第42話ーゆらぎって?

文字数 2,465文字

 翌日、黒ドラちゃんはクマン魔蜂さんたちの羽音に起こされました。なんだかすごく興奮しているようです。しきりに「来たよ!来たよ!」と言っています。

 昨日、ラウザーには「せっかくだから洞に泊まっていけば?」と何度も言いました。でも、ラウザーは「ブランに悪いし、マグノラねえさんに話があるから」と言って、夕方になるとマグノラさんの森に行ってしまったのでした。そのラウザーが森に来たにしては、やけにクマン魔蜂さんたちの反応が大きいような気がして、黒ドラちゃんは急いで森の外れまで飛んでいきました。

 森の外れには鎧の兵士さんたちを連れて、ゲルードが来ていました。兵士さんたちは大きな荷車に鉢植えのお花をたくさん載せて運んでいます。だからクマン魔蜂さんたちが大興奮だったんですね。

 兵士さんたちが荷車を停めると、黒ドラちゃんはすぐそばに降り立ちました。
「ゲルード、お花もって来てくれたんだ!」
「これはこれは古竜様、ご機嫌麗しゅう」
 いつものようにゲルードがかしこまって片膝をついたお辞儀をします。
「なんかね、クマン魔蜂さんたちが大騒ぎなの!きっとゲルードがお花を持ってきたことわかったんだね!」
「なるほど、どうりで今日は森の奥への道が開けていると思いました」
「えっ?奥への道?」
 黒ドラちゃんが振り返ると、確かにいつの間にか道が一本森の中に続いています。でも、よく見ると奥に続いているんじゃなくて、森の中でぐるっと一周しているみたい。
「あのさあ、ゲルード、多分クマン魔蜂さんたちは、この道沿いにお花を植えて欲しいんじゃないのかな?」
「なんと、そういうことでしたか。わかりました、古の森を花で満たして見せましょう!」
 そういうとゲルードはサッとマントを翻して、鎧の兵士さんたちに花をどんどん森の中に運び入れるように命じました。赤やピンク、オレンジや黄色、白、さまざまな色のたくさんのお花が森の中に植えられていきます。クマン魔蜂さんたちはとても嬉しそうにブンブン飛び回っていました。ゲルードも、クマン魔蜂さんたちとの約束を果たしたことで、胸を張ってその様子を眺めています。
「ゲルード、ありがとう。こんなにたくさんのお花が咲いてて、とっても綺麗だし良い匂いだね」
 黒ドラちゃんも森が明るくなったように感じて、うれしくなりました。
「ところで古竜様、昨日城に輝竜殿が見えられて、南の海の方へに行かれるとのお話をお聞きしましたが」
「そうなの!ラウザーが遊びにおいでって誘ってくれたの!」
「陽竜殿ですな。なるほど。……他には何か聞いておられませんか?」
「色々聞いたよ!海って波があって、塩辛くて、大きなお魚がいて……」
 黒ドラちゃんがワクワクしながら答えると、ゲルードが「いえいえ」とさえぎりました。
「海についてではなくて、もっと他のことについてです」
「ほかのこと?あ、そうだ、魔法の馬車で海まで行けない?ドンちゃんも連れて行きたいの!」
「ああ、そのことは昨日輝竜殿とも話したのですが、海のそばには魔方陣は無いのです」
「そっかあ……」
 黒ドラちゃんはがっかりしました。
「ですが、南の国境沿いの砦近くには魔方陣がございますので、そこまでならば移動できます」
「ほんと!?とりでから海って近いの?」
「砦からでしたら、海までは、ちょうど古の森から華竜殿の白い花の森までくらいでしょうか。竜の皆様であれば少し飛べば海に行けるでしょう」
「やった!じゃあ、ドンちゃんも連れて行けるね!?」
「ご希望とあれば、馬車はご用意いたしましょう」
「やった!やった!早くドンちゃんに知らせに行こうっと!」
 黒ドラちゃんがすぐにでも飛び立とうとすると、ゲルードが止めました。
「あ、お待ちください、古竜様。他に何か陽竜殿から聞いておられませんか?」
「えっ?ほか?海のことじゃなくて?」
「はい」
「うーん?たとえば?」
「たとえば、魔力のゆらぎのこととか……」
「ゆらぎってなに?」
 黒ドラちゃんが初めて聞く言葉です。

「大きな魔力が働いた時、周りの空間が歪むのです」
「くうかんがゆがむ?」
 どんどんわからない言葉が増えていきます。
「ええと、なんと言ったら良いのだ」
 ゲルードがそう言って考え込んだ時に「黒ちゃーーーーーん!」という声が聞こえました。見ると、マグノラさんの森のある方向から、ラウザーが飛んできました。

「おっはよー!」

 元気に挨拶して得意の一回転をして見せます。
「おはよー、ラウザー。あのね、今ゲルードに南の海に行くお話をしてたの」
「陽竜殿、おはようございます。少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
「う、うん。ちょっとだけならね。俺さー、えっと、忙しいんだ!」
 ラウザーが見るからにそわそわしだしました。
「陽竜殿がお住まいの南の砂丘の先で、大きな魔力の揺らぎが観測されたと報告がありまして」
「えっ!?」
 ラウザーのそわそわがどんどんひどくなっていきます。尻尾をにぎってキュッとしたり緩めたり……どうやらこれはラウザーが緊張したときの癖のようです。
「なにかお心当たりはございませんか?」
 ゲルードがそう言った時、今度はブランが飛んできました。
「おはよう、黒ちゃん」
 そう言って、ブランは黒ドラちゃんに小さな雪の塊を出してくれました。初めて見る形です。これは何でしょう?黒ドラちゃんがキョトンとしていると「あ、それって貝殻の形だ!」とラウザーが叫びました。
「かいがら?これが?お耳に当てると波の音がするんでしょう?」
 そう言いながら黒ドラちゃんは雪の貝殻をお耳にあてようとしました。けれど、黒ドラちゃんが持ったとたんに、雪の貝殻はふわっとくずれて、あたりに少しだけ雪をふりまいて消えてしまいました。
「あー、消えちゃったあ」
 黒ドラちゃんががっかりしていると、ラウザーが「海に行けば本物の貝殻がいっぱいあるよ!」となぐさめてくれました。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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