第311話 最終章-3

文字数 2,913文字

 マグノラさんはドンちゃんの事も背中に乗せてくれました。
 動き回る双子を目で追いながらも、ドンちゃんの涙は止まりません。


「マグノラさんは、前に言ってたよね。竜としては一番魅力的なお年頃だって。まだまだいっぱい遊べるよね?」

 黒ドラちゃんがいうと、マグノラさんがガラガラ声で笑いながら答えてくれました。

「おやまぁ、よく覚えているもんだねえ。そうだよ、今でも魅力的だろう?」

「う、うん」

「でも、それならどうして、」

「ごめんよ、黒チビちゃんたち。良いかい?覚えておくんだよ、レディの年齢っていうのはだいたい少しだけ若く言うものなのさ」

「え、じゃあ、本当は……」

「けっこうなお年頃ってところだね」

 マグノラさんの答えに、黒ドラちゃんもドンちゃんも言葉が出てきませんでした。

「ねえ、マグノラさん、竜ってすごく長生きなんだよね?」

「ああ。ずいぶん長く生きたね」

「……それって、もう少しだけ延ばせないの?」

 ドンちゃんの声が震えています。黒ドラちゃんにはドンちゃんの気持ちが痛いほどわかりました。

 もう少しだけ、あと少しだけ――



 少しの沈黙の後で、マグノラさんの優しいガラガラ声が響きます。

「ドンチビちゃん、望んでくれてありがとう。でも、きっといつまでたっても『あと少し』って感じるものなのさ」

「マグノラさん」

「ありがとうよ、おチビちゃんたち。こんなに幸せな気持ちで眠りにつけるなんて、あたしはなんて幸運な竜だろう」

 マグノラさんは再び丸くなると目を閉じて、ゆっくりとしっぽを振りました。
 岩のように茶色の体の上にも、白い花びらが降ってきます。


「長く眠ることになるだろうからね。この花びらを守りとするように伝えておくれ」


 それからマグノラさんは一度だけ目を開けると黒ドラちゃんを見つめながら話しました。

「竜が眠りにつくときには、色々な理由がある。でもね、どんな理由にしろ、それも大きな『流れ』の一部なのさ。誰のせいでもないし、何かのせいでもないんだよ」

「マグノラさん……」

「ただ、その時が来たってだけだ」


 それから今度はドンちゃんを見つめました。

「ドンチビちゃん。『いつか』なんだよ。今日があたしとドンチビちゃんたちにとっての『いつか』さ」

 うつむいていたドンちゃんが顔を上げます。

「どうやって『いつか』を迎えるかは、もう知っているね?」

 その言葉に、ドンちゃんがハッとしました。それからキュッと口元を引き締めて涙をぬぐいます。

「マグノラさんは幸運な竜だったんだもんね」

「ああ、そうだよ、ドンチビちゃん」

「あたしも……あたしもきっと幸運なノラプチウサギになるよ」

「ああ。もうなってるかも、だけどね」

 マグノラさんがおどけて言うと、ドンちゃんが笑顔でうなずきました。


「ママァ?マグマグ~?」
 マシルとグートが不思議そうにマグノラさんとドンちゃんを見ています。

 多分、ドンちゃんが泣いたり笑ったりしていることが不思議なのでしょう。


 マグノラさんが再び目を閉じて丸くなります。

 ドンちゃんがマグノラさんの耳元で話しかけました。

「ねえ、マグノラさん、また……次に会ったときにもあたしたちのこと覚えてる?」


 マグノラさんは目を閉じたままちょっと悲しそうな声で言いました。

「そうだねえ……残念ながら忘れちまっているかも知れないねぇ」

「そうなんだ……」
 ドンちゃんのお耳が悲しげに垂れ下がりました。

「だからさ、その時はまた教えておくれよ。ドンチビちゃんたちのこと」

「うん!」
 ドンちゃんのお耳がピンと伸びます。


「ぶぶぶいん?」
 モッチが特大のはちみつ玉をマグノラさんの前に置いています。

「ああ、良い香りだね。モッチもまた教えておくれ。ステキな王子様の見つけ方と、すごいはちみつ玉の作り方をね」

「ぶぶいん!」
