第180話-モノつくり親子

文字数 2,210文字

 アズール王子は、まずバルデーシュの技術留学からの帰還を報告しました。勝手に城を飛び出したことは公然の秘密でしたが、そこには触れません。

「うむ」
 王も当たり前のように王子の報告を聞いています。
 コポル工房で見たことや、テルーコさんのところで見せてもらったグラシーナさんの作品の話など、王子は表向きの報告を一通り済ませました。報告を終え、頭を下げてロド王からの言葉を待っていると「ゴホン!」という咳ばらいが聞こえました。それが合図だったようで、周りにいた家臣がみな下がっていきます。

 部屋にはロド王とアズール王子だけになりました。

「顔、見せろい」
 ロド王が言葉をかけます。ドワーフの言葉は、短いうえに訛りがあり、傍から見ればひどく乱暴に聞こえます。なので、以前はロド王に話しかけられるたびに、ビクッとしていました。
 王子は顔を上げると、まっすぐにロド王を見つめます。
「ふん!」
 髭もじゃのロド王は、いつものように鼻を鳴らしました。どっしりと座っているように見えて、手がせわしなく組んだり開いたりしています。

「おめえ、どしたんだ?」
 その、ごく短い言葉の中にたくさんの想いが込められていることが、今ならアズール王子にもわかります。

「突然国を飛び出して、ご迷惑、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした」
 まずは謝りました。

「んで、どしたんだ?」

 ここは二人きり。どんなことでも正直に話せます。王子は、テルーコさんの店でみんなに話したように、ゆっくりと自分の気持ちを話しました。

 幼い頃から、自分はドワーフらしくないと感じて辛かったこと。王から後継者に指名されてとても嬉しかった半面、ひどく不安になったこと。コポル工房で働くうちに、自分の中のドワーフとしての力を感じるようになったこと。戻りたいと思ったが、会わせる顔が無いと悩んだこと。バルデーシュで出会った人たちに励まされて、ここに戻る事が出来たこと。
 短気でせっかちな王には珍しく、途中で口をはさむこともなくアズール王子の話を聞いてくれました。王子の話が終わると、ロド王は立ち上がりアズール王子のそばにやってきました。

「おう、アズール」

 王子は、叱責の言葉……いえ、ひょっとしたら殴られるかもしれないと覚悟して、体中にグッと力を込め王を見つめました。

「おめえ、ちょっと見ねえうちに、いっちょめえの面になったじゃねえか!」
 そう言ってロド王が嬉しそうに笑いました。

 全身から力が抜けていきます。代わりに、何か熱いものがこみあげてくるのを、アズール王子は感じました。
 ――気が付けば、王にすがりついて泣いていました。こんな風に、素直に自分の感情をさらけ出したのはどれくらいぶりでしょうか。

 なんだ?おめえ、そんなデカい図体して泣くない
 そんなに怖がることねんべ
 あのな、おめえが王になるとしても、それはまだまだずーっと先だい
 おめえもその頃にゃあ良い歳したオヤジだど?
 今のひょろっこいおめえじゃねんだ
 たっくさんの経験を積んで、今のおめえとは別者だい
 だからそんなに不安がるもんじゃねえよ
 おめえにもきっと王がやれると思える日が来るって
 それまでは、このロド様のそばでじっくり良く見て学べって!

 ロド王らしい無骨な語りかけが、今は優しく耳に沁みてきます。

 唐突に、アズール王子の脳裏にコポル工房に居た時に考えていたカラクリのアイデアが浮かびました。同時に不思議と涙がひいていきます。

「あの、バルデーシュにいた時、ずーっと考えていたのですが……」

 その話をすると、ロド王の目が爛々と輝きだしました。
「そりゃあ、面白えな……さっそく作ってみるんべ!」
 そう言うとすぐに城内の製作室に向かいました。無言のまま、どんどん設計図を引きはじめます。そのまま、ロド王とアズール王子は数日間製作室にこもり、二人で設計を煮詰めました。アイデアを出し合い、様々な検討をして部分的に試作品を作っては動かしたりを繰り返しました。

 そして――
「出来たぞ!おいっ、こりゃ良いな!」
 ロド王が叫んで、アズール王子がうなずきました。

「これはおめえの発明品第一号だ、アズール」
 ロド王が試作品を自慢気に眺めながら言います。

 アズール王子も誇らしい気持ちでいっぱいでした。それは、ドワーフらしい器用さと、アズール王子の繊細さが合わさって、初めて出来る作品でした。このカラクリをぜひ見てほしい人たちがいます。

