第172話-やるときはやる!

文字数 2,227文字

 黒ドラちゃん達が白いお花の森でマグノラさんにお話を聞いてもらっている頃、ゲルードはテルーコさんの店の二階でグラシーナさんと打ち合わせをしていました。


「それでは、私はこの二匹のブローチを付けて、アズール王子に会えばよろしいのですね?」
 グラシーナさんが静かに念を押しました。
「ああ、今回はこのエステンコーモリを王子に会わせることが第一目的だから、貴女には特別に何かをしていただく必要はない」
 ゲルードの説明にグラシーナさんがうなずきます。
「わかりました。わたくしは付き添いに徹しましょう」
「すまんな。忙しい身の上とは承知しているが、協力してもらえて本当に助かる」
「いえ、ゲルード様。輝竜様は昔からこの店のお得意様ですし、その他の竜の皆さまにもお世話になりましたから」
 グラシーナさんは静かに微笑みました。

 改めてキーちゃんに話しかけます。
「さて、ではキーちゃんが良く映えるように服を考えましょうね。それから、モッチは帽子につけていきましょうか」
(ぶいん)
 なりきりモッチが小さく返事をします。
「では、準備が出来たら声をかけて欲しい。私は一階でテルーコ殿と打ち合わせていよう」

 ゲルードが部屋を後にすると、グラシーナさんが「ふふっ」と小さく笑い声をあげました。
(キー?)
(ぶぶ?)
「わたし、コポル工房のアズロに会ってみたかったの!!」
 それまでの落ち着いた雰囲気だったグラシーナさんが、年頃の娘さんらしく頬を染めて二匹に語りかけます。
「だって、突然現れたさすらいのスゴ腕職人って言われているのよ!?ほとんど工房から出ないから謎が多くて!」
 グラシーナさんは次々と服を出してキーちゃんを乗せては、ああでもないこうでもないと始めました。

「王子様だって聞いちゃったから、気安くは話しかけられないかもしれないけど、でも職人としてこのチャンスはモノにしないと!」
 なんだか、モッチ以上にやる時はやる感じです。俄然やる気を見せ始めたグラシーナさんを見て、キーちゃんは体調とは別な意味でアズール王子のことが心配になりました。


 やがて、準備できたグラシーナさんが一階に下りて行きました。その姿を見てゲルードもテルーコさんも一瞬言葉を失いました。
 普段は作業優先のため飾り気のない姿しか見せたことのないグラシーナさんが、美しく化粧し、女性らしい装いで現れたからです。ベージュのゆったりとした上品そうなワンピースには、キラキラと光るキーちゃんブローチが輝いています。しかも、ブローチには紫色の美しい宝玉が……いや、あれははちみつ玉です。モッチの特製はちみつ玉をキーちゃんがしっかり掴んでいるのです。普段はひっつめてある長くて豊かな黒髪も、ゆるくカールして背中に流れています。浅くかぶった小さめの帽子には、モッチブローチがキラリと輝いて、良いアクセントになっています。


「……あの、変でしょうか?」

 二人が無言でいるため、グラシーナさんはちょっと不安そうに聞いてきました。

「あ、いや、あまり雰囲気がさっきと違ったものだから……」
「ああ、とても似合うよ、グラシーナ。自慢の弟子だよ、色んな意味で……」

 ゲルードもテルーコさんもようやく言葉を絞り出しました。

「良かった。このブローチを付けるとなると、こんな感じかしら?と思ったのです」
 そう静かに微笑むグラシーナさんは本当に美しくて、さっきまでのやる気満々な感じはすっかりなりをひそめています。
(ぶぶ)
 これは強敵が現れた!とモッチは小さく羽音を立てましたが、キーちゃん以外には気づいてもらえませんでした。

「では、コポル工房へ向かいましょう。あちらにはテルーコ殿の使いで貴女が行くことは伝えてありますので」
 ゲルードに促されてグラシーナさんが馬車に乗り込みます。
「では、お師匠様、行ってまいります」
「うむ。コポルによろしく伝えておくれ。あれとは若い頃に同じ工房に居たことがあるのだ」
「わかりました。お伝えします」
「グラシーナ殿、私は店の手前で降ります。私が一緒では不自然ですから」
 そう言ってゲルードが合図を出すと、馬車が動き始めました。

 馬車をしばらく見送ってから、テルーコさんは店に入りました。今回のことに協力したのは、何もただの親切心からだけではありませんでした。アズロという若い職人が入ってから、コポル工房は生産量がぐんと増え、しかも品質も安定していると評判だったのです。そんな腕の良い職人がひょっこり入ってきてくれるなんて、工房としては滅多にない幸運です。けれど、先日の夏祭りでの優勝といい、コポル工房には幸運を引きよせる“何か”があるような気がしていました。
 そこへ、今回の秘密の依頼。
“アズロが、実は西のエステン国のアズール王子だ”という話。これは一枚噛んでおかなければ!と、商売人としても一流のテルーコさんはすぐに協力を決めました。ひょっとしたらこれで工房として、エステン国と太いパイプが出来るかもしれない。コポル工房に転がり込んだ幸運に、うちもしっかりちゃっかり乗っかろう。そんな胸算用がありました。

 しかし――

「……いや、あの“悲劇”は繰り返すまい。グラシーナに限って、まさか、いや、ないない……」

 色んな意味で自慢の弟子を使いにやったことを、早々に後悔し始めているテルーコさんでした。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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