第277話-『何もしない』

文字数 3,545文字

 二人のやり取りを見ていた黒ドラちゃんが、力強く立ち上がりました。
「決めた!ゲルードの気持を確かめよう!」
「えっ!」

「ぶぶいん!」
「モッチも協力してくれるって」
「えええっ!」

 戸惑うドーテさんをしり目に、黒ドラちゃんとモッチの乙女心応援団は止まりません。
「じゃあ、まずはマグノラさんに相談に行こう!」
「ぶぶいん!」
「華竜様に……そうね、それは良いかも」
 マグノラさんの名前が出てきたことに、カモミラ王太子妃もうなずいています。

「カモミラ様まで……」
「だって、ドーテ、マグノラ様は女性の味方よ?」
「そうだよ、前にマグノラさん『困ったときは長き者が導いてくれる』って、言ってたし」
「ぶぶいん!」
「確かに。マグノラ様のお導きがあったからこそ、私も良い方へ向かうことが出来たのだと思っているわ」
 カモミラ王太子妃がしみじみとうなずいています。その言葉を聞いて、しばらく考え込んでいたドーテさんが、顔をあげました。そして、みんなの顔を見まわしてからゆっくりとうなずきます。

「マグノラ様の元へ行ってみます。ご相談させていただくことで、何がどう変わるのかはわかりませんが…カモミラ様が一歩を踏み出したように、私も動いてみます」
「そうと決まれば、さっそく行こうよ!」
「ぶぶいんぶいん!」
 黒ドラちゃんもモッチもすっかり乗り気です。

 とりあえず、まずは鎧の兵士さんのところまで戻ってから、二人と二匹は白いお花の森へと向かうことにしました。みんなが戻ってみると、鎧の兵士さんたちはカモミラ王太子妃たちを見送った場所できちんと待っていてくれました。

 兵士さんたちに白いお花の森に向かうお話をして、みんなで馬車に乗りこみます。久しぶりの馬車にはしゃぐ黒ドラちゃんたちの横で、ドーテさんは真剣なまなざしをしてじっと手を握りしめていました。









「おやおや、珍しいメンバーだね」

 白いお花の森のお花畑で、マグノラさんがみんなの顔を見回しながらゆっくりと尻尾を振りました。辺りに優しい甘い香りが漂います。

「あの、華竜様、本日は突然お邪魔して申し訳ございません」
 ドーテさんが緊張しながら話し始めると、すぐにマグノラさんが首を振りました。
「なに、そんなに固くなる必要はないよ。そろそろ来る頃じゃないかと思っていたのさ」
 マグノラさんの言葉にドーテさんが目を見張ります。
「マグノラさん、ドーテさんが来ること、知ってたの?」
 黒ドラちゃんがたずねると、マグノラさんがうなずきました。
「ええと、昨日だったか、その前だったかね?ドンちびちゃん夫婦がやってきてね、ノーランドの双子におめでたい話が続きそうだ、と」
「ドンちゃんと食いしん坊さんが!?」
 黒ドラちゃんがびっくりして声をあげると、マグノラさんはゆっくりと尻尾を振りました。
「なんでも、ノーランドの騎士と結婚する……モーデだっけ?そちらは体が弱かったとかで、母親が心配しているらしい」
「まあ、お母様が!?」
 ドーテさんが驚いてカモミラ王太子妃と顔を見合わせます。
「それで、グィンはモーデのことをマグノラ様にお願いするように頼まれたのね」
 カモミラ王太子妃がつぶやくと、マグノラさんがちょっと首をかしげました。
「双子の母親はモーデの体のことも心配してたけれど、お前さんのことも、心の……気持ちの方を心配していたようだよ」
「え」
 ドーテさんが再び驚いて目を見張りました。
「あちらの結婚が決まったことで、こちらの結婚の話も進むことになったんだろう?」
 マグノラさんの問いかけにドーテさんがうなずきます。
「『きっと喜ぶだろうと思っていたのだけれど、何だか元気がないようだ』と心配していると」
「そ、そうなのですか……。やはり家族の目はごまかせませんね」
 ドーテさんがちょっと困ったように笑います。

「まあ、結婚前は多少なりとも気持ちが揺れ動くことはあるもんだ、そんなに心配することはないだろうよ、とグィンには言づけたんだが……」
 マグノラさんがドーテさんの顔をのぞきこみます。
「ここへ足を運んだってことは『そのうち解決するさ』とはいかない気持ちなんだね?」
 マグノラさんの言葉に、ドーテさんが黙りこみます。


