第306話 その鐘を鳴らすのは……(前編)

文字数 3,647文字

 寒さが本格的になってきた冬のある日(と言っても古の森はいつでもポカポカですけどね)
 でも、とにかく、冬のある日のことです。 バルデーシュの南の砦では、入ってすぐの広間でラウザーを中心にした人垣が出来ていました。ほとんどが若い兵士ばかり、何やらみんな手を挙げて、「俺が!俺がやりますっ!」「いや、俺にやらせてください!」とすごい勢いでラウザーに迫っています。
 たじたじするラウザーをかばうように、リュングが前に立って「はいはい、一列ね。一列に並んで並んで〜!」なんて言っていますが、騒がしくて誰の耳にも入っていないみたい。ラウザーを囲む輪はいっこうに崩れそうにありませんでした。

「おいおいリュング、いくら陽竜様が言い出した行事とは言え、これでは砦の守りにも響くぞ。いい加減に収めてくれないか?」

 コレド支部長が、若い兵士たちの後ろから困ったように声をかけてきました。
 リュング自身も、さきほどから何とか騒ぎを治めようとしているのですが、みんなものすごい自薦ぶりでなかなか落ち着いてくれません。

 と、その時、カッと砦中が一瞬光り、ドーンっという音とともにラウザーに雷が落ちてきました。 いつもの通り、迷うことなく直撃です。
 リュングはもちろんのこと、ラウザーの周りに群がっていた兵士さんたちも頭を抱えて一斉に座り込みました。
 あっという間に、しんと静まり返った部屋の中に、扉の外から不機嫌そうな声が響いてきました。

「羅宇座、さっきから呼んでおるのになぜ来ないのじゃ!」

 みんなが恐る恐る顔を上げると、開け放たれた扉の向こうに、眉根を寄せたラキ様が腕を組んで浮かんでいるではありませんか。

「ラキ様!違うんだよ〜、俺さっきから囲まれちゃって動けなくてさ」

 雷の当たった頭を嬉しそうにすりすりしながら、ラウザーが兵士さんたちの囲いの中から飛び出してきました。

「この者たちはいったい何を騒いでおったのじゃ?」

 ラウザーが眼の前に飛び出してきたことで、ちょっとだけご機嫌が直ったラキ様がラウザーにたずねます。

「えっとー、鐘を鳴らす話をしたらみんながやろうやろうって言いだして、それで人数に決まりがあるって言ったら誰がやるかでこんな騒ぎになっちゃって、どうやって決めれば良いかわからなくて、そしたらますます騒ぎになっちゃって」

「鐘?なんの鐘じゃ?砦の鐘か?」

 ラキ様が言っているのは、砦の見張りの塔にある、大きめの鐘のことです。
 元々は、何か異常があった時に鳴らすものでした。平和な今では、日の出とお昼と日没の時に時報代わりに鳴らしているだけです。

「そうなんだけど、特別なんだ。普段とは違うらしいんだ」

「何を言っておるのかわからんぞ、羅宇座。もう少しわかりやすく説明せんか」

 再び不機嫌そうになり始めたラキ様の前に、ようやく人の輪の中から抜け出してきたリュングが現れました。

「すみません、ラキ様、わたしに説明させてください」

「ふむ、話せ」

 尻尾をにぎにぎしているラウザーの横に並ぶと、リュングは落ち着いた声で話し始めました。

「もともとはロータの世界の鐘の話らしいのです」

「ロータとは、羅宇座が以前少しだけ一緒に暮らしたというコーコーセーなる生き物か?白いクスマーケーキの?」

「はい、あのロータです。彼の住んでいる世界では『ジョーヤノ鐘』というものがあり、一年に一度だけ、鳴らした者の願いを何でも叶えてくれると、陽竜様が聞いたらしく」

「ジョーヤノかね?それは大晦日の除夜の鐘のことではないのか?」

「えっ!ラキ様、ジョーヤノ鐘のことをご存知なのですか?」
 リュングが驚いて声を上げると、周りで兵士さんが一斉にギラギラした目でラキ様を見つめました。
 なんだか、さっきまで囲まれて動けなかったラウザーの気持ちがわかるようです。

