File25:LAPDとの接触
文字数 3,248文字
カーミラは意を決すると、ローラの職場であるロス市警本部へと向かった。そこに『サッカー』事件の捜査本部があるはずだ。ただ通報するだけでは駄目だ。実際の捜査までに膨大な時間が掛かってしまう。最悪黙殺される可能性もある。普段のローラの人となりを知っている者達に直接話をする必要がある。
ロス市警に着くとカーミラは受付に、自分は『サッカー』の正体を知っている、捜査本部の責任者と会わせて欲しいと申し出た。悪戯半分のタレこみは多いだろうが、事件の捜査が行き詰っている以上無視は出来ないはずだ。とにもかくにもまず会えねば話にならない。
程なくして2、3人の刑事と思しき男達がやって来た。思ったよりも早い。どうやら予想以上に行き詰っているようだ。カーミラはほくそ笑んだ。これならよりスムーズに行くかも知れない。
「殺人課のダリオ・ロドリゲス部長刑事だ。『サッカー』の正体を知ってるってのはあんたか?」
先頭にいた浅黒いヒスパニック系の刑事が開口一番そう聞いてきた。言い終わった後にカーミラの凄絶な美貌に気付いたらしく、口をアングリと開けた間抜けな表情で固まった。後ろにいた他の刑事も目を丸くしている。
(まず最初の掴みは成功ね……)
カーミラは最高に外面が良く見えるようにニッコリと微笑んだ。そして長い脚を見せつけるように組み直す。
「ええ。ミラーカ・スピエルドルフと申します。重大な情報なのでここではお話し出来ません。責任者の方に会わせて頂けますかしら?」
「あ、ああ……わ、解った。付いてきてくれ」
カーミラの美貌にすっかり呑まれた体のダリオは、最初の横柄な態度はどこへやら急に殊勝な感じになって素直に案内してくれた。悪戯目的のタレこみを警戒して、最初に部下を派遣してくるのは想定済みだ。だがそうはいかない。こっちには悠長にしている余裕は無いのだ。責任者にすぐにでも話を通す必要がある。その為に利用できる物は何でも利用するつもりだった。今の所は上手く行っている。
2階に上がると、いくつかのブースに分かれた大きなフロアに出た。ダリオはその内の一つに入っていく。どうやらここが『サッカー』の捜査本部のようだ。良く刑事ドラマなどで見るような雑然としたデスクや、写真の張り付けられたホワイトボードなどが並んでいた。他にも何人かの刑事がおり、皆カーミラの姿に驚き、目を奪われていた。
奥にガラスとブラインドで仕切られた個室があった。責任者のオフィスだ。ダリオがドアをノックしてから開ける。
「失礼します、警部補。先程のタレこみなんですが……」
「どうだった? やはりガセか?」
中から落ち着いた感じの男の声で応 えがあった。
「あー……それなんですが……」
ダリオが奥歯に物が挟まったような感じで言い淀んだので、カーミラは彼の脇を抜けるようにしてオフィスの中に入り込んだ。
「初めまして。あなたが『サッカー』事件の責任者の刑事さんですか? 私はミラーカ・スピエルドルフ。ちょっとあなたにお話したい事がありますの。今お時間宜しいかしら?」
カーミラは極上の笑顔を浮かべて、中のデスクに座っている男に挨拶した。呆気にとられた表情でカーミラの方を見ているのは、40絡みの白人男性だった。茶色い髪をオールバックにした中々の美丈夫だ。この男が警部補……つまりローラの直属の上司のはずだ。
「おい、ダリオ。これは一体何の冗談だ?」
「ああ、いえ、その……と、とにかく彼女の話を聞いてみましょうよ! 俺の直感によると彼女は本当に『サッカー』の正体を知ってる。間違いないですよ!」
極めて疑わしいその「直感」だが、少なくとも今回に限っては当たっている。警部補も非常に疑わしそうな表情であったが、ダリオが通してしまったという事もあり、とりあえず話だけは聞くという態度でカーミラに座るように勧めた。
ダリオはオフィスのドアを閉めて自分も空いている椅子に座った。同席する気満々のようだ。カーミラの話に興味があるのか、それともカーミラ自身に興味があるのか……どうも後者の気がする。
「さて、あー……ミラーカさんだったね? 私はこの捜査本部を任されているリチャード・マイヤーズ警部補だ。『サッカー』の正体を知っているという話だが、本当の事かね?」
「ええ、本当ですわ。『サッカー』の正体は……500年の時を経て甦った吸血鬼ですわ」
「……なるほど。ダリオ、すぐにこのお嬢さんにお引取り――」
「そしてつい先日ここの刑事の1人、トミー・フラナガンをその毒牙に掛け、吸血鬼へと変えてしまった……」
「――ッ!?」
マイヤーズが、そしてダリオまでもギョッとしたように目を見開いてカーミラを凝視した。カーミラは2人の視線を受けて艶然と微笑む。
「うふふ、私の話を聞く気になりまして?」
「……ミラーカさん。君は何者だ? トミーの失踪は外部には伏せられている。何故その事を知っている? しかも吸血鬼に変わったなどと、それではまるで……」