「あの、わたし……」
 ようやく口開いたものの、どう伝えれば良いのか悩んでいるみたいです。

 たまらず黒ドラちゃんが助け舟を出しました。
「あのね、ドーテさんはゲルードのこと好きなの!初恋なの!ゲルードがお姫様みたいでも、おじいちゃんみたいなしゃべり方でも好きなの!だけど、モーデさんと騎士さんみたいにふわふわしてないんだって。あーゆーの良いなあって思っても、なかなかゲルードに言えないんだって。それにゲルードは内緒話じゃない『ささやく』をしてくれないんだって。ゲルードは鈍いんだって!」
 黒ドラちゃんが一気に説明すると、一瞬目を丸くしてからマグノラさんは大きな体を揺らして笑い出しました。ひとしきり笑ってから、マグノラさんは黒ドラちゃんの頭を優しくなでてくれました。
「ありがとう、黒ちびちゃん。良くわかったよ」
 自分の説明がうまくなかったのかと心配していた黒ドラちゃんはホッとしました。
 ドーテさんは胸の前で両手を組んで赤くなってうつむいています。それを後ろ姿を、カモミラ王太子妃が応援するようなまなざしで見守っていました。
 マグノラさんがドーテさんに向き合いました。
「お前さんの気持はなんとなくわかったよ。まあ、ゲルードはひざまずいて花をささげるような柄じゃないものね。ふわふわするっていうのも苦手そうだ」
 これまでのゲルードのことを思い出しているのか、何度もうなずきながらそう言います。
「力になってやりたいが……いいかい、良くお聞き、双子のお嬢ちゃん。お前さんの望みを叶える方法を、私は知らないんだ」
 マグノラさんの言葉に、ドーテさんの口から小さく「え」という声がこぼれました。

「そんな!華竜様は私の時だって導いてくださいました!」
 カモミラ王太子妃がドーテさんを後ろから支えながらマグノラさんに大きな声で訴えます。
「いや、あの時だってあたしは『何もしなかった』よ。そうだろう?」
「そ、そうですけど……あ、いえ、そうじゃないというか」
「せっかく頼ってきてくれたのに申し訳ないけどね、今回もあたしは『何もしない』だろうね」

 説明はちゃんとできたはずなのに、マグノラさんがドーテさんのお願いを叶えてくれないみたいだと知って、黒ドラちゃんはしょんぼりしました。頭の上でモッチも白い布を出して涙をふく仕草をしています。
 マグノラさんは、そんなみんなの様子を見てから、ふうっとため息をつくとドーテさんに話しかけました。
「人の気持ちなんて、どんな風にでも変わるものじゃないかい?」
 マグノラさんの声に、ドーテさんが顔をあげます。
「たとえば、お前さんのその思いを知る前と知った後では、ゲルードの気持ちだって変わるだろう」
「マグノラ様……」
「カモミラ王太子妃がここを訪れた時だって、私は何かをしてあげられたわけじゃない。ただ、本人が自分で決めて、動いて、自分の道を切り開いたんだ」

 ドーテさんがカモミラ王太子妃を振り返りました。

 あの時、ドンちゃんのために短く切った髪は、ようやく肩を越えて背中に届くようになりました。



「わかりました」

 ドーテさんがマグノラさんにお辞儀をします。

「ありがとうございます。華竜様が『何もしない』とおっしゃってくださったおかげで、自分がすべきことが見えてきました」

 マグノラさんは何も答えずに尻尾を優しく揺らします。そして、ゆっくりと体を丸めると、お昼寝の体勢に入りました。それを見ると、カモミラ王太子妃も丁寧に礼をしてドーテさんと一緒にもと来た道を歩き出しました。黒ドラちゃんとモッチもあわてて後を追います。

 すると、後ろから「黒ちびちゃん」と呼び止められました。
「マグノラさん?」
 あわててマグノラさんのところに戻ると、マグノラさんは片目だけ開けて小声で伝えてきました。
「ブラン坊やに、今回のことを話してごらん」
「ブランに?」
「ぶぶいん?」
 黒ドラちゃんもモッチも不思議に思いました。だって、ブランとゲルードは仲良しさんじゃありません。とてもドーテさんの恋の味方になってくれるとは思えませんでした。

「黒チビちゃんが頼めば、ブランはすぐに何かしら動くだろう」
「う、うん」
「ブランも、本当なら喜ぶはずなのさ」
「え?」
「ぶぶいん?」
 黒ドラちゃんとモッチが首をひねっているうちに、マグノラさん寝息が聞こえてきました。どうやらお昼寝タイムに入ってしまったようです。


 黒ドラちゃんとモッチはそうっとマグノラさんのそばを離れると、急いでカモミラ王太子妃とドーテさんの後を追いました。

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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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