第50話-フジュの花

文字数 2,221文字

 砦まで戻ったクマン魔蜂さんは止まらずにまだ進みます。
「どこまで行くのーっ?」
 黒ドラちゃんがクマン魔蜂さんに聞いても、なんだか夢中で飛んでいるようで答えてくれません。
 まもなく、良い香りがしてきました。甘い甘い花の香りのようです。どうやらクマン魔蜂さんはこの香りに誘われて飛んできたようです。
「フジュの花です!今が季節なのです!」
 下からゲルードが大きな声で教えてくれました。

 それは不思議な光景でした。砂漠のなかに、小さな森が見えてきました。
「オアシス?」
 黒ドラちゃんがつぶやくと、ラウザーが「いや、あれは木が一本あるだけなんだ」と言いました。小さな森だと思って降りてみると、そこには確かに木は一本しかありません。けれど、大きく枝を広げてまるで森のように見えていました。フジュの花はブドウのように垂れ下がる紫色の不思議な花でした。とても甘い匂いがしていて、クマン魔蜂さんは夢中で蜜を集めています。何度も声をかけましたが、ぶんぶん言うばかりでフジュの花から離れようとしません。
「どうしよう?これじゃあ海に行けないね?」
 黒ドラちゃんは困ってしまいました。
「じゃあ、あたしとゲルードはここでクマン魔蜂さんが蜜を集め終わるまで待ってるね」
 突然ドンちゃんが言いました。
「えっ!」
と黒ドラちゃんとゲルードが同時に言いました。
「ドンちゃん、海に行かないの!?」
「私がここで野ウサギと蜂の番ですか?」
 黒ドラちゃんもゲルードも、どちらも不満そうです。でもドンちゃんは言いました。
「あたしだけじゃクマン魔蜂さんを連れて砂漠を移動できないし、ゲルードがいれば大丈夫でしょ?」
「まあ、確かにそうですが……」
「それに、あたしどうせ海には入らないつもりだったから、後から行って海が見られるだけで十分楽しいと思う」
「そ、そうなの?良いの、ドンちゃん……」
 黒ドラちゃんが言うと「そうだね、じゃあそうしようか!」とブランがきっぱり言いました。ラウザーはどうなるのかと尻尾をニギニギしていましたが、はっとしたようにブランのことを見ました。
「じゃあ、ゲルード、ドンちゃん達のこと頼んだよ。必ず後からきてくれよ」
 ブランに言われて、ゲルードは「もちろんでございます。おまかせください!」と言いました。
 ブランとラウザー、黒ドラちゃんは再び海に向かって飛び始めました。
「あーあ、ドンちゃんと一緒だと思ったのになあ」
 黒ドラちゃんが空の上でため息をつくとブランが横に来て言いました。
「ドンちゃんは僕たちに時間をくれたんだよ」
「えっ?」
 黒ドラちゃんはキョトンとしました。
「やっぱりそうなんだ」
 ラウザーが反対側でつぶやきます。
「ドンちゃんは、蜜集めを理由にして、ゲルードをフジュの木のところに足止めしてくれたのさ」
 ようやく黒ドラちゃんにも、ブランの言っていることがわかってきました。ロータに黒ドラちゃん達だけで会うための時間を、ドンちゃんは作ってくれたのです。

「ドンちゃん……」

 黒ドラちゃんはうるっときましたが、横でラウザーが「うぉおおおーん」と泣きだしたので思わず涙が引っこんでしまいました。
 しばらく飛んで行くと、砂漠の上の端が青くにじんで見えてきました。
「あれっ?」
黒ドラちゃんは見間違いかと思いましたが、近づくにつれて青い部分はどんどん広がってきます。やがて、目の前に大きな海が広がっていました。思わず海に飛び込んで泳ぎたくなりましたが、ラウザーに「こっちこっち!」と言われ、ロータという人間のことを思い出しました。

 ついていくと、砂で丸く家のようなものが作られています。でも、目印があるわけではないので、上から見ても全然わかりませんでした。
「ロータ、ロータ、俺だよ、ラウザーだよ!帰って来たよ!」
 ラウザーがそう声をかけると、丸い砂の中から黒い頭がゆっくりと現れました。
「ラウザー。そ、そっちの白と黒の竜は!?」
 ロータという人間は、突然現れた竜三匹におびえまくっています。
「あ、悪いけどみんな一度人間の姿に変身してくれる?」
 そういうとラウザーは人間の姿になりました。黒ドラちゃんも「ふんぬっ!」と掛け声をかけて人の姿になりました。
その姿を見て、ロータがビックリしています。
「超可愛い!なにこれ、マジ可愛い!」
ふらふらと砂の家から出てきましたが、その前に人間の姿のブランが立ちはだかりました。

「黒ちゃんに近寄るな!」

 ロータは一瞬びっくりしたあと、むっとして「出たな、リア竜め!」とつぶやきました。
「あ、りありゅうって何?」
 ブランの後ろから顔を出して、黒ドラちゃんがロータにたずねます。
「なんかさ、ロータのいた世界にはリア獣っていうこわい魔獣がいるんだって」
「へー。凶暴なの?」
「いや、大人しいが、残酷な奴だ。必ず番いで現れて、孤独な魂を傷つけて行くんだ!」
 ロータがブランを睨みながら言いました。
「つがいの魔獣なの?」
「そうさ。必ず番いで、仲のよさそうな様子を周りに見せつけるひどいやつらさ」
「ひどい……すごくあばれるの?」
「いや、特に暴れたりは……」
「でも、ざんこくでひどいの?」
「う、うん」
「でも、なんでブランが『りありゅう』って呼ばれちゃうの?」

 ラウザーとロータは同時にピキーンと固まりました。


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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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