第167話-家出王子とコポル工房

文字数 2,729文字

 アズール王子は、バルデーシュに入ると王妃様が若い頃暮らしていた王都までやってきました。王妃様は王都の工房の一つで働いていて、商談でやってきたロド王と恋に落ちたのです。
 王妃様の働いていた工房は王都の中央にありました。そこはすぐに見つかったのに、王子はその高級そうな工房には入りませんでした。王都をウロウロと彷徨う王子の後を、キーちゃんも追いかけて飛びました。

「キ、キキー!」
 帰りましょう、帰りましょう!と何度もキーちゃんは声をかけました。けれど、何かを思いつめた表情の王子の耳に、その声は届いていないようでした。
 そのうち、気がつけば王子は王都の中でも建物がごちゃごちゃとしている地域に入り込んでいました。そこは小さな工房が集まる一角でした。ふと王子が立ち止まりました。キーちゃんも、近くの軒先にぶら下がって王子の見つめるお店を眺めました。

 アズール王子は、ガラス張りの飾り棚に置かれた、一枚の白い布を熱心に見つめていました。


「あ、それってひょっとしてガジュ・ペペルさんのいるコポル工房じゃない!?」
 ドンちゃんがお耳をピンとさせて言うと、キーちゃんがうなずきます。


 アズール王子は、コポル工房で働き始めました。名前はアズロと名乗りました。
 訳あり風でどことなく陰のある雰囲気でしたが、仕事には真面目に取り組むアズロのことを、工房のみんなはあたたかく迎えてくれました。何より、上品でセンスの良いアズロは、コポル工房には今までいなかった人材だったのです。
 アズロになってからの王子は、だんだんと活き活きとした表情を見せるようになりました。こっそり見守るキーちゃんは悩みました。王子に国に戻って欲しい気持ちと、ここで明るくなっていく姿をもっと見ていたい気持ち。きっと森の仲間も王様も、王子のことを心配しているはずです。でも、王子は今まで見たこともない明るい笑顔を見せるようになってきました。



「やっぱり、ドワーフの子だね。アズール王子もモノ造りが好きなんだろう?」
 マグノラさんが優しくたずねます。
「そうだと思うんだけど……」
 そう言いながら、キーちゃんはお話の続きをしてくれました。



 王子は工房に住み込みで働いていました。夜になって王子が部屋に戻ると、キーちゃんは毎日窓辺で王子を出迎えました。でも、慣れない勤めで疲れていた王子は、すぐに眠りについてしまいます。庇にぶら下がるキーちゃんに気づきません。

 どうして突然国を飛び出してしまったのか?帰る気は無いのか?
 聞きたいことはたくさんありましたが、キーちゃんは王子を黙って見守るしかありませんでした。

 やがて、半年も経つと王子、いえ、アズロはすっかりコポル工房に馴染んでいました。夜はぐっすり眠れ、ご飯も以前よりしっかり食べられるようになりました。わずかな間で体も丈夫そうになり、明るい表情のアズロは、もうエステンで王子だった頃とは別人のようでした。
 このまま王子はコポル工房の人になっちゃうのだろうか?キーちゃんは淋しく感じて、もう森へ帰ろうか?と迷い始めていました。
 そんなある日、おかみさんがアズロに頼み事をしてきました。
「織り機が調子悪くなったから、ちょっと調子を見てくれないかい?」って。

 アズロは手先が器用だったのです。もちろん、ドワーフとしては普通ですが、人間としてはかなり優れていると思えるくらいには。

 おかみさんの頼みを聞いて、アズロはまず丁寧に機械を分解しました。動きの悪くなっていた歯車をいくつか手入れしてやり、更に少しだけ部品の形も改良しました。そうして再び組み立てた織り機は、まるで新品のように軽快に動き出したのです。

 これには工房のみんなが驚きました。
「あんたってば、器用だね!まるでドワーフみたいじゃないかい!?すごいね!」
 と、おかみさんも手放しで褒めました。
 言われた途端に、アズロは笑顔を消して黙り込んでしまいました。ドワーフと言われたことが気に入らなかったのか?と、おかみさんはすぐに謝りましたが、アズロは首を振りました。

 その日を境に、アズロは夢中になって織り機や紡ぎ機の改良に取り掛かり始めました。ほんのわずかに部品に角度をつけてやったり、大きさを変えてやったり、それだけで全く効率が変わることもありました。コポルやおかみさん、そして工房の仲間たちは大喜びでした。

 けれど、器用さを発揮するたびにアズロの表情は暗くなっていったのです。初めてコポル工房を訪れた時のように、王子は何かを思いつめているようでした。
 アズロはだんだんと無口になってきました。時には食事や睡眠も忘れ夢中で作業する様子に、工房のみんなも(こっそり見守るキーちゃんも)心配しましたが、アズロは黙々と作業を続けました。そして、つい先日、とうとう過労で倒れてしまったのです。

 キーちゃんは王子が心配で心配で、いてもたってもいられませんでした。いつものように庇にぶら下がって様子をうかがっていると、おかみさんの話す声が聞こえてきました。

「どうしちゃったんだろうね、アズロは。何か食べさせなきゃって思うんだけど、食欲がないみたいだしねえ」
 すると、そばで聞いていた兄弟子のペペルが何気なく言ったのです。
「はちみつとかどうでしょうね?うちは嫁さんが寝込んだ時には良くお湯に溶かして飲ませてましたよ」
「ああ、そうだねえ、じゃあ誰かに買いに行かせようか?」

 それを聞いたキーちゃんは、はちみつなら自分でも取れるかも!とすぐに探しに出たのです。
 そうして、あちこち飛び回り、甘い匂いを探しているうちに、モッチが飛んでいるのを見つけました。

「ぶぶいん?」

 モッチがあたし?と言うように羽音で応えました。
「ひょっとして、ここから古の森に戻るところだったんじゃないかい?」
 マグノラさんがたずねると、モッチがそうかも!と言うようにぶいん!と羽を鳴らしました。

「このでっかい蜜蜂さんなら、たくさんのはちみつの在り処を知ってるんじゃないかと思って追いかけたんだけど……」
 キーちゃんが上目遣いでモッチを見上げます。
「ぶぶい~~~ん」
 モッチがもちろんだよ、というように得意そうに飛んで見せます。

「でも、あの森の中に入ったらすごく濃い魔力が満ちていて、飛んでるうちにどんどん羽が重たくなっちゃって」
「それで湖に落っこちちゃったの?」
 黒ドラちゃんがなるほどって感じで聞いてきました。
「うん」
「そうなんだあ!」
 黒ドラちゃんもドンちゃんも、ようやく事情がわかりました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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