第165話-か、可愛い……!

文字数 3,301文字

 今日も古の森はお天気です。空は青く木々の緑は鮮やかで、黒ドラちゃんの背中の魔石の鱗もキラキラです。エメラルド色の湖の上を、さわやかな風が吹き渡ってきます。
 湖のほとりの大きな大きな木の洞のそばで、黒ドラちゃんは大きく伸びをしました。こんな日にはノラプチウサギのドンちゃんを背中に乗せて、森の上をお散歩したくなります。ウキウキしながら今日の予定を考えていた黒ドラちゃんは、湖の真ん中の方から何かバチャバチャと音がしているのに気づきました。気になって飛んで行ってみると、そこには黒っぽい小さな生き物がいました。

「キ、キキーーーーーッ!」

 どうやら溺れているようです。黒ドラちゃんはすぐに手を伸ばして水から出してあげようとしました。ところが、黒い生き物は黒ドラちゃんを怖がって、滅茶苦茶に暴れ始めました。せっかく黒ドラちゃんが掬い上げても、手の中からすぐに落ちてしまいます。

「ちょ、ちょっと暴れないで!今、助けてあげるから!」
 そう言って一生懸命助けようとするのに、何度も何度も手の中から水に落ちて、小さくて黒い生き物はだんだん動きが鈍くなってきました。

「キ、キ……」

 とうとう水の中に沈んでいきます。黒ドラちゃんはあわてて湖に潜ると、動かなくなった小さくて黒い生き物を手の中にしっかりと閉じ込めて、水から飛び出しました。そのまま洞の前まで飛んでくると、そばにあった切り株の上に小さくて黒い生き物をそっと乗せました。

「……」

 小さくて黒い生き物は全然動きません。

「どうしよう、死んじゃったのかな?」
 悲しくなって切り株の前でうなだれていると、後ろから「黒ドラちゃん、おはよーっ!」と元気な声がかけられました。

「ドンちゃん!」

 黒ドラちゃんは振り向くとすぐにドンちゃんにすがりつくようにたずねました。
「ど、ど、どどうしよう!ドンちゃん、あの子溺れちゃったみたいなの!」
 そう言って黒ドラちゃんが切り株を指さすと、ドンちゃんが前に出てきます。

「この……子?湖で溺れてたの?」
「うん!助けようとしたら余計に暴れて、水をいっぱい飲んじゃったみたいで、全然動かないの……」

 黒ドラちゃんがグスグス言いながら、小さな黒い生き物をそっと手の平に乗せます。ドンちゃんは、小さな黒い生き物に近づいて良く見てくれました。
「うーん。お腹も膨れていないし、良く見たらスピスピ息もしているから、多分大丈夫じゃないかな?」
 一通り様子を見てからドンちゃんが言いました。
「ホント!?」
「うん。多分お水を飲んじゃったから溺れたんじゃなくて、体が濡れて寒くなっちゃったんじゃないかな?」
「そうなの?」
「あたしもお水に入るのは苦手だから、多分この子も同じじゃないかな、って」
「そっかあ。じゃあ、温めてあげれば元気になるかな?」
「そうだね。とりあえず枯草で体を拭いて、それからブランの魔石で暖めてみない?」
 そういうとドンちゃんはそばに落ちている枯草をせっせと集め始めました。黒ドラちゃんは、やっぱりドンちゃんてすごいなあと思いながら、洞の中に魔石を取りに行きました。
 ドンちゃんが枯草で体を拭いてあげて、黒ドラちゃんが橙色の魔石の上に乗せてあげると、小さな黒い生き物が「キ、キー」と小さな声で鳴きました。
「あ、声出した!良かった!動いた!動いた!」
 黒ドラちゃんは嬉しくて切り株の周りで飛び跳ねました。

「ねえ、黒ドラちゃん、この子何だろうね?」
 モゾモゾと切り株の上で動き出した生き物を見ながらドンちゃんがつぶやきます。

「あのね、さっきバチャバチャやっている時に見たけど羽があったよ。薄くて大きくて、爪が付いてた」
「大きな羽?こんな小さな体に?」
 ドンちゃんが首をかしげています。切り株の上の小さな身体はキュッと丸まっていて、本当はどういう形をしている生き物なのか、よくわかりません。

