第175話-普段着と王子様

文字数 1,747文字

 グラシーナさんがコポル工房を訪れてから10日ほど経った日のことです。黒ドラちゃんがドンちゃんを背中に乗せて森のお散歩をしていると、ガチャガチャという音が聞こえてきました。

「ひょっとして、ゲルードが来たんじゃない!?」
 黒ドラちゃんはあわてて森の外れに向かいました。案の定、魔馬車が止まっています。中からゲルードが降りてきました。

「ゲルード、いらっしゃい!」
「これはこれは古竜様、ご機嫌麗しゅう。毎度のお出迎え恐縮です」
 いつものようにゲルードが片膝をついてお辞儀をしていると、森の奥から大きな羽音が聞こえてきました。

「あれは、モッチ殿ですかな?」
「うん、多分そうだと思……」
 黒ドラちゃんの言葉が終わらないうちに、森の奥からすごいスピードでモッチが飛び出してきました。
「ぶいん!」
 ゲルードの前で急停止すると、くるくると回り始めました。
「はいはい、モッチ殿落ち着いてください」
「ぶいん?ぶいん?」
「ええ、お待ちかねのアズール王子がテルーコの店をご訪問される日が決まりました」
「ゲルード、それを伝えに来てくれたの?」
「ええ、先日モッチ殿とはお約束したものですから」
「へ~、人って変わるもんだねぇ」
 黒ドラちゃんとドンちゃんは顔を見合わせました。

「……ゴホンッ、何か?」
 ゲルードがわざとらしく咳払いしています。
「ううん。良かったね、モッチ」
「ぶいん!」
 モッチは嬉しそうにクルクルと回っています。


 アズール王子がテルーコさんの店を訪れるのは、明後日ということでした。ゲルードの話では、はちみつ玉のおかげか、アズール王子はすっかり元気になったそうです。そして、キーちゃんから色々と話を聞いたらしく、黒ドラちゃんやドンちゃんに会いたいということでした。
「え、あたしたち?どうして?」
 黒ドラちゃんとドンちゃんが顔を見合わせてコテンと首をかしげました。

「キーちゃんを初めに助けて下さったことのお礼を言いたいと」
「へ~、アズール王子ってキーちゃんの言うこと全部わかるんだね、さすがエステンの王子様!」
「で、ブラン殿にも連絡いたしました」
「ブランにも?ブランにもお礼をするの?」
「まあ、そんな感じです。連絡しないわけにはいかないですから」
「?」
 何だかゲルードの顔色が悪くなっていますが、黒ドラちゃんたちはそれどころではありません。
「王子様に会うんだったら、お洒落していかなくちゃ!」
「この前の舞踏会で着たドレス、もう一回着る?」
「髪飾りも着けて行った方が良いかな?」
 すっかりお出かけの準備で頭がいっぱいのようです。

「いえ、申し訳ありませんが、あくまで普段着で」
「ええーーーーっ!!!」
「あくまで非公式な面会です。あくまで秘密裏に、目立たぬように」
「そっかあ」
 黒ドラちゃんの尻尾も、ドンちゃんのお耳も垂れ下がってしまいました。

「それに、まだ王子が国を抜け出した理由もはっきりしておりませんし」
「あ、そう言えばそうだね」
「ごく内々で会って、話を聞いた方が良いだろう、と我が王とロド王のご判断です」
「あ、王様同士はもう知ってるの?」
「もちろんです。逐一ご報告しております」

「じゃあ、あくまでヒコーシキでヒミツリで、ナイナイなお話だね?」
「ええ。ひっそりこっそりです」

 そういうわけならば、と黒ドラちゃんもドンちゃんもお洒落は諦めました。でも王子様に会えると聞いてモッチだけはぶんぶん元気です。明後日の朝に、森の外れまで魔馬車が迎えに来てくれることになりました。
 ゲルードを見送ってちょっとしてから、森にブランがやってきました。なんだかちょっと怖い顔つきです。何かあったんでしょうか?

「聞いたよ、黒ちゃん、アズール王子とテルーコの店で会うって」
「うん!ブランも一緒でしょ?」
「もちろんだよ!」
「良かった。ブランが一緒なら安心だね」
 黒ドラちゃんが嬉しそうにニコッと笑うと、ブランが一瞬言葉に詰まりました。
「……うん。そうだね」
 おや、ブランの鱗がほんのり染まって、もう怖い感じはしません。

 やっぱりブランが居てくれると安心だな、と黒ドラちゃんはしみじみ感じました。
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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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