デサンのひとりごと-中編

文字数 2,082文字

「おおっ!」

 居並ぶ廷臣から感嘆のどよめきが起こる。
「素晴らしい!」
「見事な描写だ」
 絵の出来を褒め称える言葉があちこちから聞こえてくる。
 しかし、肝心の古竜様とモッチ殿の反応は今一つだった。古竜様は絵を見上げて首をかしげていらっしゃる。腕の中では茶色いウサギが、その頭の上ではモッチ殿が、同じように斜めになっている。

「ぶぶいん?」
 お、何やらモッチ殿が茶色いウサギに羽音で話しかけたようだ。
「うーん、そうだよね?王様が草原に格好よく立ってるけど、あの作戦の時は居なかったよね?」
 腕の中のウサギがつぶやく。いや、肖像画というものは事実を描くだけではないのだ。まあ、今回は王のご希望というか願望というか、そういうものが絵の大部分を占めてはいるが。

「ねえ、ゲルード、なんで王様の絵なの?モッチとダンゴローさんの絵はどこにあるの?」
 古竜様も不思議そうにおっしゃった。
「ぶぶいーーーん!」
 モッチ殿も不満そうだ。ゲルード様があわてて説明する。
「古竜様、モッチ殿、よくご覧ください、王の掌を!」
「手のひら?」
「ぶいん?」
 草原に雄々しく立つ王は、片手を腰に、片手を前に高く上げている。その掌には、色とりどりの花びらと……
「ぶいん!!」
 そう、そこです!モッチ殿。よーく見てください。
 王の掌には、美しい花びらがあふれ、そこに可愛らしいモッチ殿とダンゴロムシ妖精が描かれている。さっきまで不満そうに羽を鳴らしていたモッチ殿だったが、ダンゴロムシ妖精の描かれている部分に近づくと羽音が変わった。
「ぶぶ!?ぶぶい~~~ん!」
 そのまま絵の中のダンゴロムシ妖精をじっくり見つめているらしい。その部分の前から動こうとしない。ついには絵にとまってその部分を撫で始めた。

「あ、モッチ!触っちゃだめだよ!」
 古竜様があわてて止めようとされたが、モッチ殿の止まっている場所には手が届かない。
「かまわぬよ、なあ?」
 王がこちらを向いてお尋ねになられたので、大きくうなずいた。私としても、モッチ殿の審美眼にかなうかどうかは一番気になるところだ。もちろん、絵は乾いているので絵の具が取れるような心配は無かった。
 ダンゴロムシ妖精の丸みを帯びた黒い体は太陽の光を浴び、背中は美しく輝いている。モッチ殿はなかなかその場から動こうとしなかった。

「あの、何かお気に障る部分がございましたかな?」
 焦れた私が思わず声を掛けてしまうと、ゲルード様がすかさず紹介してくださった。
「あー、こちらはこの絵を描いた宮廷画家のデサン殿です。モッチ殿、何かございましたかな?」
 するとモッチ殿がクルッと向きを変え、絵から私の方へと飛んできた。顔の前まで来て羽音を鳴らす。
「ぶぶ?ぶぶい~~~ん?」
「ええ、その者が描いたのです。非常に優れた画家ですよ」
「ぶ、ぶぶん?」
「そうです、スズロ王子とカモミラ王女の肖像画もこの者が手がけました」
 なにやらゲルード様はモッチ殿と話が出来るらしい。羨ましすぎる!しかし、モッチ殿はあの絵にご不満なのだろうか、とても不安だ。

「ぶぶい~~~ん」
 しばらくぐるぐると私の周囲を回っていたが、再び顔の前にモッチ殿が現れた。
「ぶいん!」
 手に何か丸い玉を持っている。とても甘い優しい香りだ。

「おお!はちみつ玉をデサン殿に!?」
 ゲルード様の言葉を聞いて驚いた。噂には聞いていたが、これがはちみつ玉!魔力の塊であるとか、古の森の宝物とか呼ばれ、非常に希少価値の高いものだとか。

「これを、私に?」
「ぶぶい~ん♪」
 モッチ殿が、さあさあ遠慮しないで!とばかりにはちみつ玉をこちらに差し出してくる。
「ダンゴローさんを綺麗に描いてくれたから、お礼だって!ぜひどうぞ、って」
 古竜様が通訳してくださった。
「あ、ありがとうございます」
 震える手ではちみつ玉を受け取った。モッチ殿が私の描いた絵を、ダンゴロムシの背中の輝きを、認めてくださったのだ!

「やはりデサンに頼んで良かった」
 王からもお褒めの言葉をいただき、やり遂げたという達成感と認められたという幸福感で胸がいっぱいになった。
 絵は謁見の間にしばらく飾られ、その後は城の入り口に近い広間に飾られることになった。誇らしい気持ちで、自分の絵を眺める。

 そう、口にするのは憚(はばか)られるが、王のお姿を描く以上に今回力を入れたのは、モッチ殿の描写とダンゴロムシ妖精の背中の輝きだった。モッチ殿の描写については、完成後にゲルード様に確認していただいてお墨付きを頂いた。しかし、ダンゴロムシ妖精の背中の輝きについては、どれだけのレベルで描けばモッチ殿を満足させられるか、ゲルード様でも想像がつかないと言われたのだ。ああ、良い仕事をした。今夜は久々にぐっすりと眠れそうだ。




 大作を完成させ、少しの間のんびりしようかと考えていた矢先、スズロ王子に呼び出された。ちょっとした頼みごとがあるとのお話だったので、ひょっとしてペンダント用にカモミラ王女の肖像画を描くのだろうか?と予想してお伺いした。

 しかし、お部屋で待つ王子の肩には、何やら見慣れないものが乗っていた。




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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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