第217話-むぎゅう~っ

文字数 2,420文字

 スズロ王子とカモミラ王女は、コレドさんに連れられて真っ直ぐに建物の中へと案内されていきました。モッチも、カモミラ王女の持つ花束の中から顔だけ出して周りをキョロキョロしています。黒ドラちゃん達も中に入ろうとしましたが、ラウザーが『どうしてもオアシスを先に見て!』とお願いしてきたので、スズロ王子たちとは別行動になりました。
 ラウザーが先頭になって尻尾を振り振りしながら黒ドラちゃん達をオアシスの方へと連れていきます。
「ほらっ、見てくれよ!ラキ様のオアシス、綺麗になってるだろ?」
 そう言ってラウザーが得意そうにオアシスの前に立ちます。今は人の姿になっていますが、嬉しくて尻尾がどうしても出てきてしまうようです。

「まあ、色々ありましたけど、確かに陽竜様のおかげで綺麗になってますよね」
 リュングが笑いながら教えてくれました。
「色々って何だよ、俺がんばったじゃないか!毎日毎日雑草抜いてさ、白砂もきれいにして、花に水もあげたし!」
「そうですね。むしったそばから尻尾でオアシスの中に雑草を落としちゃったりもしてましたけど、まあ、がんばってはいましたよね」
 リュングの話があまりにも想像通りだったので、黒ドラちゃん達は思わず笑ってしまいました。するとその時、ラウザーの尻尾に小さな稲光が落ちました。
「ピギャッ!」
 ラウザーは一瞬悲鳴を上げた後、嬉しそうに尻尾を握りしめてオアシスを振り返りました。

 オアシスの水面がゆっくりと波立ち始めます。

「ラキ様?」

 黒ドラちゃん達がオアシスを囲んで待っていると、中からラキ様がゆっくりと姿を現しました。今日はいつもよりずっと豪華な雰囲気です。美しく光沢のある青い衣装には、金糸銀糸で細やかな刺繍がされていました。銀地の帯にもオレンジ色の鮮やかな花模様が刺繍されています。なんとなく、以前ラウザーがお城の舞踏会に着て来た南国風の衣装と雰囲気が良く似ていました。

「ラキ様、こんにちは!」

 黒ドラちゃんが元気よくご挨拶します。みんなから注目されて、ラキ様はちょっと頬を染めながらも鷹揚にうなずきました。
「銅鑼子たち、よくぞ参った。ここは我の庭のようなもの。ゆっくりしていくが良い」
 そう言って、片手をスッと伸ばすと、オアシスから一筋水が湧きあがり辺りに霧のような雨を降らせます。
「うわ~、なんか気持ちいいね!これ!」
 黒ドラちゃんもドンちゃんもほんのり暖かな霧雨の中でおおはしゃぎです。ライザーが得意そうに尻尾をぶんぶん振っています。ブランと食いしん坊さんは、そんな様子を楽しそうに見つめていました。

 その時突然、辺りに聞いたことの無い声が響きました。
「たのもー!黒竜(こくりゅう)でございますー!こ、黒竜でございますー!」
 みんながびっくりして声の方に目をやると、砦の入り口の片方の門柱の上に黒い生き物が羽を広げて止まっていました。身体に対して、その羽はやけにゴツゴツして大きく感じます。
「わ、わしは黒竜でございますぞーっ!!」
 再び声がします。間違いなく、あの黒い生き物が叫んでいるのです。

「む」
 それまでご機嫌だったラキ様の目が、不機嫌そうに細められました。

 すっと門柱に向けて手を伸ばすと、黒い生き物がラキ様の方にすごい勢いで吸い寄せられてきました。ラキ様が、飛んできた生き物を無言でギュッと握りしめます。
「む、むぎゅう~っ」
 黒い生き物はラキ様に首根っこをつかまれて、手足をバタバタさせました。目も白黒させて……と言いたいところですが、黒い生き物の目は金色でした。あまり見たことの無い珍しい目の色に、黒ドラちゃんは黒竜ってすごいんだなあ、と感心していました。

「は、放さぬくぁ!わ、わしは……」
「本当におぬしが竜であれば、我の手など容易く振り払えるであろう?」
 ラキ様はそう言って更に手の力を強めたようです。黒竜と名乗った黒い生き物の手足から、だんだんと力が抜けて行きました。
「ちょ、ちょっと待って、ラキ様、黒竜が死んじゃうよ!」
 黒ドラちゃんがあわててラキ様を止めると、ドンちゃんもウルッとした目でラキ様に訴えかけます。
「ふむ、せっかく皆が砦を訪れた晴れの日を、怪しげな生き物の殺生で曇らすこともないか」
 ラキ様が手の力を緩めると、黒竜は力なくオアシスの中に落ちて行きました。
「おっと!」
 ラウザーがすかさずオアシスに飛び込んで、黒竜を水中から引き上げてくれました。オアシスの周りに敷かれた白砂の上に、黒竜の体が横たえられます。周りを黒ドラちゃん達が取り囲みました。

「ねえ、ブラン、黒竜って誰?」
 これまで聞いたことの無い竜の登場に、黒ドラちゃんが不思議そうにブランにたずねると、ブランが意外な答えを返してきました。
「いや、僕も初めて聞いたよ。そんな竜がいるなんて」
「えっ、そうなの?」
 黒ドラちゃんが驚いてブランを見ると、横からラウザーも聞いてきました。
「俺も初めて聞くよ。っていうか、これって本当に竜なのかな?」
 改めて黒竜のことを見た黒ドラちゃんの横で、ドンちゃんが悲鳴を上げました。
「きゃあ!ほ、骨が見えちゃってる!!」
 ドンちゃんの指さす場所を見ると、羽の一部が溶け落ちて、骨のようなものが覗いています。
「きゃ、うそっ!?」
 思わず黒ドラちゃんも悲鳴を上げました。黒竜の大きな羽は、一部から骨のようなものが見えていて痛そうです。
「ど、どどどどうしよう!?」
 黒ドラちゃんがあわてていると、ブランがそっと肩を押さえてきました。
「落ち着いて、黒ちゃん。まずは傷を良く見てみよう」
 そう言って、背中の羽をよく見るために黒竜の体をゆっくりとうつぶせにしようと傾けました。すると「ベリッ」と音がして、黒竜の体から羽が取れてしまったのです。

「ぎぃややややや~~~~~~っ!!!」

 耳をつんざくような黒ドラちゃんの悲鳴が辺りの空気を震わせます。建物の中から、耳を押さえてたくさんの兵士さんが飛び出してきました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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