第72話-ドンちゃんを救え!

文字数 2,079文字

 屋敷を飛び出したドンちゃんは、涙でにじむ視界を振り切るように、右に左にめちゃくちゃに走りました。そのうち、街並みがあまりきれいな様子ではなく、屋敷からずいぶん離れてしまったことに気づきました。戻らなくちゃ、そう思って近くにいたおじさんに声をかけてみました。服はちょっと汚いし、目つきもちょっと怖いけど、他に人は見当たりません。大丈夫かな、と思いながらドンちゃんが話しかけると、おじさんは初めビックリしましたが「ゲルードのお屋敷に戻りたい」というと、ものすごく嬉しそうにうなずきました。そして、良かった、これで戻れる!と安心したドンちゃんを、おじさんがいきなり布の袋に詰め込んだのです。
「俺にも運が回ってきたぜ!こんなところでノラウサギを捕まえるなんてよ!」
 嬉しそうなおじさんの声を聞きながら、ドンちゃんは怖くてガタガタと震えました。



“ドンちゃんはお屋敷の外に出てしまったらしい”
 グィンから話を聞いて、黒ドラちゃんは急いでカモミラ王女に知らせました。ドーテさんにも声をかけて、三人とグィンで一緒に馬車に乗り込みました。グィンに探してもらいながら馬車でドンちゃんの後を追い始めましたが、馬車はどんどん下町へ向かいます。やがて、下町でもあまり治安が良くない地域へと馬車は進んで行きました。

「これは、思ったよりまずい状況かもしれませんね」
 グィンが言います。
「ノーランド魔うさぎだということがばれたのかしら」
 王女も心配そうに言いました。
「ばれたらどうなるの?」
 黒ドラちゃんがたずねましたが、誰も答えません。
 黒ドラちゃんは不安で胸がドキドキしてきました。

 グィンの案内で、やがて馬車は街外れにある一軒の古びた小屋にたどり着きました。
「この中にドンちゃんが居るの?」
 黒ドラちゃんがたずねると、グィンがうなずいてくれます。
 すぐにでも飛び出していこうとする黒ドラちゃんを、カモミラ王女とドーテさんが止めました。
「ドンちゃんだけでここまで来るとはとても思えないわ。誰かにむりやり連れてこられたのかも」
 王女の言葉を聞いて、黒ドラちゃんの胸がさっきよりも、もっとドキドキしてきました。
「グィン、あなたは屋敷に戻ってゲルードと輝竜様に知らせて」
 王女は静かにグィンに言いました。
「ひょっとしたら輝竜様はもうこちらに向かっているかもしれないから、空にも気を配ってね」
「わかりました」
 食いしん坊さんはすぐに飛び出して行きました。

 馬車を少し離れたところに停めると、王女とドーテさん、黒ドラちゃんはさっきの小屋の前に戻りました。
 静かに近寄って中の様子をうかがいます。
 中からは口笛が聞こえてきました。
 やがて、口笛が途切れると、おじさんっぽい声が聞こえてきました。
「なあ、もう一度喋って見せろよ。お前、ノーランド魔うさぎなんだろ!?」
 ガタン!と何かを倒したような音がします。
 外の三人はビクンッとしました。
「へっ、今更だんまりを決め込んだって、あの魔術師の家に戻ろうとしていたってことは、魔ウサギにまず間違いねえだろ?へへへ」
 ドンちゃんは、やはりノラウサギだから捕まってしまったようです。

「どうすっかな、毛皮だけにして運ぶか。でも生きたままの方が断然高値だって聞いたことがあるしな」
 おじさんの独り言が続きます。
 どうやら小屋の中には一人だけのようですが、喋っている内容から考えるとボヤボヤしてはいられないようです。
 王女様はしばらく考え込んでいましたが、やがて意を決したように扉の前に立ちました。
 ドーテさんもすぐ横に並び、いつでも王女の前に出られるように構えています。
 黒ドラちゃんも、二人のすぐ後ろに立ちました。

 トントン!
 小屋の扉が叩かれて、おじさんがビクッとするのをドンちゃんは見ていました。
 袋の中からは出されましたが、手足をひもで括られて動けません。
「誰だ!」
 おじさんがドンちゃんの方へ手を伸ばし、耳をまとめて掴みます。
 痛いけれど声は出しませんでした。

「ノーランドの第三王女、カモミラです。開けてください。ここには私と侍女の三人だけです」

 カモミラ王女です!侍女と三人って、ドーテさんと黒ドラちゃんのことでしょうか!?
 黒ドラちゃん!と叫びたくなるのを、ドンちゃんはグッと我慢しました。

「ちっ」
 おじさんが舌打ちしました。
「本当に三人だけか!?嘘だったら、このノラウサギの命は無えぞ!」
 おじさんの手に力がこもります。
「本当です。ここを開けてください」
 カモミラ王女の声は静かですが、目には見えない力を感じさせました。
「よ、よし、なら入ってこい。鍵は閉めてねえよ」
 おじさんが答えました。
 扉が静かに開けられて三人の姿が見えました。
 カモミラ王女、続いてドーテさん、後ろには黒ドラちゃんが立っています。
 ドンちゃんは叫びたくなるのを一生懸命こらえました。

「よ、よし、三人とも部屋の奥に行け。変な動きや魔術なんて使いやがったら、このノラウサギがどうなるか、わかってるな!?」
 いつの間にか、おじさんのもう片方の手には、ナイフが握られていました。








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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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