第35話ーとくべつなもの

文字数 2,821文字

 ゲルードは、クマン魔蜂さんから身を守るために、頭からすっぽりマントをかぶって縮こまりました。マントの中でハアハア息を切らせています。

「ちゃんと説明してもらおうか、ゲルード坊や」

 マグノラさんがそう言うと、ゲルードの周りを竜三匹でぐるっと取り囲みました。

 ようやく喋れるまで息が落ち着いてきたゲルードが話し始めました。
 あの日、黒ドラちゃん達がお城に行った日のこと――クマン魔蜂さんのはちみつという素晴らしい<素材>を前にして、ゲルードの魔術師としての血が騒ぎました。王子の前から運び出した巣ごとのはちみつを、すぐに魔法薬作りにまわそうと考えたそうです。ところが、突然謁見の間から運び出されてしまったことに、クマン魔蜂さんたちは一匹も納得していませんでした。王子様のところへ戻せー!黒ドラちゃん達のいるところへ戻せー!とぶんぶん騒ぎました。貴重なクマン魔蜂だけど、今ははちみつの方が重要!とばかりに、ゲルードは巣の周りに一瞬炎の魔法を躍らせたのです。びっくりしたクマン魔蜂さんたちは大混乱のまま一斉に窓から逃げ出しました。あとには一匹も蜂のついていない、きれいな蜂の巣とはちみつ……ゲルードは大喜びで魔法薬作りを進めたそうです。

「ひどい!!」
 と黒ドラちゃん。

「まったく、なんてやつだ!」
 とブラン。

「もう、ゲルードなんて一生はちみつ食べちゃダメ!」
 ドンちゃんも怒っています。
 マグノラさんも手を腰に当ててゲルードを見下ろしています。

「で、でも炎の魔法は見せかけだけだったのです。さすがに私だって贈り物を持ってきた相手を燃やすようなまねはいたしません」
「えー、そんなこと言ってるけど、ほんとかなあ?」
 黒ドラちゃんが疑うと「その証拠に、焼かれたクマン魔蜂はいなかったはず!」とゲルードが訴えます。マグノラさんがクマン魔蜂さんの方を見ると「ぶいーん、ぶんぶん」と羽音で答えています。
「確かに焼かれたものはいなかったそうだけど、2、3匹迷子になっちゃって、帰るのが大変だったらしいよ、坊や」
「そ、それは大変申しわけございませんでした。一生に一度在るか無いかの大チャンスに目がくらんでしまいましたっ」

「もちろん、二度目は無いんだよ。坊や」
 マグノラさんが低いガラガラ声で念を押します。

「も、申し訳ございません!申し訳ございません!」
 ゲルードはマントの中で震えあがっています。
「出てきてちゃんとクマン魔蜂さんに謝った方が良いよ、ゲルード」
 黒ドラちゃんがそう言うと、おずおずとゲルードがマントの中から顔を出しました。マグノラさんの頭の上に落ち着いたクマン魔蜂さんに向かって頭を下げます。
「す、済まなかった、つい夢中になってしまって。お詫びに古の森にたくさんの花を植えると約束しよう!」
 黒ドラちゃんも思い出して言いました。
「そうだった、クマン魔蜂さん、ゲルードとはお花を植えてもらう約束をしてあるから、許してあげて?」
 クマン魔蜂さんは、マグノラさんの頭の上で「ぶん!」と一回大きく羽音を立てました。
「ゲルード坊や、この子たちとの約束を破ったら、私が許さないよ。たかが虫だとは思わずに、必ず約束は守るんだよ」
 ゲルードは何度もうなずきました。
「というわけだ、これで許してあげられるね?」
 マグノラさんがそう言うと、頭の上のクマン魔蜂さんが返事をするようにご機嫌で「ぶーん」と一回羽音を響かせました。やれやれ、良かった、とその場のみんながほっとした時です。ドンちゃんが「あっ!」と叫びました。
「どしたのドンちゃん?」
 黒ドラちゃんが聞きましたが背中のドンちゃんから返事がありません。
「ドンちゃん?」
 黒ドラちゃんがもう一度声をかけると「ど、ど、どうしよう!黒ドラちゃん」とすごく焦った声が返ってきました。
「ドンちゃんどうしたの?」
 もう一度黒ドラちゃんが聞くと「取れちゃった……」と声がして、背中から1枚うろこが差し出されました。
「えっ!?ひょっとしてこれ、あたしがかゆがってたやつ?」
「うん。今、ゲルードとクマン魔蜂さんの追いかけっこ見ていたら夢中で掴まってたみたいで、気が付いたら……」
ドンちゃんのしょんぼりした声がしました。
「ごめんね、黒ドラちゃん。これ『ひっぱちゃダメだよね』って言ってたのに」
「大丈夫だよ、全然痛くなかったし。っていうか、取れたのも気付かなかった」
 取れたうろこを手にして、太陽に透かしてみるとキラキラ輝きました。
「不思議だなー、あんなに大変な思いをしたのに、こんなに簡単に取れちゃうなんて」
 黒ドラちゃんがしみじみしながらつぶやきました。と、さっきまで萎れていたゲルードが、黒ドラちゃんのうろこを見て目の色を変えました。
「そ、それは竜のうろこではないですか!!しかも古竜殿の取れたてうろことは!!」
 まるでどこかの野菜や果物みたいな言われ方です。
「な、なに?」
 黒ドラちゃんはタジタジしながらゲルードにたずねました。
「竜のうろことは非常に貴重なものなのです!驚異的な効き目を持つ魔法薬の原料にもなりますし、防具や武器にはめ込めば人間の使う魔法や攻撃など簡単に跳ね返します!おおおっ!まさかこの目で実物を見ることが出来るとは!」
 ゲルードの勢いに押されて、黒ドラちゃんはどんどん下がっていました。と、ブランが後ろからゲルードのマントを引っ張り「お前の立ち直りの速さの方が驚異的だ!」と言って、鎧の兵士さんたちの方までペイっと投げてくれました。
「黒チビちゃんのうろこを材料に、なんて考えるなんて、坊やはまだ懲りてないのかい?」
 マグノラさんが低ーい声でそう言うと、クマン魔蜂さんが頭の上で羽音を「ぶい~~~~~ん!!」とさせました。ゲルードの顔色がサッと変わり「懲りておりますよ、懲りておりますよ、十分です!」といってその場でマントをかぶって丸まりました。ブランは黒ドラちゃんに向き直ると、取れたうろこのことを教えてくれました。

「そのうろこにはね、強い魔力が籠められているんだ。竜の弱点を守るくらいのものだからね」
「そうなんだ。きれいなだけじゃないんだね」
「そうだよ。竜にとっては特別なものさ」
「特別?」
「うん。普通は竜からの友情や感謝の印や、その……愛情の印に贈ったりするものなんだ」
「へー!そうなの?じゃあ、あたしも誰かにあげた方が良いのかな?」
「いや、別にそれは黒ドラちゃんの気持ち次第だから、手放さなくたって良いんだし……」
「うーん。どうしよう?特別なうろこだもんね。特別な相手に贈りたいな」
「特別な相手!?うん、うんそうだね!」
 なんだかブランが目をキラキラさせています。そして不安そうにドンちゃんをちらちらと見ながら、黒ドラちゃんの言葉を待っているようです。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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