第234話-ケロールの王

文字数 2,426文字

 ラキ様の帯には、リュングの飛ばした魔伝が飾りのように挟まれています。

 つながったんです!黒ドラちゃんは思わずラウザーみたいに、竜に戻って尻尾を大きく振りたくなりました。嬉しくて涙が出そうです。
 一方、突然の見慣れぬ女神様の出現に、ルカ王子は戸惑っているようでした。
「いったい……?」
「ルカ王子、女神様です!ダンゴロー英雄譚の恵みの雨の女神様がおいでになったのです!」
 ミラジさんが、足元で尻尾を大きくびたんびたんと振りながら叫ぶと、ようやく王子の瞳に本当にラキ様が映ったようです。その眼差しには、期待と不安が入り混じっていました。ルカ王子が何か話そうとした時、モッチが黒ドラちゃんの花冠から飛び出してきました。ラキ様の目の前でぶんぶん飛び回ります。

「ふむふむ、なるほど」
「ぶぶいん!ぶいん!ぶぶぶい~~ん!」
「花が咲かぬとな?」
「ぶん!」
「はちみつ玉も喜ばれぬと?」
「ぶっぶい~~~ん、ぶいん!!」

「ほお」
 ひと通りモッチの訴えを聞いた後で、ラキ様がルカ王子に話しかけました。

「ここでは花が咲かぬとな?」
「それは、」
「妖精が喜ぶはずのはちみつ玉も、カエル妖精たちに喜ばれぬと」
「か、カエル妖精などと、とんだ間違いです!」
「違うのか?」
「わたくしは呪いでカエルにされているだけ!カエル妖精などではありません!」
 ルカ王子の言葉に、足元でミラジさんが悲し気に首を振っています。

「では、この大池の中で、たくさんのカエル妖精の卵が、長く眠っているというのは?」
 ラキ様が目を細めて、ゆっくりと大池の中を見渡します。
「さあ?カエルの卵など。私には関係のないこと」
 ルカ王子はかたくなです。決して自らの『呪い』の決まり事から出てこようとはしません。

「知らぬか?」
「知りません!」

「要らぬか?卵たちは」
「い、要りません!」

「……まことか?」
 ラキ様の目は、大池の奥深くに沈むたくさんの卵を捉えていました。
「我は華竜から花びらを預かっておる。眠り続ける卵たちが無事に孵れるように、祈りを込めてくれたそうじゃ」

 マグノラさん!
 思わず黒ドラちゃんはドンちゃんとギュッと手を握り合いました。ラウザーとラキ様は、マグノラさんのところまで行ってくれたのです。だからこんなに時間がかかったのでしょう。ラキ様が袖に手を入れて再び出すと、手のひらにはこんもりと白い花びらが乗っていました。
「この花びらを池にまけば、卵は健やかに孵るだろう」
「い、い、要りません」
 ルカ王子の姿が大きく揺らぎます。食いしん坊さんやドンちゃんのお話を聞いた時と同じように。

「まことに要らぬのか?」
「要りません!」
 ラキ様がじっとルカ王子を見つめます。やがて、小さな稲光が見えたと思ったら、手のひらに乗せた花びらが燃え上がり、一瞬で消し炭になりました。
「そうか、要らぬか。ならばその卵たちも不要であろう?」
「……」
 ラキ様が大池の中の卵を見つめます。ゆっくりと片手をあげて稲光を集めます。

「だ、ダメだよ、ラキ様!」
 黒ドラちゃんが思わず止めようとすると、食いしん坊さんとリュングに両側から止められました。ラウザーは、ラキ様の後ろで尻尾を高速にぎにぎしながら、固唾を飲んで見守っています。
 ラキ様の手には眩いばかりの稲光が集まっています。あんなものが落とされたら、池の中の卵たちなんてひとたまりもありません。ラキ様が片手を下ろそうとした瞬間、かたくなに動こうとしなかったルカ王子が池に飛び込みました。
「!」
 黒ドラちゃんたちはびっくりして、あわてて池を覗き込みます。池の深いところで、ルカ王子はたくさんの卵を抱き抱えていました。ラキ様が池の上から静かな声で「要らぬのでは無かったか?」とたずねます。ルカ王子は池の中からラキ様をにらみつけました。卵を抱きかかえたまま、水面に向かって泳いできます。そして、大切なものを扱うように、そっと蓮の葉の上に卵たちを乗せました。
 卵を後ろにかばい、ラキ様に向き直ると、いつもの仮面のような穏やかさが嘘のように怒鳴りだしました。
「これは私の命より大事なものだ!」
「ほお?」
「愛する子供達が精一杯生きた証だ!簡単に燃やされてたまるか!」
「おや?お主は王子であろう?その若さで子などおったのか?」
 ルカ王子の顔が怒りで見る見る真っ赤に膨れ上がりました。
「ふざけるな!私は王だ!このケロールの国の王だ!」
 ルカ王子は、いや、ルカ王はラキ様に怒りを爆発させました。
「だいたい、なんだ、今頃のこのこと!なぜ今まで来てくれなかったのだ!?王子達が針の雨を浴びてしまったすぐ後に来てくれれば、何か手が打てたかもしれない!いや、あの大嵐だって恵みの雨の女神であれば、防げたのではないか!?なぜ我々ばかり苦しまなければならなかったのだ!?王子や大勢のケロール達が短い寿命になってしまったではないか!どうしてあの時助けてくれなかった!?どうして!どうして!どうしてっ……」
 火を噴くように激しかったルカ王の声が、だんだん小さくなっていきます。ルカ王は涙を流しながら、これまで誰にも話せなかった、ぶつけられなかったやり場のない怒りを、ラキ様にぶつけていました。

 ラキ様は、ただ黙って聞いています。


 ひとしきり思いの丈を吐き出すと、ルカ王は年相応に老いたカエル妖精に戻っていました。ルカ王の漏らす嗚咽が、大池の水面を揺らします。
 ラキ様が、ゆっくりとルカ王に近づいて、優しく語りかけました。
「気づいてやれず済まぬな、遅くなってしまって悪かった。辛い思いをさせたな」
 うずくまり泣いていたルカ王が顔を上げました。シワに囲まれた瞳でラキ様をじっと見つめます。

「女神様、私は……いえ、わかっています。そうです、わかっていたのです……」
 ルカ王の声には、もうラキ様を責めるようなものは感じられませんでした。そして、新たな涙を流しながら、周りを見回します。

 ルカ王の目に、フラック王国の景色が、映りました。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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