第160話-ふたつの真珠

文字数 2,410文字

 古の森に着くと、ゲルードはすぐにお城へ戻って行きました。馬車の中で黒ドラちゃん達から聞いたナゴーンでの出来事を、お城へ報告をしに行くそうです。ラウザーのためのお願いも「出来るだけ前向きに話しあっていただけるよう努めます」と言ってくれて、黒ドラちゃん達はちょっと安心しました。

 ドンちゃんと食いしん坊さんは、美しい真珠とたくさんのお土産話を抱えて、お母さんの待つ巣穴に帰って行きました。
 黒ドラちゃんはブランと一緒にマグノラさんの森へ向かいます。マグノラさんには、お話したいことがたっくさんあります。ラウザーがお土産にくれた真珠も渡さなければなりません。黒ドラちゃんだけだといっぱいいっぱいになりそうだったので、ブランが一緒に来てくれました。
 白いお花の森に入っていくと、マグノラさんは森の真ん中の開けた場所にあるお花畑にいました。最近はカモミラ王女の贈ってくれた大きな枕がお気に入りで、今日もその上に顎をのせ、丸くなってお昼寝しています。
「マグノラさん!ただいまあ!」
 黒ドラちゃんが元気にご挨拶すると、マグノラさんは大きくあくびをして起きてくれました。どっこいしょと尻尾までブルンッと全身を振ってから「お帰り、黒チビちゃん」と言って笑顔で迎えてくれます。

「ブラン坊やもお疲れ様、今回はずいぶん気を揉んだみたいだね?」
 そう言ってブランの顔を覗き込んで笑います。

「マグノラさんのおかげで、黒ちゃん達は無事に戻りました。ありがとうございます」
 ブランは深々と頭を下げました。

 マグノラさんはニッコリと微笑むと、黒ドラちゃんにたずねてきました。
「あのナゴーンの坊やは無事に送り返せたのかい?あちらの様子はどうだった?」
 途端に黒ドラちゃんの頭の中に、マグノラさんに話したいことが山ほど浮かんできました。
「あの、あのっ、そうだ、あの子、ラマディーはお姉さんと会えて、劇場にはコレドさんそっくりのゴルドさんがいて、伯爵も怒って無くて優しくて、ドンちゃんと食いしん坊さんのノラウサギダンスがすごく良かったって言ってくれて、金・銀・銅のニクマーン達も見つかって、女王様も王女様もそれから王子様も泣いちゃったけど、みんなで花火を見て花びらも撒いて大喜びだったの!」

「うんうん」

 すごい説明だけど、マグノラさんは黒ドラちゃんを優しく見つめながらうなずいてくれます。

「それでね、帰りはまっすぐ帰るんですよ!ってリュングに言われて、ラマディーが手を振って追いかけてきてくれて、港町でラウザーの拾った赤ん坊のおじいちゃんが待っていて、ハグしてお魚の頭が美味しくて、尻尾が出ちゃって……あ、そうだ!ラウザーがおじいちゃんからお土産にしんじゅをもらったの!」

「真珠?」

「うん!ラウザーから『マグノラさんに渡して』って預かってきたの」

 黒ドラちゃんがポシェットから真珠を取り出してマグノラさんに渡します。受け取って手のひらで転がしながら、マグノラさんがほおっとため息をこぼしました。
「これは見事だね。私もここまで綺麗なものは見たことが無いよ」
「マグノラさん、真珠見たことあるの?」
 黒ドラちゃんが尋ねると、マグノラさんはごそごそと枕の下を探って、小さなピンク色の物を取り出しました。良く見ると、それは若干形がいびつなものの、優しいピンク色をした美しい真珠でした。

「少し前に、雇い主の夫人のために安産祈願に来た娘がいてね、後から『無事にお嬢様が産まれました』って、お礼に持って来たんだよ」
「へえ~!」
 マグノラさんの手の中で、ピンク色の真珠と真っ白な大きめの真珠が仲良く並んでいます。

「ラウザー坊やにはあとでお礼を言わなきゃだね。あの坊やもなかなか女心がわかってきたもんだ」
 そういって、マグノラさんはニコッと笑うと、二つの真珠をそっと枕の下にしまい込みました。

「さて、黒チビちゃん、今回の旅は色々なことがあったみたいだね」
「うん!もうっ、もうっ、ものすごく色んな事があったの!!」
 再び黒ドラちゃんの頭の中は、ナゴーンでの旅の出来事でいっぱいになりました。
「ははは、まだ興奮冷めやらぬ、ってところみたいだね」
「う、うん!」
「まあ、とりあえず、今日のところはお帰り。さすがの黒チビちゃんも疲れたろう?」
「う、うん?……うん」
 そう言われてみると、何だか疲れているような気がしてきました。
 急に眠くなってきます。

「ブランに送ってもらって森へお帰り。山ほどありそうなお土産話は、また改めて聞かせてもらおうか」
 マグノラさんが優しく言うと、ブランがそっと黒ドラちゃんを負んぶしました。
 竜の姿ですが、黒ドラちゃんの背中の魔石を利用して、上手に落ちないようにしているようです。ブランの背中でウトウトしながら、黒ドラちゃんはマグノラさんの優しい声を聞きました。

「古の森に帰ったら、周りを良く見てごらん。旅から戻ってみるとね、自分の周りがそれまでとは違って見えるものさ」

 返事をしたつもりで黒ドラちゃんがこっくりこっくりし出すと、ブランはマグノラさんへお辞儀をして歩き出しました。

 マグノラさんは、大きな枕をポンポンしてから、満足そうに顎を乗せました。ふと枕の下に手を伸ばして、二つの真珠に触れてみます。あの娘、ピンク色の真珠を納めに来た娘は、ナゴーンから来たんじゃなかったっけ?そういえば、あの娘はその後も何度かやって来たねえ。
 いや、もう娘とは言えない年齢になってたかね、人間では――

 何百年も生きているマグノラさんにとっては三、四年前も三、四十年前も同じく“少し前”でした。

 マグノラさんは、アマダ女王の乳母からもらった真珠をもう一度撫でました。
 あの時産まれたと言っていた娘が、幸せな人生を送りますように、と願いながら。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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