「じょ、除夜の鐘ならば、我のいた場所でも鳴らすのを聞いたことがあるぞ」

「本当ですか!?すごいっ!」

 リュングが嬉しそうに叫ましたが、ラキ様は不思議そうな顔をして兵士さんたちを見渡しました。

「除夜の鐘を鳴らすことを、なぜそのようにこの者たちが競うかわからんな」

「……だって、何でも1つ願いが叶うのでしょう?ラキ様」

 若い兵士さんから遠慮がちに声がかかります。

「願いが叶う?除夜の鐘でか?」

 そう言いながらラキ様が声をかけた兵士を見つめ返すと、その兵士さんはちょっと頬を染めました。

「ダメダメダメー!君はもう鐘を鳴らす権利無し!」

 ラウザーが慌ててラキ様のいる扉の前に立ちはだかります。さきほどの兵士さんは不満そうな表情で体を左右に動かして、何とかラキ様を見ようとしています。

「何でそのような話になっておるのかわからんが、我の知る除夜の鐘はそのように『願いを叶える』などというような謂れは無かったぞ」

「えっ」

 思わずラウザーが振り向くと、ラキ様が言葉を続けます。

「ロータという者がどのような話をしたのかはわからんが、除夜の鐘とは一年の最後に心を清める為のもの。己の欲望を鎮め、まっさらな気持ちで新たな年を迎えるためのものぞ」

「え……」

 周りでギラギラした目をしていた若い兵士さんたちから、一斉に輝きが失われました。

「えっとー、願いを叶えるんじゃないの?」

 周りからの責めるような視線にさらされて、ラウザーがしっぽをカミカミし始めます。

「まあ、一年の最後を締めくくるものじゃからな『来年を良い年に』という願いを叶えるともいえるが……」

 なんだかおかしな雰囲気に押されながら、ラキ様が答えました。

「良い年に、か」
 誰かがつぶやきます。

「彼女が出来ますように、とかは叶わないんだよな?」

「っていうか、それ以外に叶えたいことってあったっけ、俺ら」

 どうやらここに集まっていた若い兵士さんたちは、みんな可愛らしい恋人が出来ることを願うつもりだったようです。

「は、呆れるわ。それこそ煩悩ではないか?」

 ラキ様があきれたように笑いましたが、他に笑い声をあげる者は一人もいません。 その場の雰囲気の気まずさから、ラウザーの尻尾カミカミが高速化し始めました。

「で、でもさ、良い年っていう中に『可愛い恋人が出来る年』っていうのも含まれるかもしれないだろ!?」

「そ、そうですよ、皆さん、そんなに気を落とさずに」

「ああ、そうだぞ、砦をしっかり守ることで、未来の可愛らしい恋人からも信頼される立派な兵士になるんだ」

 リュングとコレド支部長も、なんとかその場を明るくしようとラウザーの言葉に続けました。

「そうか、そういう考え方もあるよな?」
「そうだ『良い年』だ、それにすべてはかかってる!」
「おおっ、俺、やるぞ!鐘鳴らすぞ!」
「南の砦の鐘の音をあたりに響かせるんだ!」

 なんだかよくわからないけど、再び広間は若い兵士さんたちのやる気に満ちた声で熱気を帯びてきました。

「そう言えば羅宇座よ、除夜の鐘は百八と決まっておるが、ここには何人集まっておるのじゃ?」

「え、108?そんなにいっぱい鳴らして良いの?」

 ラウザーが目を丸くすると、周りの兵士さんたちから歓声が上がりました。

 実はロータからは詳しい数は聞いていなかったのです。 なので、全部で十数回かな~?なんて適当に言ってしまって、それでさきほどからの大騒ぎになっていたのでした。

「そんなに鳴らせるならば、もっと人を集めましょうか?」
 リュングがコレド支部長にたずねます。
「この砦の兵士は80人ほど。あとはリュングを含めて魔術師が8名、ではあと20人ほどか?」
「一番近くの村から人を呼びますか?」
「いや、一部の村にだけ声をかけるのもなぁ……」
 コレド支部長が考え込んでいると、ラウザーがパッと顔を輝かせました。

「そうだ、黒ちゃんたちを呼ぼうよ!ノラウサ一家も。きっとマシルなんて大喜びするよ!それに、黒ちゃんの鳴らす鐘なら、なんだか願いが叶いそうな感じがすごくするよな〜」

「銅鑼子か、ふむ。それにふわふわの双子が来るのであれば、歓迎するのもやぶさかでないぞ」

 ラキ様がキラキラとした期待に満ちた目でコレド支部長を見ています。 もうこうなったら黒ドラちゃんたちを呼ぶ方向で進めるしかありません。

「で、では、古竜様へと、ゲルード様にも魔伝を飛ばしましょう。リュング、頼んだぞ」
「はい。急ぎで送ります!」
 リュングがキリッとした顔で胸元から紙でできた鳥さんのようなものを複数枚取り出しました。
 何かつぶやいて手を広げると、紙の鳥さんたちが勢いよく飛びだします。

「おっ、すげえな、リュング。また魔伝のスピード上げたんじゃないか?」

 ラウザーは感心したようにその場で飛び上がって見送りました。

 リュングの飛ばした白い紙の鳥さんたちは、窓から外へ出ると、青い空に浮かぶ雲に紛れて、あっという間に見えなくなりました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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