第73話-いち、にの、さんっ!

文字数 1,885文字

 小屋の中に入ると、カモミラ王女はまだドンちゃんが無事だということを知りホッと息をつきました。
「その子はノラウサギではありません」
 王女が言いました。みんなが目を丸くします、ドンちゃんもビックリしました。
「それは、ノラウサギそっくりの、モドキノウサギと言う種類のウサギで、ただの私のペットです。魔力はありません」
「う、嘘つけ!喋ったぞ!こいつ」
 おじさんがドンちゃんを三人の前に突き付けるようにぶらぶらと揺らします。
「そう、少しなら言葉を真似るのです。けれど、教えた真似言葉しか喋れませんよ」
 王女は静かに話します。

 おじさんは、ドンちゃんをちらちら見ながら、王女の言葉を聞いて迷いが出てきたようです。しかし「偽物なら、毛皮だけにするか」おじさんが嫌な笑い方をしました。それを聞いて、ドンちゃんは、本当に動くことも声を出すことも出来なくなりました。王女も焦ったのは同じだったようですが、ぐっと体に力を込めると、おじさんに向かって言いました。
「ダメです!どうしてもその子は渡せないわ。代わりに私を連れて行きなさい」
「な、お姫さま、ダメです!そのようなこと」
 驚いたドーテさんがすぐに反対しました。
「そうだよ!ダメだよ!」
 黒ドラちゃんも反対します。すると、おじさんが割り込んできました。
「おいおいおい、俺はそんな嵩張るモノ持ち運べないぜ!」
「まあ!姫様のことをモノ扱いとは!」
 ドーテさんが声を荒げましたが、おじさんの言葉が続きます。
「そうだなあ、あんたノーランドのお姫様なんだろ?なら、その髪を切って寄こしな」
 カモミラ王女が驚いて目を見張りました。
「その長い髪にはよお、たいそうな魔力があるって言う話じゃねえか。それとなら、このノラウサギを交換してやっても良いぜ」

 ドーテさんも黒ドラちゃんも反対しました。
「あんな奴の言うこと聞いてはなりません!ドンちゃんのことを本当に無事に返してくれるかどうかわかりませんよ!」
「そうだよ、すごく悪い顔してるもん!約束守るかあやしいよ!」
「へー、良いのかよ、このチビウサギを取り戻せるチャンスだって言うのによー。ほらほら」
 おじさんがドンちゃんのお耳を掴んで、ぶらぶらと揺らして見せました。ドンちゃんは、ギュッと目を閉じて縮こまっています。

「……わかりました。交換しましょう」
 カモミラ王女は迷いませんでした。カモミラ王女は髪を止めていたリボンと飾りを外しました。王女の、ほのかに金色に輝く茶色の髪は、三つ編みになって腰まで届いています。懐から守り刀となる小さな銀色のナイフを取り出すと、カモミラ王女は、首の高さでザックリと三つ編みを切りました。
「姫さま!」
「カモミラ王女!」
 ドーテさんと黒ドラちゃんの悲鳴の様な声が響きましたが、カモミラ王女は落ち着いていました。
「さあ、交換してちょうだい」
「おう。じゃあ、俺がウサギをそっちへ放るから、あんたは髪をこっちに放りな」
 おじさんが、ドンちゃんの耳を掴んでまたぶらぶらと揺らします。

「いち にの さん!よ。いいわね?」
「ああ、良いぜ。……いち、にの、さんっ!」
 おじさんがドンちゃんのお耳を掴んで大きく放る動きを見せました。カモミラ王女も、髪をおじさんの方へ投げました。
「よっしゃあ!」
 おじさんは片手で三つ編みをつかみ取りました。けれど、もう片方の手はドンちゃんのお耳を持ったままです。
「えっ!」
 王女が驚いて声をあげると、おじさんは笑いながら「両方とも頂いて行くぜ!へへ!」と小馬鹿にしたように笑いながら小屋を出ようとしました。しかし、次の瞬間「戒めよ!」王女の声が鋭く響くと、おじさんの腕に三つ編みが巻きつき、すごい強さで締め付けました。
「ってえ!痛え!痛え!!」
 突然の痛みに驚いたおじさんは、ドンちゃんを手放してしまいました。
「ドンちゃん!」
「黒ドラちゃん!」
 すぐに黒ドラちゃんがドンちゃんを抱き締めます。おじさんが痛みにうずくまった時、バキーンッ!と大きな音とともに小屋の扉が外から蹴破られました。外には、血相を変えたブラン、スズロ王子、ゲルードを初めとする兵士さんたちが詰めかけています。足元では、灰色のモフモフした食いしん坊さんがウロウロしながら「ドンちゃんは無事かーーーー!」と叫んでいました。すぐに、兵士さんたちによって、おじさんが取り押さえられ、引きずられて小屋を出て行きました。

 小屋の出口には、ただの髪に戻った三つ編みが、揉みくちゃにされて落ちていました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み