第264話-言えない気持ち

文字数 2,108文字

「あたし、もう大丈夫!心配ないから。食いしん坊さんはお城に戻ってお仕事した方が良いよ!」
 ドンちゃんはそう言ってプイっと顔を背けました。
「……わかったよ、ハニー。私は仕事に戻ろう」
 お耳の周りのバチバチを消した食いしん坊さんは、そう言って分厚い本を再びモフモフの中にしまい込みました。
 そのまま森を出て行きそうになってから、ちょっと立ち止まって振り向きました。
 相変わらずドンちゃんは横を向いたままです。食いしん坊さんは小さくため息をついてから、黒ドラちゃんとモッチに「よろしく」というように頭を下げました。あわてて黒ドラちゃんとモッチも頭を下げます。黒ドラちゃんは、ちらっとドンちゃんを横目で見ましたが、ツンとしたまま目を閉じています。いつものドンちゃんらしくありません。いったいどうしちゃったんでしょう。
「ドンちゃん、良いの?食いしん坊さん、行っちゃったよ」
「ぶぶいん?」
 黒ドラちゃんとモッチが話しかけても、ドンちゃんは黙ったままでした。



 結局その日は誰も甘々の実は見つけられませんでした。もう楽しい気持ちにはなれなくて、早々に木の実探しはお開きになりました。
 ドンちゃんは黒ドラちゃんとモッチともお別れして、なんとなく悲しい気持ちで巣穴に向かっていました。まだお日様はお空の高いところにあります。普段なら黒ドラちゃんやモッチと楽しくおしゃべりしながら、見つけた木の実のわけっこをしている時間です。
「どうして食いしん坊さんにあんな言い方しちゃったんだろう……」
 何だか、急にイライラしてしまったのです。お助け本に書いてあることばかり信用している食いしん坊さんに。そして、そんなモヤモヤしている気持ちをうまく食いしん坊さんに伝えられない自分自身に。

「きっと黒ドラちゃんやモッチだって嫌な気持ちになっちゃったよね」
 二匹はあんなに優しく接してくれたのに、ドンちゃんのしたことと言えば、まるで八つ当たりです。お友達を嫌な気持ちにさせた自分自身に腹が立ちます。こんな時、話ができる相手といえば……ちょっと子どもっぽいと思いながらも、ドンちゃんはお母さんにお話を聞いてもうことにしました。

 お母さんの巣穴の近くに行くと「えいしょっえいしょっ♪」という楽し気な掛け声が聞こえてきました。草の影からのぞきこんでみると、お母さんが山のような枯れ草を広げて干しています。

「お母さん?」
「あらっ、ドンちゃん、今日は体は大丈夫なの?」
「う、うん」
「良かった。これから赤ちゃんが生まれるまではね、すごく体調に波があるから気を付けるのよ」
 そう言いながらもお母さんはとても楽しそうです。忙し気に前足で一生懸命に枯草の山を広げています。
「すごいでしょう?こんなにたっくさん!まさか手に入るとは思ってなかったわ♪」
「う、うん。すごいね。……大変そう」
「あら!全然、大変じゃないわよ!すっごく楽しいんだから、本当よ」
 その言葉が嘘じゃない証拠に、お母さんの笑顔はキラキラしています。ドンちゃんはそんなお母さんに、自分のモヤモヤした気持ちのお話をするのは気が引けました。
「あの、あたし、手伝おうか?」
「いいの、いいのよ。ドンちゃんは今は体調を整えて、気持ち良く過ごすことが一番大切なことよ。お手伝いは大丈夫よ」
「そ、そう」
「ええ!ありがとうね、気持ちだけ受け取っておくわ」
「うん」
 お話しながらもお母さんの前足は休みなく動いて枯れ草を広げています。ドンちゃんが眺めていると、夢中で作業していたお母さんが、ふと顔を上げました。

「あ、ドンちゃん、何か用事があったの?」
「ううん、違うの!何でもないの!」
「そう?」
「うん!またね!」
 ドンちゃんは慌てて母さんにあいさつすると、急いで草の中に消えました。うっかりしたら、お母さんの前で泣いてしまいそうだったからです。

 どうしよう、誰かにお話出来たら……そうだ、マグノラさん!
『ドンちびちゃん、よく来たね』
 きっとマグノラさんなら、そう言って背中を登らせてくれるでしょう。ドンちゃんのモヤモヤした気持ちのお話も、静かに聞いてくれるような気がします。

「あたしだけで、白いお花の森まで行けるかな……」
 今までだったら全然気にしないでお出かけしていたと思います。夜中にこっそり自分だけでマグノラさんを訪ねたことだってありました。でも、今はお腹の赤ちゃんも一緒にお出かけです。ひょっとしたら、途中で具合が悪くなってしまうかもしれません。でも、やはり誰かに今の気持ちを聞いてほしい。さっきのこともあるし、黒ドラちゃんやモッチに付き合ってもらうのは悪いような気がしました。
 ドンちゃんは、巣穴に戻ると食いしん坊さんからもらったポシェットを身に着けました。食いしん坊さんのお毛製ケープも羽織ります。灰色のボンボンをそっと撫でてみます。それから、壁に飾られた肖像画を見つめました。ついこの間、ラウザーとリュングが持ってきてくれたものです。

 ミセス・グィン・シーヴォと言われて嬉しかったっけ。

「大丈夫、無理はしないもん」
 灰色のボンボンと自分自身に言い聞かせるようにつぶやくと、ドンちゃんはゆっくりと巣穴を出て行きました。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み