「あなたの可愛い部下の報告書と同じ、かしら?」
「ッ!!」
いよいよマイヤーズの視線が険しくなる。
「君はローラとどういう関係だ? まさか彼女が報告書の内容を外部の人間に喋るとは……」
「彼女は何も喋っていないわ。それに仮に喋ったとしても、あなた達に責められる謂れはないでしょう?」
「……!」
ローラの報告は『無かった事』にされたのだ。『無かった事』を誰に喋ろうがそれは彼女の自由だ。
「おほん! こちらの質問に答えて貰おう。君は何者で、ローラとどういう関係だ? 何故トミーの事も知っている?」
「私は……ローラの友人とだけ言っておくわ。そして何故トミーの事を知っているのか答えは簡単よ。私もその現場に居たのよ。そして吸血鬼と化したトミーを滅ぼしたのは私よ」
「な……」
マイヤーズが絶句する。ダリオも目を丸くしている。
「そ、その黒い髪……。まさかとは思うが、マイク・ホーソンの殺害現場でローラが遭遇した女というのは……」
「まあ、私の事でしょうね」
マイヤーズが机に突っ伏すようにして頭を抱えた。様々な情報を整理しているのだろう。ややあって顔を上げた彼の瞳には、先程までは無かった力が宿っていた。どうやら頭は悪くないらしい。ようやく本題に入れそうだ。
「…………君の望みは何だ? 何故わざわざ私達の前に現れた?」
「それは勿論、事件の早期解決と……ローラの安否を確認する為よ」
「何……?」
マイヤーズが安否という言葉に反応する。
「ローラの何だって? 彼女は今休職中で、危険が迫るような事は何も……」
「一つ聞きたいのだけれど、今ローラは内務調査の対象になっているのかしら?」
「何? いや、そんな話は聞いていない。あの報告書を正式に上げれば疑われた可能性もあるが、あれはその……私が『無かった事』にしたしな。何故そんな事を?」
「先日彼女の自宅に、ここの内務調査官を名乗る男が訪問しているようなの。そしてそれ以降彼女と連絡が取れなくなっているわ」
「……!」
「自宅を調べるには令状が必要だと言われたわ。あなた達にも関心があるんじゃないかと思って、協力を仰ぐ為に来たのよ」
「…………」
マイヤーズは少しの間何か考えていたようだったが、やがて顔を上げると椅子から立ち上がる。
「ダリオ。すぐに監察部に連絡してローラの事を確認しろ。私はただちに令状を請求する。ミラーカさん、悪いが令状を取るまで待てるかね? それ程掛からんと約束する」
指示を受けたダリオが慌ててオフィスを飛び出していく。カーミラは逸る気持ちを抑えて微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですわ。それに、遅い時間の方が何かと都合が良い ですし
ロス市警に着くとカーミラは受付に、自分は『サッカー』の正体を知っている、捜査本部の責任者と会わせて欲しいと申し出た。悪戯半分のタレこみは多いだろうが、事件の捜査が行き詰っている以上無視は出来ないはずだ。とにもかくにもまず会えねば話にならない。
程なくして2、3人の刑事と思しき男達がやって来た。思ったよりも早い。どうやら予想以上に行き詰っているようだ。カーミラはほくそ笑んだ。これならよりスムーズに行くかも知れない。
「殺人課のダリオ・ロドリゲス部長刑事だ。『サッカー』の正体を知ってるってのはあんたか?」
先頭にいた浅黒いヒスパニック系の刑事が開口一番そう聞いてきた。言い終わった後にカーミラの凄絶な美貌に気付いたらしく、口をアングリと開けた間抜けな表情で固まった。後ろにいた他の刑事も目を丸くしている。
(まず最初の掴みは成功ね……)
カーミラは最高に外面が良く見えるようにニッコリと微笑んだ。そして長い脚を見せつけるように組み直す。
「ええ。ミラーカ・スピエルドルフと申します。重大な情報なのでここではお話し出来ません。責任者の方に会わせて頂けますかしら?」
「あ、ああ……わ、解った。付いてきてくれ」
カーミラの美貌にすっかり呑まれた体のダリオは、最初の横柄な態度はどこへやら急に殊勝な感じになって素直に案内してくれた。悪戯目的のタレこみを警戒して、最初に部下を派遣してくるのは想定済みだ。だがそうはいかない。こっちには悠長にしている余裕は無いのだ。責任者にすぐにでも話を通す必要がある。その為に利用できる物は何でも利用するつもりだった。今の所は上手く行っている。
2階に上がると、いくつかのブースに分かれた大きなフロアに出た。ダリオはその内の一つに入っていく。どうやらここが『サッカー』の捜査本部のようだ。良く刑事ドラマなどで見るような雑然としたデスクや、写真の張り付けられたホワイトボードなどが並んでいた。他にも何人かの刑事がおり、皆カーミラの姿に驚き、目を奪われていた。
奥にガラスとブラインドで仕切られた個室があった。責任者のオフィスだ。ダリオがドアをノックしてから開ける。
「失礼します、警部補。先程のタレこみなんですが……」
「どうだった? やはりガセか?」
