第52話-おっきなミツバチ

文字数 2,249文字

 みんなの言葉が出なくなり、ラウザーが尻尾をギューッと握りしめた時です。

「黒ドラちゃーーーーん!」

 ドンちゃんの声が聞こえました。はっとして声の方を見ると、馬に乗ったゲルードがこちらに向かって来ていました。
「どうしよう!もう来ちゃったよ!!」
 黒ドラちゃんはあせりました。まだ、ロータを帰せていません。ゲルードに、ロータが揺らぎが原因でやってきた人間だと知られたら大変です。
「ドンちゃーん、もっとゆっく、もがもがっ」
 黒ドラちゃんの口をブランがあわてて塞ぎました。
「待って、黒ちゃん。それじゃあゲルードに怪しまれるよ」

「どうしよう?どうしよう?」
 ラウザーはすっかり尻尾を出してニギニギしまくっています。ロータにも、あの馬に乗った人物に自分が会うことがまずいのだ、とわかってきました。
「隠れる?」
 ロータがラウザーに聞きましたが、浜辺に隠れるような場所はありません。
「とりあえず、海でおぼれていたのをラウザーが見つけたってことにしよう。それで仲良くなったって」
 ブランがキリッと言いましたが、もうそれってありのままです。
「ナゴーンの漁師ってことにしよう。もうすぐ帰るんだ、ってことに」
あ、微妙なひねりが加わりました。みんなでうんうんうなずいて、ゲルードを迎えました。ラウザーはブランに注意されて尻尾をひっこめています。

「お待たせしました。竜の皆様。さて、そちらの方は?」
 思った通り、ゲルードはさっそくロータのことをブランに聞いてきました。
「彼はナゴーンの漁師だ。海で溺れかけていたところをラウザーが助けたそうだ」
 ブランが平然と答えます。がんばれ!と、黒ドラちゃんはブランに応援の視線を送りました。
「ほう、ナゴーンから流されてきたのですか。陽竜殿に拾われるとは運が良い。で、なぜナゴーンに帰らないので?」
 ゲルードの目がキラリと光ります。
「あ、ロータはしばらく熱を出していたんだ。少し前にようやく熱が引いて起き上がれるようになったんだよ」
 ラウザーが答えました。
「ほう。そうですか。ところで、ひょっとして彼が溺れていたのは、揺らぎが影響したのでは?」
 ラウザーもブランも黒ドラちゃんもドキッとしました。一瞬誰も答えられない間が空いたと思ったら「ぶい~~~~ん」と羽音を響かせて、クマン魔蜂さんがゲルードを飛び越えて黒ドラちゃんたちの前に現れました。
「あ、くまん蜂」
 ロータが思わずつぶやきました。
「え、クマン魔蜂さんを知っているの!?」
 黒ドラちゃんが驚いて聞きました。しかもロータはクマン魔蜂さんを見てもちっとも怖がりません。
「こいつってさ、見た目は凶暴そうだけど、おとなしいんだよな?おっきなミツバチみたいなもんだ、ってじいちゃんが言ってた」
 そして、それにしてもデカいな、こいつ、とか言って興味深そうにクマン魔蜂さんのことを間近で見ています。
「そう!そうなの!クマン魔蜂さんはおとなしくて良い蜂さんなの!」
 黒ドラちゃんは嬉しくなりました。クマン魔蜂さんもご機嫌のようです。ロータの周りをぶんぶん言いながら飛んでいます。けれど、それを見ていたゲルードは不審そうに言いました。
「クマン魔蜂は古の森にしかいないのでは?」

 またみんなが一瞬言葉を無くした時です。
「黒ドラちゃん、これ見て見て!」
 今度はドンちゃんが黒ドラちゃんたちの前に飛び出してきました。前足ではフジュの花の枝を抱えています。
「これさあ、黒ドラちゃんの魔力で、枯らさないようにして古の森に持って帰れないかな?」
「あ、そうなのです。この花をクマン魔蜂がえらく気に入りまして。あまりにも離れないので、このまま持って帰れないかと」
 ゲルードも言いました。思ったより早く現れたのは、そういう理由があったからのようでした。
「あ、藤の花」
 またロータがつぶやきました。
「フジュの花のことも知ってるの?」
 黒ドラちゃんは驚きました。
「ああ、これってさ、すごく大きくなるんだよな?じいちゃんがこの花が好きでさ、ベランダで鉢植えにしてたんだ」
「……ベランダ?フジュの花は、あそこの一本しか知りませんでしたが、ナゴーンにもあるのでしょうか?」
 ゲルードが再び不審そうに言いました。ロータはゲルードの疑問をかわすように言葉をつづけました。
「藤の花の蜜ってくまん蜂の大好物なんだよな。俺も最初見た時はビビりまくってたんだけど、じいちゃんがくまん蜂なんて可愛いもんだ、おとなしいんだぞって」
 黒ドラちゃんが目をキラキラさせながらロータに言いました。
「あのさ、ロータの家のフジュの花とクマン魔蜂さんのこと教えて」
「ああ。……去年じいちゃんは死んじゃったんだけど、今年も藤は咲いてたなあ。くまん蜂も来てたよ。じいちゃんが生きてた時と同じように」
 ドンちゃんの腕の中のフジュの枝の花に頭を突っ込んで、クマン魔蜂さんはまた蜜を集めているようです。その様子を見ながら、ロータはベランダに置いてあった藤の鉢植えのことを思い出していました。
 その瞬間、ボワンっ!っとロータの周りが強く輝いて、眩しさにみんなは一瞬目を閉じました。そして、再び目を開けた時、そこにロータの姿はありませんでした。

「えっ!?」
「えっ!?
「えっ!」
 ラウザー、ゲルード、ブランが驚いて声を上げます。
 黒ドラちゃんが「ロータ、帰せたよ!」と元気に言いました。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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