第293話-くぐり抜けるってハラハラなんだ!-2

文字数 3,184文字

「ふんぬ~!」

 翌日、さっそく黒ドラちゃんは背中の魔石に魔力を込めてブランを呼びました。
 の砦にお出かけするなら、ブランからゲルードに頼んでもらって、馬車を出してもらった方が早いからです。それに、もたもたしていたら、また今日もマシルとの追いかけっこが始まってしまいます。


 いつものようにブランはすぐに飛んできてくれました。

「どうしたんだい?黒ちゃん」

 ブランは湖と同じ碧い目で心配そうに見つめながらたずねてきます。

「あのね、ハスの花の種が取れたんだよ。だからラキ様にも分けてあげたいの」
「ぶぶいん、ぶいん、ぶいん!」
「そうそう!オアシスにハスの花が咲いたらきっとラキ様喜ぶよね?ってモッチと話してたんだ」
 黒ドラちゃんがそう言うとブランはホッとしたようでした。

 そうして、今はずいぶんハスの花の増えたエメラルドグリーンの湖を眺めます。

「確かにきれいだね。そうだな、今からならば夕方までには十分帰ってこられるだろうし、ラウザーに連絡してあげるよ」
 そう言って、ブランがフッと雪玉を二つ飛ばすと、それは光りながらお城の方角と南の方へそれぞれ飛んでいきました。お城へ飛んだものは、きっとゲルードに向けてくれたのでしょう。
「ありがとう、ブラン。やっぱりブランに来てもらって良かったね!」
「ぶぶいん!」
「そう?黒ちゃん達の役に立てて嬉しいよ」
 黒ドラちゃんとモッチに褒められて、ブランはちょっぴり頬を染めました。

 そこへドンちゃんに連れられてマシルがやってきました。

「おはよーござーますっ!」
 大きな声でみんなに向かって元気にご挨拶してくれます。今日はマシルにとって、ドンちゃんや食いしん坊さんと離れての初めてのお出かけになります。古の森一番のいたずらっ子も、少し緊張しているようでした。

「おはよう、ドンちゃん、マシル!」
「ぶぶ、ぶぶいん!」

「おはよう黒ドラちゃん、モッチ、ブラン」
 ドンちゃんは挨拶を返すとマシルに向き直って、肩からかけているポシェットのひもを直してあげました。
「これで良し!いい、マシル、黒ドラちゃん達にわがままを言っちゃダメよ?」
「はいっ!」
「南の砦に行ったら、さっき黒ドラちゃん達にしたみたいにラウザーやリュングにもきちんとご挨拶するのよ?」
「おはよーござーますっ!」
「そうそう。あ、ラキ様にはこのポシェットの中の雷玉をお渡ししてね」
「ピカピカ、どぞっ!」
 マシルがふんすと鼻を大きくならしてお耳をピンッとさせます。

 ドンちゃんはそれでもまだ心配そうでした。
「マシル、それと……」
「ドンちゃん、あたしたちが付いているし、砦にはラウザー達がいるから大丈夫だよ」
 黒ドラちゃんがそう声をかけると、ドンちゃんはふうっと息を吐いて肩の力を抜きました。

「そうだよね、心配ばかりしてもきりが無いよね。……黒ドラちゃん、モッチ、今日はよろしくお願いします」
 ドンちゃんから深々と頭下げられて、黒ドラちゃん達はドギマギしてしまいました。
「は、は、はいっ!」
「ぶ、ぶ、ぶいん!」
 それを見て、マシルがいつものいたずらっ子な目をして笑い出しました。
「キャッハハハ、黒ドラちゃん、モッチ、おもしろ~!」
 その横でドンちゃんがため息をつきます。
「はぁ、あなたのためにみんなが気を配ってくれているのよ?……マシルったら、本当に大丈夫かしら」

 ドンちゃんが心配そうな目つきに戻ってしまったところで、森の外れの方からガチャガチャという鎧の兵士さんたちの動く音が聞こえてきました。

「ゲルード達が来てくれたんだ!」
 モッチとドンちゃん親子を背中に乗せて、黒ドラちゃんはブランと一緒に森の外れまで飛んでいきました。





 いつものように、そこには魔馬車が止まっていて、ゲルード達がそばにいました。

「ゲルード、鎧の兵士さんたち、ありがとう!」
「ぶぶいん、ぶいん!」
「ゲルゲル、ありあとーっ」
 黒ドラちゃん、モッチ、マシルがお礼を言うと、ゲルードがさらりと金髪を揺らしながら微笑んでくれました。

