメだって。出来ればライキ様と仲直りして、またオアシスの中に入れてもらいたかったんだけど、これじゃ無理そうだ。

 竜の姿のまま、白砂の外側で立ち尽くす。尻尾をニギニギしながら、背伸びしてオアシスの中を覗き込む。するとどこで見張っていたのか、すぐに若い魔術師見習い君が走ってきて「ダメですよ、陽竜様!」とか言われてしまう。一応「様」とか付けてくれているけど、口ぶりは小さな子供のいたずらを注意する感じだよね?なんか、我ながら情けない。

 しばらくオアシスを眺めていたら、良いことを思いついた。白砂の外側でオアシスに背中を向けて座り込む。そうすると当然尻尾はオアシスの方へ伸びる。
「チャポン」
 小さな水音を立てて、尻尾の先っちょがオアシスに入り込む。でも俺、今、オアシスの外側の方に気を取られてますから。建物の壁や窓を見るのに夢中ですから。尻尾の先っちょがオアシスの中に入ってるのなんて、全然気が付きませんでしたから!魔術師見習い君は気づいていない様子。尻尾は草や花に隠れて見えないもんな、へへへ。でも、ライキ様も気づいていないのか、尻尾にピリッとした刺激は来なかった。
 辛抱強く待つ。水の中で、ちょっと先っちょを揺らしてみる。ちゃぽちゃぽ。で、待つ。辛抱強く待つ。
 ――けど反応無し。ライキ様は俺の尻尾には気づいていないみたいだなあ……と、もう尻尾を引き上げようと思った時だった。ビリリリッ!と強力な稲光が尻尾の先っちょを痺れさせた!
「ピャア~ウッ!」
 思わず大きな声を出してしまった。やばい!魔術師見習い君が飛んでくる。「陽竜様!」という魔術師見習い君の咎める声と、「羅宇座!何しておった!」というライキ様のお怒りの声が同時に聞こえた。

 振り向くとライキ様がオアシスの上に浮かんでいた。キラキラと体の周りを無数の稲光が光っていてとても綺麗だ。反対側を振り向くと、魔術師見習い君が腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あ、女神さま……オアシスの女神様だ」
 見習い君が何だか拝み始めたぞ。ライキ様は「ふんっ!」と鼻息荒く俺の方を見て顎をしゃくると「さっさと入ってこんか!何をしておったのだ!?羅宇座の分際で!」と怒鳴った。オアシスに入っても良いらしい。ラウザの分際で、という表現は初めて聞いたけど、まあ気にしなくても良いだろう。これってツンデレってやつじゃないかな?ロータが言ってた。気が強くて可愛い女の子によく見られる現象だって。

 俺は魔術師見習い君に「それじゃ、女神さまに呼ばれてるんで!」と言ってから、オアシスの中に勢いよく飛び込んだ。

 この間は引きずり込まれたけど、今日は自分からどんどん潜っていく。尻尾を揺らしてグングン潜っていくと、水底近くにライキ様が立っていた。

「遅いぞ!羅宇座、何をしておった!?」
 いきなりお怒りモードだ。
「でも、ライキ様、この間は俺に帰れって……」
 つい尻尾をニギニギしながら答えるとライキ様がキッと睨みつける。
「もう来るなとは言っておらんぞ!なぜ五日も来なかったのだ!」
 えーと、これはつまり淋しかったってこと?ツンデレだな、これ。ツンデレ決定だよな?ロータ。
「このオアシスは砦の皆からとても大切にされているんです。そこに俺が勝手に入りこんじゃったから、怒られちゃって」
「誰が怒ったのじゃ!?オアシスに入る者を決めるのは我じゃ!他の誰でもないぞ!」
 ライキ様はプンプンピカピカしながら俺の周りをくるくると回っている。
「あの、俺、毎日来ても良いんですか?」
 恐る恐るたずねると、ライキ様はパッと頬を染めてからそっぽを向いた。
「まあ、羅宇座がどうしてもというなら、……仕方あるまい?」
 素直じゃないなあ。でも、ほんのり頬を染めたライキ様は可愛くて、俺は尻尾を振り振りしながら「来たいです!」と元気よく答えておいた。

 水底で、時々尻尾に稲光を飛ばしてもらいながら「ピャウッ!」とか言ってライキ様と遊んでいると、水面の方がずいぶん騒がしくなってきた。ああ、そう言えば魔術師見習い君は腰を抜かしていたんだっけ。これは一度上に出て様子を見てきた方が良いかもしれないなあ。
「あの、ライキ様、ちょっと上が騒がしいんで見てきますね」 俺がそう言うと、ライキ様は稲光を飛ばすのを止めて、ちらっと水面を見上げた。
「行くのか?」
「はい、あの、さっきの魔術師見習い君がどうなったか気になるし」
「そうか。よし、では我も一緒に行ってやる」
「えっ!?」
「何か?」
「い、いや、ありがとうございます」
 ライキ様にはそう答えたけど、大丈夫なのかな?このオアシスにライキ様が住んでいるなんて、長いこと誰も知らなかったんじゃないか?って思うんだ。魔術師見習い君は腰を抜かしていたし、コレドさんに見られたら何て言われるか……。オアシスがあるから、この砦は成り立っているようなものだし、まさかライキ様に出て行けとは言わないとは思うけど。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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