中から落ち着いた感じの男の声で
「あー……それなんですが……」
ダリオが奥歯に物が挟まったような感じで言い淀んだので、カーミラは彼の脇を抜けるようにしてオフィスの中に入り込んだ。
「初めまして。あなたが『サッカー』事件の責任者の刑事さんですか? 私はミラーカ・スピエルドルフ。ちょっとあなたにお話したい事がありますの。今お時間宜しいかしら?」
カーミラは極上の笑顔を浮かべて、中のデスクに座っている男に挨拶した。呆気にとられた表情でカーミラの方を見ているのは、40絡みの白人男性だった。茶色い髪をオールバックにした中々の美丈夫だ。この男が警部補……つまりローラの直属の上司のはずだ。
「おい、ダリオ。これは一体何の冗談だ?」
「ああ、いえ、その……と、とにかく彼女の話を聞いてみましょうよ! 俺の直感によると彼女は本当に『サッカー』の正体を知ってる。間違いないですよ!」
極めて疑わしいその「直感」だが、少なくとも今回に限っては当たっている。警部補も非常に疑わしそうな表情であったが、ダリオが通してしまったという事もあり、とりあえず話だけは聞くという態度でカーミラに座るように勧めた。
ダリオはオフィスのドアを閉めて自分も空いている椅子に座った。同席する気満々のようだ。カーミラの話に興味があるのか、それともカーミラ自身に興味があるのか……どうも後者の気がする。
「さて、あー……ミラーカさんだったね? 私はこの捜査本部を任されているリチャード・マイヤーズ警部補だ。『サッカー』の正体を知っているという話だが、本当の事かね?」
「ええ、本当ですわ。『サッカー』の正体は……500年の時を経て甦った吸血鬼ですわ」
「……なるほど。ダリオ、すぐにこのお嬢さんにお引取り――」
「そしてつい先日ここの刑事の1人、トミー・フラナガンをその毒牙に掛け、吸血鬼へと変えてしまった……」
「――ッ!?」
マイヤーズが、そしてダリオまでもギョッとしたように目を見開いてカーミラを凝視した。カーミラは2人の視線を受けて艶然と微笑む。
「うふふ、私の話を聞く気になりまして?」
「……ミラーカさん。君は何者だ? トミーの失踪は外部には伏せられている。何故その事を知っている? しかも吸血鬼に変わったなどと、それではまるで……」
「あなたの可愛い部下の報告書と同じ、かしら?」
「ッ!!」
いよいよマイヤーズの視線が険しくなる。
「君はローラとどういう関係だ? まさか彼女が報告書の内容を外部の人間に喋るとは……」
「彼女は何も喋っていないわ。それに仮に喋ったとしても、あなた達に責められる謂れはないでしょう?」
「……!」
ローラの報告は『無かった事』にされたのだ。『無かった事』を誰に喋ろうがそれは彼女の自由だ。
「おほん! こちらの質問に答えて貰おう。君は何者で、ローラとどういう関係だ? 何故トミーの事も知っている?」
「私は……ローラの友人とだけ言っておくわ。そして何故トミーの事を知っているのか答えは簡単よ。私もその現場に居たのよ。そして吸血鬼と化したトミーを滅ぼしたのは私よ」
「な……」
マイヤーズが絶句する。ダリオも目を丸くしている。
「そ、その黒い髪……。まさかとは思うが、マイク・ホーソンの殺害現場でローラが遭遇した女というのは……」
「まあ、私の事でしょうね」
マイヤーズが机に突っ伏すようにして頭を抱えた。様々な情報を整理しているのだろう。ややあって顔を上げた彼の瞳には、先程までは無かった力が宿っていた。どうやら頭は悪くないらしい。ようやく本題に入れそうだ。
「…………君の望みは何だ? 何故わざわざ私達の前に現れた?」
「それは勿論、事件の早期解決と……ローラの安否を確認する為よ」
「何……?」
マイヤーズが安否という言葉に反応する。
「ローラの何だって? 彼女は今休職中で、危険が迫るような事は何も……」
「一つ聞きたいのだけれど、今ローラは内務調査の対象になっているのかしら?」
「何? いや、そんな話は聞いていない。あの報告書を正式に上げれば疑われた可能性もあるが、あれはその……私が『無かった事』にしたしな。何故そんな事を?」
「先日彼女の自宅に、ここの内務調査官を名乗る男が訪問しているようなの。そしてそれ以降彼女と連絡が取れなくなっているわ」
「……!」
「自宅を調べるには令状が必要だと言われたわ。あなた達にも関心があるんじゃないかと思って、協力を仰ぐ為に来たのよ」
「…………」
マイヤーズは少しの間何か考えていたようだったが、やがて顔を上げると椅子から立ち上がる。
「ダリオ。すぐに監察部に連絡してローラの事を確認しろ。私はただちに令状を請求する。ミラーカさん、悪いが令状を取るまで待てるかね? それ程掛からんと約束する」
指示を受けたダリオが慌ててオフィスを飛び出していく。カーミラは逸る気持ちを抑えて微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですわ。それに、遅い時間の方が何かと