 ドーテさんと結婚してから、ゲルードはずいぶんと優しい雰囲気になりました。マシルが勢いをつけてピョ~ンッと飛びついても、穏やかに受け止めて笑顔です。

「マシル殿、今日もお元気で何よりですな」
 そう言いながら、さりげなく白いマントからマシルの前足を遠ざけてます。あわててドンちゃんがマシルを迎えに行きましたが、ゲルードは大丈夫だからとうなずいてくれました。

「それで、輝竜殿からの雪玉通信では『古竜様たちが南の砦までお出かけしたい』とのことでしたが……」
 ゲルードがそう言いながらみんなのことを見回すと、ブランがハスの花の種のことから順序よく説明してくれました。

「ふむ、なるほど。それで南の砦にお出かけされるのですな。私も同行したいところですが、本日は午後一で大事な会議が入っておりまして……」
「そうだね。僕も出ることになっている。それで、さっきラウザーあてにも雪玉を飛ばしておいた」
「なるほど。では、私も砦の師団長とリュングに連絡を入れておきます」
 そう言うと、ゲルードは懐からいつか見た紙の鳥さんみたいなものを取り出して飛ばしました。

「おでかけ、だいじょぶ?だいじょぶ?」
 マシルが心配そうにゲルードにたずねています。
「ええ、大丈夫ですよ。南の砦で楽しい時間をお過ごしください」

 ゲルードがそう言ってくれると、マシルはホッとしてホワンと体を膨らませました。ゲルードは腕の中のホワホワ感を満喫すると、表情をキリッとさせて黒ドラちゃん達に向き直ります。

「では、古竜様、モッチ殿、お出かけの準備はよろしいですか?」
「オッケー!」
「ぶぶいん!」

 ゲルードはマシルをブランに一度手渡すと、魔馬車の扉を開けてくれました。

「ふんぬ~!」
 黒ドラちゃんはかけ声とともに可愛らしい女の子に変身します。そして、ブランからマシルを受け取ると、抱っこして魔馬車に乗り込みました。頭の上には当たり前のようにモッチが乗っています。

「この魔馬車は御者がいなくても南の砦まで走るようにしてあります。ご存じのようにそれほど時間はかかりませんからご心配なく」
「大丈夫だよ!もう何度か行ったことあるもん。ね、モッチ?」
「ぶいん!ぶぶいん!」
「げるげるー、ばいばーい!」
 マシルは目をキラキラさせて外のゲルードに前足を振っています。ドンちゃんから離れるけれど、不安そうな様子は全くありません。

 黒ドラちゃんとモッチ、マシルだけを乗せて、魔馬車が走り出します。

 すると、それまで黙って見ていたドンちゃんが魔馬車を追いかけ始めました。
「マシル、気をつけて行くのよ~!黒ドラちゃんやモッチに黙ってあちこち行かないことー!それから知らない人について行かないでー!それとそれと、初めて食べるものはよく匂いを嗅ぐのよー!それからそれからっ」

 ドンちゃんがお出かけの心得を全部言い終わらないうちに、魔馬車はガタンッと軽く音を立てると消えてしまいました。

 もう、影も形もありません。

「マシル……」

 わずか数時間のお出かけだとわかっているのに、ドンちゃんは泣きたくなってきました。


「ドンちゃん、戻ろうか」

 後ろからブランが優しく声をかけてくれます。振り向くと、ブラン、少し離れたところにゲルード、そして鎧の兵士さん達が心配そうにドンちゃんのことを見ていました。

「ありがとう。大丈夫、ただ、ちょっと……」
 不安と言うよりも、寂しいような気持ちでした。

 マシルが不安そうにしていなかったのは嬉しいことなのだけど。

 こうやってお出かけをさせてあげられるのはありがたいことなのだけれど。

 自分のそばに、あの白くて小さくてふわふわな体が無いことで、こんな気持ちになるなんて……

 初めて味わう気持ちに戸惑いながら、ドンちゃんはお母さんとグートの待つ古の森の中へ戻っていきました。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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