 モッチが大きく羽音でこたえています。


 目を閉じたままのマグノラさんに、黒ドラちゃんも話しかけました。

「あたし、マグノラさんに初鱗のお話をしてあげる!」

「ああ、ありがとう」

 マグノラさんが笑いながらうなずきます。

「それから、ペペルさんところの双子の赤ちゃんの話とか」

「うん、うん」

「ダンゴローさんの地味でも大冒険なお話しとか」
「ぶぶいん!」

「うん、うん」

「ブランが教えてもらった竜の常識も、あたしがマグノラさんに話してあげる!」

「うん、ふふ」

「スズロ王子とカモミラ王太子妃の双子の赤ちゃんのことも教えてあげる!」

「ありがとう」

「あ、ラウザーがどんなにおっちょこちょいだかも!」

「それと、ナゴーンのホーク伯爵のところの劇場のお話しとか」

「あ、ノラウサギダンスも見てもらわなくちゃ!」

「グラシーナさんとラキ様のおはなしとか」

「それから、それからっ」






「マグマグ~?!」



 夢中になって話していた黒ドラちゃんたちは、マシルの声で我に返りました。

 見ればマグノラさんは眠っています。いつの間にかお返事も途絶えていました。


 白いお花の森の中は、まるで眠るマグノラさんを隠すように白い花びらが舞っています。もうすぐ、この森は閉じるでしょう。黒ドラちゃんたちも森から出なければなりません。



 黒ドラちゃんはドンちゃんとマシル、グートを抱っこしました。モッチは頭の上にとまっています。


「マグノラさん、眠っちゃったね」

「うん」

「……帰ろうか」

「……うん」

「ぶ……ぶいん」


 黒ドラちゃんは、一歩一歩踏みしめながら花びらの舞う白いお花の森を歩きました。

 何度か腕の中でマシルがもぞもぞと動いて、マグノラさんの方を振り返っていましたが、黒ドラちゃんは振り返りませんでした。

 振り返れませんでした。

 振り返ったら、きっと泣いてしまったでしょう。泣いてマグノラさんのところへかけよって、『願って』しまったでしょう。


 もう一度目覚めて欲しい! って。
 優しいガラガラ声で「黒チビちゃん」って、頭を撫でて欲しい。不思議な話や楽しい話を聞かせてもらったり、お話ししたり、もっと、もっと。


 でも、マグノラさんは眠りを受け入れているのです。
 目覚めて欲しいと願うのは、マグノラさんの想いとは重なりません。




 黒ドラちゃんの目に、周りの白いお花がどんどん散っていくのが映りました。ゆらゆらとにじんで、森が水の中に沈んだように見えています。

「ドラドラ~、ふわふわ?」

  マシルが腕の中から話しかけてきます。

「うん」

 黒ドラちゃんはそう答えるのが精一杯でした。


「黒ドラちゃん、葉っぱも落ちてきてる」

「うん」

 ドンちゃんの言葉にも、同じようにしかこたえられません。


「マグノラさんの森、枯れちゃうのかな?」

「……」

 もう、黒ドラちゃんは答えられませんでした。うなずいただけでも、涙がこぼれちゃいそうだったのです。


 腕の中のドンちゃんたちをギュッと抱き締めると、黒ドラちゃんは、まっすぐ前をむいて歩き続けました。




 そして、森を抜けてから、黒ドラちゃんはようやく後ろを振り返りました。


 白いお花の森は、無くなっていました。

 代わりに、花の落ちた枯れた森がそこにはありました。

 たった今歩いてきたはずの森の道も消えています。




 ただ、木々が静かに立つだけの枯れた森に、マグノラさんの甘い香りだけが漂っていました。












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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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