第215話-オアシスへ行こう!

文字数 2,329文字

 虹と潤いの国、フラック王国には大小さまざまな池があります。大きなハスの葉が浮かぶ池のほとりで、ルカ王子は椅子に腰かけ優雅にお茶を楽しんでいました。
 黒目がちな艶やかな瞳、カップを持つほっそりとした指。その若くしなやかな体は、フリルの付いた上品そうな上着で包まれています。ゆったりと組まれた足も含めて、全身から『これぞ王子様!』と言わんばかりの優美さが醸し出されていました。
 王子はゆっくりとカップをテーブルに置くと「ほうっ」と物憂げにため息をつきました。黒目がちな瞳が伏せられて、空に浮かぶ小さな雲がテーブルの上に影を落としながらゆっくりと流れていきました。




 ********




 まだ朝も早く、小鳥さんの歌声がようやく聞こえ始めてきた頃のことです。古の森の湖のそばの大きな木の洞の中で、黒ドラちゃんは丸くなっていました。まだ半分夢の中のようなホワホワ~ンとした時間を楽しんでいると、洞の外から元気な声がかけられました。
「黒ドラちゃん!おはようっ!」
 パチッと目を覚まして洞の入り口を見ると、可愛らしい小さなシルエットが立っています。
「ドンちゃん、おはよう、早いねぇ」
 黒ドラちゃんがあくび混じりに答えると、ノラプチウサギのドンちゃんがピョンピョンと洞の中に入ってきました。
「黒ドラちゃん、朝早くからごめんね」
「ううん。大丈夫だよ、それより何かあったの?」
 いつもドンちゃんと遊ぶのはもう少しお日様が高くなってからです。こんなに朝早く起こしに来たってことは、きっと何か急ぎの用事があるんでしょう。

「あのね、食いしん坊さんが一緒に南の砦にお出かけしないか?って」
「南の砦に?でも、勝手にお出かけして大丈夫かな?ブランに聞かないと……」
「大丈夫だよ、カモミラ王女がスズロ王子と南の砦に視察に行くんだって。だからゲルードもブランも一緒なんだよ」
「そうなの!?じゃあ、きっとあたしも行っても大丈夫だよね?」
「うん!」
 ドンちゃんが嬉しそうに若草色のエプロンをふりふりしながらうなずきます。
「食いしん坊さんにね、前にロータのことで南の砦に行った話をしたの。そうしたら『せっかく南の砦に行ったのに、オアシスを見ることもしていないなんて残念だね』って言ってくれて」
「うんうん!」
「ちょうどカモミラ王女に付き添って南の砦に視察に出かける機会があるから、一緒に行こうって!」
「うんうん!行く行く!」
 黒ドラちゃんは、すっかり目が覚めました。
 南の砦には、ドンちゃんと一緒に二回行ったことがあります。一度目は、ラウザーのゆらぎに巻き込まれて迷い込んだ、コーコーセーのロータを帰すために。二度目は、ナゴーンからやってきたラマディーのお姉さんの無実を晴らすために、南の砦を経由して海を渡りました。どちらの時にもほとんど南の砦をゆっくり見ることもなく、オアシスについてはラウザーからお話を聞いただけです。

「それで、いつ行くの?今日これから?」
 黒ドラちゃんがワクワクしてたずねると、ドンちゃんがエプロンから手を放して答えました。
「ううん、出かけるのは明後日だって」
「そっかあ」
 黒ドラちゃんは、ちょっとがっかりしました。気分はすっかり綺麗なオアシスに向かっていたからです。

「それまでに、ラキ様やラウザーへのお土産にする木の実を探しておこうよ!」
 ドンちゃんに言われて、黒ドラちゃんも目をキランッとさせました。
「そうだね!お土産必要だよね。よ~し、甘々の実、見つけるぞー!」
 黒ドラちゃんが力強く宣言すると、足元でドンちゃんも「おおーーーっ!」と答えました。

 さあ、さっそく森の中で木の実探しです。黒ドラちゃんはドンちゃんを背中に乗せると、甘い木の実が多く生っている木がある場所へと張り切って飛んでいきました。森の中で、二匹はたくさんの木の実を集めて、南の砦へのお出かけに備えました。




 砦に出かける日の朝がやってきました。
 黒ドラちゃんはドンちゃんから貰ったポシェットに、甘々の実をいっぱい詰め込んでいました。手には古の森で咲いているお花で作った花束を持っています。そこへクローバーのペンダントをしたドンちゃんがやってきました。食いしん坊さんは、カモミラ王女に付き添うために、一足早くお城へと出かけて行ったそうです。ドンちゃんを背中に乗せて、黒ドラちゃんは森の入り口に飛んでいきました。待ち合わせ場所は、いつもゲルードが魔馬車を用意してくれる森の外れでした。
 黒ドラちゃん達が着いた時、ちょうど魔馬車が三台、森の直ぐ近くに現れました。ワクワクしながら待っていると、ゆっくりと進んできて黒ドラちゃん達の前で止まります。扉が開くと、まずゲルードが降りてきました。
「ゲルード、おはよう!」
 黒ドラちゃんが元気よくご挨拶すると、ゲルードはキラッとした微笑みを返してきましたが、そのまま馬車から離れようとしません。あれれ?と黒ドラちゃんが不思議に思って見つめていると、馬車からスズロ王子が降りてきました。二台目の馬車からはカモミラ王女とドーテさんが、三台目の馬車からはブランと食いしん坊さんも降りてきました。

「黒ドラちゃん、久しぶりだね」
 スズロ王子がキラキラしい笑顔でご挨拶してくれます。後ろで待機しているブランの方から、ちょっと粉雪が舞い始めましたが黒ドラちゃんは気づいていません。王子の隣でカモミラ王女もホワンとした笑顔を向けてくれていましたが、ふと何かを探すようにキョロキョロし始めました。
「今日はモッチはいないのね?」
 カモミラ王女にたずねられて、黒ドラちゃんが答えようとした時です。

「ぶっぶい~~~んっ!!」

 黒ドラちゃんの持つ花束から、クマン魔蜂のモッチが元気よく飛び出してきました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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