第258話-何だか変なの

文字数 2,181文字

 その日、いつもはにぎやかな古の森は、静まり返っていました。小鳥のさえずりも聞こえてきません。
 でも、誰かの声が聞こえてきます。森の奥深く、エメラルドグリーンの湖のほとりの、大きな大きな木の前の広場で話しているようです。いったい誰が話しているんでしょう?ちょっと見に行ってみましょうか。




 *****




 黒ドラちゃんは、大きな木に空いた洞の前の切り株の前に座っていました。まわりには森の可愛い系のみんなが、ひしっとくっついて並んでいます。ドンちゃんは黒ドラちゃんが抱っこしていて、モッチは頭の上に乗っています。
 そして、黒ドラちゃんたちが一心に見つめる先、切り株の上に立ってみんなの前でお話をしているのは、蜘蛛妖精の吟遊詩人アラクネさんです。
「……そうして、今でも山奥の古井戸のそばを通ると、どこからともなく不気味な声で『置いてけ~!置いてけ~!』と、」
「ぶ「キャ「ギャーーーーーーーッ!」」」
 聞いていたみんなが一斉に悲鳴を上げました。ひときわ大きい黒ドラちゃんの悲鳴に、思わずアラクネさんが切り株の上で耳を押さえてよろめきます。
「あららら~、まさか皆様がこんなに怖がるとは思いませんでした。他所では良く知られている古典的な『涼み話』なのですが……」
「こ、怖いよ~!アラクネさんの涼み話、怖すぎる!」
 黒ドラちゃんが涙目で訴えると、森のみんなもその通り!とばかりにしっぽをパタパタさせながらうなずきます。モッチなんて、よほど怖かったらしく一瞬で湖の向こうまで飛んで行ってしまって、そこからよたよたしながら戻ってきています。
 ドンちゃんは…… あれ、どうしたんでしょう?ドンちゃんの様子が変ですよ。目をつむってぎゅっと縮こまって、ちょっと苦しそうです。
「あ~怖かったねぇ、あれ、ドンちゃん、どうしたの?」
「く、黒ドラちゃん、あたし、なんだか気持ち悪い。よくわかんないけど、何だか変……」
「大変!どうしよう!ど、ど、どうしよう!?怖すぎたの!?お話が怖すぎたのっ!?」
 突然のことで、黒ドラちゃんは慌てふためきました。アラクネさんも、自分のお話のせいなのか?と切り株の上でおろおろしています。あせった黒ドラちゃんは、ドンちゃんを抱えたまま立ち上がりました。でも、どうすれば良いのかわからずに、その場でグルグルと回るだけです。
「ま、待って、黒ドラちゃん、お願い、回らないで。ますます気持ち悪……」
 腕の中のドンちゃんが、いっそうぐったりしています。

「ど、ど、ど、ど、どうしよ~~~~~っ!?」
 立ち止まった黒ドラちゃんは、どうしたら良いのかわからなくて泣きそうになりました。
 と、そこへ戻ってきたモッチが、落ち着いて!というように羽音を立てます。
「ぶぶ、ぶいいん?」
「そ、そうか、そうだね、ドンちゃんのお母さんのところへ行ってみよう!」
「ぶぶぶいん」
「うん、そっとだね、そっと連れていくね!」
「わ、わたくしも参ります!わたくしの涼み話のせいですもの」
 そおっと歩き出した黒ドラちゃんの後ろを、心配そうなアラクネさんが続きます。モッチは一足早く飛んで行って、ドンちゃんのお母さんにお話しをしておいてくれるみたいです。

 黒ドラちゃんたちがドンちゃんのお母さんの巣穴に近づくと、モッチから事情を聴いたお母さんがこちらに向かって来るところでした。
「ドンちゃんのお母さん!ドンちゃんが大変なの!」
 黒ドラちゃんが泣きそうな声で伝えると、ドンちゃんのお母さんが「大丈夫、落ち着いてね。大丈夫よ」と言って、すぐにそばに来てくれました。黒ドラちゃんがしゃがみ込むと、腕の中のドンちゃんの様子をそっと見てくれます。ドンちゃんの匂いをふんふんとかいだ後、おでこに前足を当ててそれからお鼻をちょっと触って、優しく背中をひと撫でしました。それから何かわかったように、にっこりと微笑みました。

「ド、ドンちゃんは大丈夫?病気なのかあ?」
 黒ドラちゃんがたずねると、お母さんは「いいえ」と首を振りました。
「では、やはりわたくしの涼み話のせいで、気分が悪くなられたのでしょうか……」
 アラクネさんが申し訳なさそうにつぶやくと、またお母さんは「いえ、いえ、それも違いますよ」と優しく答えました。
「ぶぶいん?」
 じゃあ、いったいどうしたの?とモッチがたずねます。ドンちゃんのお母さんはもう一度優しくドンちゃんの背中を撫でると、みんなのことをぐるっと見回しました。黒ドラちゃんがゴクッとつばを飲み込みます。アラクネさんは不安なあまり、いつの間にかおしりから糸を出してグルグルと丸めていました。モッチも、体に巻いた虹色リボンを丸めたり延ばしたり丸めたり延ばしたり、落ち着きません。
 ドンちゃんのお母さんはにっこり微笑むと、ささやくように優しくドンちゃんに言いました。
「あのね、あなたはお母さんになる準備をしているのよ、ドンちゃん」
「へ?」
 と黒ドラちゃんが言いました。
「あらまぁ!」
 とアラクネさんが言いました。
「ぶいん?」
 モッチが羽音を鳴らしました。
「お母さんになる準備?」
 ドンちゃんが不思議そうにたずねます。ドンちゃんのお母さんは、優しくドンちゃんの背中やお耳を撫でてくれます。
「ええ、そうよ、ドンちゃん。そうねえ、例えばね、最近こんなことなかった?」

 そう言ってドンちゃんのお母さんは話し出しました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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