 小さな生き物の体は、短くて柔らかそうな黒に近いこげ茶の毛で覆われています。黒ドラちゃんは撫でて見たくなりました。そっと指を出して頭を撫でると、途端に「キキッ!」と鳴き声がして、黒ドラちゃんの指に小さな生き物がカプっと噛みつきました。
「あっ!」
 びっくりしたドンちゃんが、あわてて小さな生き物を黒ドラちゃんの指から外そうとして止められました。
「大丈夫。あたしは全然痛く無いよ。むしろこの子の牙が心配だなあ?」
 黒ドラちゃんが心配そうに見つめます。黒ドラちゃんの指に噛みついたまま、小さな生き物は必死にキーキー鳴いていました。さっき黒ドラちゃんが言っていた、羽についている爪で黒ドラちゃんの指につかまっています。そのうち疲れてしまったらしく、カパっと口を開けて黒ドラちゃんの指を放しました。ピンク色の小さな舌をちょろっとのぞかせて、口元をムグムグやりながら、黒ドラちゃんのことを上目づかいに見ています。小さなお顔には、薄くて角の丸くなった三角形のお耳と、黒くてクリッとした小さなお目々が付いていました。

 黒ドラちゃんとドンちゃんは、ほとんど同時に言いました。

「か、可愛い……!」

 黒ドラちゃんもドンちゃんも、すっかりこの小さな生き物に夢中になってしまいました。指を出すとまた噛みつかれるかもしれないので「よーしよし怖くないよ~?」なんて話しかけています。でも、小さな生き物はそんな言葉がわかっているのかいないのか、再び魔石の上で丸くなると目を閉じてしまいました。

「ねえ、ドンちゃん、この子何だろうね?」
「うーん……野ねずみさんみたいなお顔だけど、羽と爪があるところ見ると、鳥さん?……かなあ」
「鳥さんかあ。じゃあ飛べるのかな?」
「どうだろう?飛べるならどうして湖に落ちていたのかな?」
「そうだよねえ……」

 とにかく、わからないことだらけです。
 切り株の前でああでもない、こうでもないと話していると、森の中からぶい~んと大きな羽音が聞こえてきました。

「あ、モッチ!」

 クマン魔蜂のモッチがいつものように大きなはちみつ玉を抱えて、森の奥から飛んできました。モッチが黒ドラちゃん達のところへ近づくと、甘い匂いが漂います。

「モッチ、またマグノラさんのところに遊びに行くの?」
 黒ドラちゃんが話しかけると、モッチはその通り!と言うように、元気に一回転してみせました。

「そうだ!ねえ黒ドラちゃん、この子のことマグノラさんに聞いてみたら良いんじゃない?」
 ドンちゃんがお耳をピンッとさせて言いました。
「そっか!マグノラさんならこの子が何ていう生き物か知ってるかもしれないよね!?」

 黒ドラちゃん達のやりとりを聞いて、モッチが切り株の上に近づきました。その途端、さっきまで丸まって動かなかった小さな生き物が、パッと羽を広げてモッチに飛び掛かりました。いえ、モッチにと言うよりも、はちみつ玉に、です。クリッとしたお目めをキラキラさせて「キキキッ!」と鳴きながらモッチからはちみつ玉を奪い取ろうとしています。けれど、相手は力持ちのモッチです。
「ぶぶ!?ぶいんっ!!」と大きく羽音を鳴らすと、自分よりも大きな黒い生き物を振り飛ばしました。そしてはちみつ玉をしっかりとつかんで、黒ドラちゃんの頭の上に避難します。
「ぶぶいん?ぶぶいん?」
 あいつなあに?と黒ドラちゃんに聞いてます。
 その間に黒い小さな生き物は、空中でくるっと回転すると、再びモッチのはちみつ玉めがけて一直線に飛んできました。

「あ、待って待って待って!」
 あわてて黒ドラちゃんが頭の上のモッチを守ります。けれど黒い小さな生き物は、はちみつ玉しか目に入らないようで「キキッ!キキキーーーーーッ!」と鳴きながらはちみつ玉奪取をあきらめません。

 とうとう黒ドラちゃんが「ダメーーーーーーーッ!」と大きな声で叫ぶと、辺りの空気ががビリビリと震えました。すると、黒い生き物は「キ」と小さく鳴いてキュッと目をつぶり、そのまま地面へ落ちて行きました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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