「あの、出来ることなら、まずはバルデーシュへ行きたいのです」
「うん?……バルデーシュか」
「これは、バルデーシュの工房で働かせていただいている時にアイデアが浮かんできて」
「コポル工房つったけか?」
「はい。とても親切にしていただきました」

 アズール王子の脳裏に、コポルさん、おかみさん、兄弟子のペペルさん、工房のみんなの顔が浮かびます。そして、優しげに微笑むグラシーナさんの顔が……

「ん?おめえ何だか顔が赤くねえか?」
 ロド王が不思議そうに聞いてきたので、アズール王子はあわてて頭の中の笑顔を消しました。

「そうだな、俺もちゃんと礼には行くんべと思ってたんだ。行くか?バルデーシュに」
「はいっ!」
 思わず声が上ずってしまい、再びロド王を不思議がらせてしまいました。




 数週間後、アズール王子はロド王と一緒にバルデーシュを訪れていました。自分が発明したカラクリを基にした大小様々な作品を携えて、今度は公式な訪問です。

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登場人物紹介

●黒ドラちゃん

古の森の大きな大きな大きな木の根元にある洞に棲んでいる、古竜の子ども。

可愛いものが大好きで、一番の親友はウサギのドンちゃん。

全身をつややかな黒いうろこで覆われている。

瞳は鮮やかで優しい若葉色。

今度の生では生まれて三年目、

●ドンちゃん

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

黒ドラちゃんの一番の親友。

初めて黒ドラちゃんと出会ったときは、まだ仔ウサギだった。

古の森の可愛い系のお友だち。

茶色のふわふわの毛、優しい茶色の瞳。

現在のアイコンの姿には納得できていないとか……

●モッチ

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森にだけ棲むというクマン魔蜂さん。その中でも特に大きくて力持ちで、冒険心も豊富。特技は特大はちみつ玉作り。


●ブラン

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

北の山に棲む輝竜。白銀に輝く美しい竜。瞳は古の森の湖と同じエメラルド色。年齢は120~130歳くらい、人間の姿は16~18歳くらい。

黒ドラちゃんの事を番認定しているものの、愛の道のりは遠く険しい。

魔術師が魔法を使う際に必要になる、魔石を作り出す力があり、国で重要視されているため、普段は国外へは出られない。魔石については、バルデーシュ国の代々の王と、なにやら契約をしているようす。その辺の事情はまだ明らかにはされていない……作者が人間を描くのが苦手なため、容姿については想像力の翼を広げてください。

●ゲルード

「雪をお口に入れるんだ!」から登場。

ゲルード=一応国一番の魔術師。

サラッサラの長く美しい金髪に透き通った青い目。見た目だけならスズロ王子と互角。けれどスズロ王子と魔術の事で頭の中がいっぱいの残念な存在。いつかイラスト化しようと思ってはいるが、ブランが描けないのと同じ理由でアイコンは……想像力の翼を鍛えてください。

●スズロ王子、20歳。バルデーシュの第一王子。

ゲルードとは幼馴染。金のクルクルっ毛、透き通った水色の瞳。妖精からも愛される、色んな意味で光り輝く王子様。

●マグノラさん

「おとなになるって、かゆいんだ!」から本格的に登場。

古の森近くにある、白いお花の森に棲む華竜。花を咲かせる植物や、そこからの実りを見守る存在。人間や動物も同じく、子どもを身ごもるものの守り竜と言われている。年齢は580歳くらいで、赤茶色の大きな体。ガラガラ声だが、基本的に穏やかで優しく面倒見が良い。

ブランが生意気盛りの頃、お灸をすえたことあり。


●ラウザー

「貝をお耳にあてるんだ!」から本格的に登場。

バルデーシュ国の南の方に広がる砂漠に棲んでいた陽竜。ブランより少し遅れて誕生、115~125歳くらい。人間の姿では16~18歳くらい。とにかく明るくて良い奴。体も鮮やかな橙色。ただし、その性質から棲んでいる場所に雨が降らなくなり砂漠化しやすい。お天気竜、お祭り竜などと人間からは呼ばれている。村の女の子に失恋して孤独感から魔力のゆらぎを起こし、がけっぷちの受験生ロータを呼び寄せることになった。

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