第163話-誰かさんのひとりごと

文字数 1,766文字

 お星さまがキラキラと明るく輝き、ナゴーンの夜は暖かです。ホーク伯爵はベッドの中でぐっすり眠っていました。
 黒ドラちゃん達がナゴーンの王宮で見事にニクマーン問題を解決して去った後、ホーク伯爵も自分の領地へと戻ってきました。一行が帰りは劇場には寄らなかったという話は、劇場の一座の者たちから聞きました。ラマディーが、もっときちんとお礼が言いたかったと肩を落としていたので、伯爵は「気持ちはきっと伝わっている」と慰めました。もちろん、ホーク伯爵自身も、もう少し黒ドラちゃん達とゆっくりお話ししたい気持ちはありました。でも、元々“非公式”な滞在ですから、無理に引き留めることは出来ません。それでも、黒ドラちゃん達への感謝の気持ちを胸に、今夜は久しぶりに心地よい眠りについていました。

 伯爵の枕元には、綺麗な花の刺しゅうがされたクッションが一つ置いてあります。その上にはニクマーンはちみつ玉のハッチが乗せられていました。部屋の中はほのかに甘い香りが漂っています。
 はじめ、ハッチは使用人さんたちの手で、ガラスケースの中にしまいこまれそうになりました。けれど伯爵が「ハッチは手元に置いておこう。いつでも話かけられるように」と言ったので、こうして部屋の中にあるのです。

 ――と、暗かった部屋の中がぼんやりと明るくなりました。
「ぶぶい~~~ん」という羽音と共に、一匹の大きな蜜蜂が現れました。
 蜜蜂はキョロキョロするように部屋の中を飛び回り、やがて伯爵の枕元のはちみつ玉に気づきました。
「ぶぶん!ぶいい~~ん!」
 嬉しそうにはちみつ玉までまっしぐらに飛んでいきます。そして抱きつくようにはちみつ玉にくっつきました。
 ぐっすり眠っていたホーク伯爵は、何か耳元でささやき声を聞いたような気がして、ふっと目を覚ましました。部屋に誰か召使でも来たのかと見回しましたが誰もいません。そのまま何気なく枕元に目をやると、ハッチの上に大きな大きな蜜蜂が一匹とまって、ご機嫌そうに羽をぶんぶん鳴らしています。
「……」

 伯爵はそおっと蜜蜂に話しかけました。
「あー、もし……ひょっとして君はバルデーシュの古の森のクマン魔蜂のモッチ殿ではないかな?」
 途端に蜜蜂はびっくりして「ぶいん!?」と大きく羽を鳴らして飛び上がりました。しばらくぶんぶんと辺りを飛び回っていましたが、伯爵が黙って見つめているのに気が付くと、落ち着きを取り戻してハッチの上に降りてきました。でも、さっきのように飛びつこうとはしません。

「ぶいん?」
 乗っても良い?とでも言うように、伯爵にたずねてきます。
「ああ、もちろんどうぞ。そのハッチはモッチ殿が作った特製はちみつ玉と聞いていますよ」
 伯爵がにっこりしながら答えると、モッチは嬉しそうに「ぶいん!ぶいん!」と答えてハッチの上に乗っかりました。

「ぶいんぶい~ん?」
「もちろんですとも、ハッチのことは大変気に入っております。得難い宝物です」
「ぶいいい~~ん」
「いやいや、本当です。もちろん金・銀・銅のニクマーン達も宝物でした」
「ぶんぶん」
「ですがハッチは私のもとに自ら来てくれました。本当に……本当にうれしかったのです」
「ぶぶぶ~~~ん」

 伯爵は、自分がクマン魔蜂と会話している不思議に全く気付いていませんでした。モッチがハッチを抱えて飛び回ると、伯爵も嬉しくて笑顔になりました。モッチはぼんやりと輝きながら、伯爵の部屋中を飛び回りました。抱えているハッチの甘い香りが部屋中に広がります。
 やがて、好きなだけ飛び回って気が済んだのか、モッチはハッチを元のクッションの上に戻しました。
「ぶぶいん、ぶいん」
「ええ、大切にします」
「ぶいん、ぶいん?」
「喜んで!歓迎しますぞ、ぜひまた来てください」
「ぶぶぶいいいい~~~~~ん!」

 ひときわ大きく羽音を鳴らすと、モッチはふわっと飛び上がり、そのままふっと消えて行きました。
 部屋は再び暗くなりました。けれど、ホーク伯爵は、モッチの灯した明かりがまだ輝いているように思えました。そっと枕元のハッチを撫でます。再びベッドに横になると、そっと目を閉じました。

 間もなく寝息を立て始めたホーク伯爵を、甘く優しい香りが包み込みました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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