第236話-見送りの歌

文字数 1,884文字

 ミラジさんの望みが叶ったというのに、黒ドラちゃんの心は何とも言えない淋しい気持ちでいっぱいでした。花びらの積もった砂山を前に涙ぐんでいると、砂がもぞもぞと動いて中から小さな虹色のトカゲが現れました。

「砂漠の宝石だ!」
 虹色の柔らかボディのトカゲは、金色の丸い目をきょろきょろをさせると「ク~!」と一声鳴きました。
「おお」
 ルカ王がそっと手を差し伸べると、するすると迷わず腕にのぼってきます。そのまま、当たり前のようにルカ王の肩に落ち着きました。

「ミラジ、ミラジか?」
 けれど、ルカ王の問いかけに茶砂トカゲの赤ちゃんは首をかしげるだけで答えません。戸惑うルカ王に、ドンちゃんが話しかけました。
「あの、ノーランドにはこんな言葉があるんです。『季節は巡る。終わらないもの、変わらないものなど何もない。それが悲しい出来事であろうと、嬉しい出来事であろうと。季節は巡る』って」

 その言葉を聞いて、ルカ王は再び茶砂トカゲの赤ちゃんを見つめました。柔らかな虹色の体に瞳は金色、王様の肩で「ク~ッ!」と元気よく鳴き声を上げています。その姿は、出会った頃のミラジさんそっくりです。でも、ルカ王と長い月日を一緒に過ごしたミラジさんは、茶砂トカゲとしての生を全うし砂に帰っていきました。
 ルカ王は、そっと虹色の小さな体を撫でました。
「お前はクーンと呼ぼう。ケロールの言葉で『未来』という意味だ。気に入ってくれるかな?」
 茶砂トカゲの赤ちゃんは、金色の目をくるくるっと動かしてから、嬉しそうに「ク~!」と鳴きました。どうやら気に入ってくれたようです。

 ルカ王が再び喜びの歌を歌い始めました。ケロールたちがそれに続きます。

 空では虹がゆっくりと消えていくところでした。まるで入れ替わるように一番星が輝き始めています。

 黒ドラちゃんは竜の姿に戻ると、花冠にモッチを入れてリュングを背中に乗せ、ドンちゃんと食いしん坊さんの乗った籠を首から下げました。ラウザーもラキ様を乗せています。大池とその周りの池では、今夜は夜通し歌が歌われるようです。ラキ様の残してきたカミナリ玉が、きらきらと水辺を縁取り、ケロールたちの喜びを表すように輝いています。大池の蓮の葉の上では、ルカ王がひときわ大きな声で見送りの歌を歌ってくれています。その周りでは、カエル妖精の子供たちとクーンが追いかけっこをして、水面に波紋を広げています。

 黒ドラちゃんが飛び立つと、ラウザーも後からついてきました。見送りの合唱がいっそう大きくなりました。
「ありがとう、ケロールさんたち、ありがとう、ルカ王、クーちゃんをよろしくね!」
 黒ドラちゃんが大きく羽ばたきます。
「さようなら、ルカ王、ケロールさんたち、いつかノーランドや古の森にも遊びに来てね!」
 ドンちゃんが籠から手を振ります。
「南の砦にも来てくれよ!」
 ラウザーが尻尾を大きく振ります。
「オアシスにも顔を見せよ」
 ラキ様が手を振ると、辺りに暖かい雨が降り注ぎました。
 暖かな雨の降る星空の下、ケロールたちの歌声はいつまでも黒ドラちゃんたちを見送ってくれました。


 暗くなった空を飛ぶ黒ドラちゃんの先に、明るい光が見えてきました。ブランが光の魔石をたくさん輝かせてくれているのです。いくつかのテントがあり、ゲルードと鎧の兵士さんも見えます。黒ドラちゃんたちを送った場所でずっと待ってくれていたようです。

「ブラン、ゲルード!」
 黒ドラちゃんは嬉しくてどんどんスピードを上げました。テントのすぐそばに花籠をそっと下ろします。背中のリュングが、ポンと飛び降ります。身軽になると、黒ドラちゃんはすぐにブランに飛びつきました。
「ただいま!ありがとう、ブラン!ブランが空の魔石を持たせてくれたから。だから、ありがとう!」
「おかえり、黒ちゃん。がんばったね。なにより、無事に帰ってきてくれてありがとう」
 ブランが湖と同じ碧い目で見つめてくれます。黒ドラちゃんはブランにもう一度ギュッと抱き着きました。自分が『クロ様』と呼ばれていた時にも、ブランと会っていたかもしれません。ブランにはその時の思い出もあるみたいです。でも、ブランはいつも黒ドラちゃんのことを黒ドラちゃんとして見てくれます。今回も、黒ドラちゃんのことを信じて待っていてくれました。

「黒ちゃん?」
「ブラン、あたし、今のブランが大好きだよ。今ギュッとできて良かった」
 黒ドラちゃんが素直に言葉にすると、ブランが目を潤ませました。そして、ギュッと抱きしめてきます。

 暗い草原の中で、白と黒の鱗が、魔石の光をきらきらと反射させて輝いていました。









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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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