第48話-逃げ出したい

文字数 2,133文字

 ラウザーはとりあえず竜に戻ろうと思いました。自分がお祭り竜だとわかれば、ロータも元気になるかもしれない、そんな気持ちからでした。
「あのさ、お祭り竜って聞いたことないか?」
「?」
 ロータからは何も反応が返ってきません。相変わらず、意味が分からないという表情です。ラウザーは砂を巻き上げると、竜の姿に戻りました。
「ほらっ、これが俺さ!」
 そう言って空に飛びあがると一回転して見せました。きっと「ああ、お祭り竜かぁ!」そう言ってロータも喜んでくれるに違いない、そう思って下を見るとロータは腰を抜かしていました。あまり目鼻立ちはクッキリしていないと思ったのに、今、ロータの目はものすごく大きく見開かれています。
と、ロータのお尻の下の砂の色が変わっていました。そこだけ雨が降ったように濡れています。
 ラウザーは下に降りました。
「ロータ?」
「た、た、食べないでーーーーーーーっ!!!!」
 あたりにロータの絶叫が響き渡りました。

 その後随分と時間をかけて、ロータを落ち着かせて、ようやくラウザーはロータの身の上がわかりました。あの、ラウザーの心からの叫びで魔力が揺らいだとき、ロータはここではないどこか他の世界から引き寄せられてきてしまったようです。
「シャワー浴びてさ、下着用意してなかったら引き出しから出そうと思ったら、足元になんか滑るものがあってさ、裸のまますっ転びそうになって……」
 そして、次に目を開いたらラウザーが覗き込んでいた、ということでした。ラウザーは竜の姿から、再び人間の姿に戻っていました。理由はよくわからないけれど、ロータの中では竜が人間を食べると思い込んでいるらしく、ひどく怯えていたからです。
「俺、人間なんて食べたことないよ?」
 ちょっと傷つきながらラウザーが言うと、ロータはホッと息をつきました。
「あのさ、俺戻れるよな?元の世界に戻れるよな?」
 ロータの目は真剣です。ラウザーは、魔力の揺らぎなんて起こしたのは初めてでした。元の世界に、と言われても正直なところ自信がありません。でも、必死にラウザーの返事を待っているロータに、そのまま話すことはためらわれました。
「た、多分方法はあるはずだよ。来たものは帰れるさ!」
 ラウザーがそういうと、ロータはホッとしたのか、いきなりその場に倒れ込んでしまいました。
 ロータはその日から数日間高い熱を出しました。ラウザーは砂を盛り上げて日陰を作ると、近くの街で水や食料を手に入れてロータのもとに運びました。もともと人懐っこくて人間の生活にもなじみがあるので、ラウザーが水や食料や服などを買っていっても、不思議に思う者はいませんでした。
 ラウザーが何度も「必ず帰れる!必ず帰れるよ!」と励ましたことで、ロータはだんだんと回復していきました。
 熱がすっかり下がり、ふらふらせずに歩けるようになってから、夜の浜辺で二人並んで星を見ました。砂はひんやりとしていて、乾いた風が優しく吹いています。隣にいるのは可愛い娘さんではないけれど、ロータと見る星は、淋しい気持ちで眺めた時とは違って見えました。
「すごいな、こんな星空、初めて見た。俺の家の方じゃ星なんてほとんど見えないよ」
「ロータの家って土の中なのか?」
「あはは、違う違う。夜が明るすぎて見えないんだ」
「夜が明るい?」
「うん。電気っていうのがあってさ、それが夜でも昼間のように明るくするから、星が見えないんだよ」
 ラウザーには想像がつきませんでした。
「例えばさ、こっちの世界って雷はある?ピカって光ってドカーンって音がするやつ」
「あるよ、カミナリ。あれはすごいよね。俺カミナリが鳴ると嬉しくて雲の中まで飛んで行くんだ~」
 ラウザーが嬉しそうに言うと、ロータはびっくりしていました。
「まじかよ!?すげえな、さすが竜!」
 さすが、竜なんて初めて言われました。ラウザーは嬉しくて尻尾をカミカミしちゃいました。

「でさ、その雷って光ると辺りが真っ白になるじゃん、そうすると星なんて見えなくなるじゃん」
「うんうん」
「あそこまで眩しくはないけど、ああいう光るものが街の中にたくさんあって、星の光が見えにくいんだ」
「ふーん」
 ラウザーは想像してみましたが、うまくいきませんでした。カミナリが街の中にたくさんあるなんて、すごいなあ、と感心することしかできません。
 それから、ラウザーとロータは色々な話をしました。この竜のいる世界のこと、ロータが住む地球という星の日本と言う国のこと。ロータはコーコーセーだと言いました。
「おれ受験生なんだ。センター試験が目の前だって言うのに、全然成果があがらなくて。もう何もかも放り出したい!ってなって――あっ!」
 突然ロータが声をあげました。
「どした?ロータ」
「俺、俺、そうだよ、ここに来る前に逃げ出したい!って思ってたんだ。どこか誰も知らない場所に行っちまいたいって……」
「そうなのか?じゃあ、今は望みどおりだな、もう戻らなくても良いのか?」
 ラウザーはちょっと嬉しくなってロータに聞きました。そう聞かれて、ロータは何とも言えない表情を見せました。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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