第43話ー馬車でビューン

文字数 2,210文字

「それにしても、こんなに朝早くから、どうしてゲルードが黒ちゃんのところにいるんだよ」
 ブランが不機嫌そうに言いました。
「あ、ゲルードはね、クマン魔蜂さんとの約束を果たしに来てくれたの!お花いっぱい植えてくれたんだよ!」
 黒ドラちゃんがそう言うと、ブランも周りに植えられた花に気づきました。
「あ、そうか。マグノラのところで約束したんだっけ。ゲルードにしては早いな。マグノラ効果かな」
 ブランが可笑しそうにつぶやくと、ゲルードが咳払いをしました。
「もともとクマン魔蜂様たちには蜂蜜のお礼を、と考えておりました。華竜殿にせっつかれたからではございません」
「でも、マグノラさんのところで、蜂に知り合いはいない、とか言ってなかったけ?」
 黒ドラちゃんが言うと「ゴホンゴホンっ!」とわざとらしく咳き込んでゲルードが話を切り替えてきました。

「輝竜殿から南に行くお話を伺いまして、良い機会ですので私もついていく事にいたしました」

「えっ!」
 ブランとラウザーが同時に声を上げました。
「なんで!」「どうして!」
 どうやら二匹とも不満のようです。

「実は少し前に南の国境沿いに派遣している隊の魔術師から、気になる報告がありまして」
「なんだい?」
 ブランが真面目な顔をして先を促します。
「なんでも、海がある方向から大きな魔力の揺らぎが感じられた、と言うのです」
「魔力の揺らぎ、か。それは確かに一度確かめるべきだな」
 ブランがうなずきます。
「あ、でもそれならラウザーが真っ先に気づくんじゃないのか?なあ、何か思い当たること無いか?」
 ブランがたずねると、ラウザーは尻尾をキュッ!ゆる、キュッ!ゆる、と落ち着き無くつかみながら「な、何もない……よ」と答えました。
「本当か?人間の魔術師が感じられるくらいのゆらぎだぞ、竜が気づかないはず無いだろ?」
 ブランがなおもたずねるとラウザーはそっぽを向いてしまいました。
「ないよ!ないったら無い!何も無い!」
 いつもの陽気なラウザーらしくない、かたくなな態度です。

「魔力がゆらぐと何かあるの?」
 黒ドラちゃんがたずねるとブランが答えてくれました。
「魔力が大きく揺らぐときには、普通ではありえないことが起こったりすることがある」

「たとえば?」

「普通なら現れないような珍しい魔獣が現れたり、季節が突然変わったり、何日も激しく雷が鳴り続けたり……」
「なんか、あんまり良い事じゃないんだね」
 黒ドラちゃんにもちょっと大変さがわかってきました。
「必ず起こるわけじゃないけどね。ただ、魔力の揺らぎ自体、あまりあることじゃないから、よくわからないんだ」
「ふーん」
「隊の魔術師からの報告では、今回もゆらぎが観測された後、特に何かあったというわけではないようなのですが……」
 ゲルードがそう言うと、急にラウザーが「だろ!?だろ!?何も無いよ!本当に!」ムキになって念を押してきました。どうもあやしい……その場のみんながそう思い始めたとき「黒ドラちゃん!」と可愛い声がしてドンちゃんが木々の間から飛び出してきました。
「あ、ドンちゃん!おはよー」
「おはよー!黒ドラちゃん、ブラン、ラウザー、あれ、ゲルードもいるの?」
 ドンちゃんは何だかとっても急いで来たみたいです。
「ドンちゃん、どうしたの?」
「あのね、あたし海に行けないかな?ってお母さんに聞いたんだけど、やっぱり外でお泊りのお出かけはダメだって言われて――」
「あっ、それそれ!ドンちゃん、ゲルードが馬車を用意してくれるって!」
「えっ!海まで行けるの?ビューンって?」
 ドンちゃんが目をキラキラさせながら聞いてきました。
「あのね、海までは行けないけど、少し離れた場所にとりでがあって、そこまで馬車で行けば、あとはちょっと飛んでいけば海なんだって」
「うそーーー!?あたしも海に行けるの!?うそ、うそ、うそーーーーーっ!?」
 もうドンちゃんは涙目で大興奮です。
「あたし、絶対海には行けないんだって思って、昨日の夜はずっと泣いてたんだ。黒ドラちゃんに貝がらのお土産を頼むつもりで急いできたの」
「一緒に行けるんだよ、ドンちゃん!」
「黒ドラちゃん!」
「ドンちゃん!」
 うれしくてうれしくて、黒ドラちゃんはドンちゃんを抱え上げてクルクル回って喜びました。



 魔法の馬車を準備するために、ゲルードは鎧の兵士さんたちを連れてお城へ戻っていきました。出発は明日の朝です。黒ドラちゃんたちもワクワクしながら明日の準備をすることになりました。まずは、ドンちゃんのお母さんに馬車でお出かけすることをお話ししなくちゃいけませんね。ドンちゃんのお母さんは、黒ドラちゃんからお話を聞くと、しばらく考えてからこう言いました。
「魔法の馬車があるとはいえ、女の子が遠くまでお出かけするのなら、マグノラ様の森で旅の無事をお祈りしてから行きなさい」
 なるほど、なるほど。黒ドラちゃんはドンちゃんを背中に乗せて、ブランとラウザーと一緒にマグノラさんの森に向かいました。

 森に着くと、一本道が森の中に続いています。マグノラさんが黒ドラちゃんたちを受け入れてくれる証です。道を進んでいくと、お花畑の広場に出ました。

 その真ん中で、マグノラさんが珍しく起きてみんなを待っていました。





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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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