File8:作戦会議

文字数 4,658文字


「た、確かにそうよね……。大衆を納得させられるような理由が無ければ、私も力になれないと思うし……」

 ナターシャもかぶりを振る。ジョフレイが人外の力を操る怪物でした、などという記事を出した所で、良くてゴシップ扱いだ。そもそも新聞社を納得させられず記事にすら出来ないだろう。

 結局手詰まりなのだろうか。ローラが暗い気持ちになり掛けると、やはりミラーカが発言してきた。

「そう……今までの怪物達とは違う。そこに攻略(・・)の糸口があるんじゃないかしら?」

「……というと?」

「その、ジョフレイ市長だったかしら? 元は例のヴァンサント議員殺害教唆の容疑者候補だったのよね? それは何故?」

「何故って、それは……」

 合衆国上院議員選の対立候補だったから。そしてジョフレイはヴァンサントに押され気味で、あのまま行けばヴァンサントの当選が確実と目されていたからだ。利害関係は殺害の動機となり得る。


 ローラの説明を確認したミラーカは顎に手を当てる。

「問題はそこなのよね」

「そこ?」

「……ヴァンサント議員が邪魔だったのなら、何故今回のように『ディザイアシンドローム』の力を使って排除しなかったのかしら? 何故わざわざ『バイツァ・ダスト』……メネスの力などを使ったの? メネスの口から、自身との関係が明るみに出るリスクだってあったのに」

「……っ!!」
 ローラだけでなく、クレアやナターシャも唖然としていた。そんな所に疑問が及ばなかった。だが確かに言われてみれば腑に落ちない。

 これまで集めた状況証拠から、ジョフレイが『ディザイアシンドローム』の犯人である事は間違いないはずだ。なのに何故ヴァンサントに対してはその力を使わなかったのだろう。

(何か……『発動』に条件のような物が? いや、それとも……)

「更に言うなら、彼は今までにもずっとこの街に住んでいたはずなのに、これまで『ディザイアシンドローム』に類似する事件が一切発生していなかったのは何故?」

「……!」
 ローラの思考の先を読んだかのように、ミラーカが更なる疑問を呈する。彼女の補足によってローラは自身の考えを確かな物とした。

「……ジョフレイは『ディザイアシンドローム』の力を、後天的(・・・)に手に入れた?」

「恐らくね。それもごく最近だと思うわ」

 ミラーカの肯定。少なくとも『バイツァ・ダスト』事件の段階では、まだこの力を手にしていなかった事は確実だ。


「彼がその力を、いつ、どうやって手に入れたのかを明らかにすれば、自ずと何をすれば良いかも見えてくるんじゃないかしら?」


「…………」

 ローラも、クレアもナターシャも、そして勿論ジェシカとヴェロニカも、皆呆気に取られていた。先程までの閉塞感が……いや、それどころかローラがここ最近感じていたジレンマまでもが、一気に晴れたような気がした。

 今、自分達の行動指針というか目標が、明確に定まったのだ。ミラーカが道を示してくれたのだ。

「ミ、ミラーカさん、凄ぇ……」

 ジェシカが感嘆したように唸っていた。ミラーカは苦笑した。

「戦闘担当みたいに思われてるけど、皆より少しだけ(・・・・)長生きしている分、これでも知恵は回るのよ?」

 考えてみると、ここ最近の事件では余りこうしてミラーカと事件の相談をする事がなかった。『エーリアル』や『バイツァ・ダスト』の事件などではミラーカが動けない事態になり、ローラは独力で指針を決め、作戦を立てなければならない事が多かった。 

 だが確かにその前の『ルーガルー』や『ディープ・ワン』の時には、マイヤーズが疑わしい理由を列挙したり、『ディープ・ワン』事件でも黒幕の存在を示唆してくれたり等、優れた洞察力を見せていた。彼女がそういう方面(・・・・・・)でも頼れる存在だという事をすっかり失念していたのだった。
 
「ミラーカ、ありがとう……。お陰で道が開けた気がするわ」

「ふふ、どう致しまして。あっち(・・・)の事といい、世話が焼けるわね?」

「……ッ!」

 一時間ほど前までこの部屋で繰り広げられていたお仕置き(・・・・)を思い出し、ローラだけでなく、ジェシカとヴェロニカも頬を紅潮させる。そして何故かナターシャも若干顔を赤らめて服の襟元を緩めていた。


「おほん! ……それで、ローラ。方針は定まったけど、具体的にはどうするの? ジョフレイの力について何か調べる当てはあるの?」

 クレアが咳払いして浮ついた空気を払いつつ、尋ねてくる。ローラも慌てて平常を取り繕う。

「そ、そうね……。実はそういう視点で考えると、心当たりが無い訳でもないのよ」

 何とか刑事の顔に戻ったローラは、リンファと共に赴いたLA自然史博物館を思い出していた。

最初(・・)の被害者、ワインバーグ館長は何故『ディザイアシンドローム』の標的となったのか。今まではそれがどうにも解らなかった」

 彼は政治には関与していなかったし、特にジョフレイとのトラブルも無かった事はパトリシアに確認済みだ。なのに『ディザイアシンドローム』の対象となった……。

「でも今のミラーカの話を聞いていて気になる点が出てきたのよ」

「気になる点?」

 ナターシャのオウム返しに神妙な表情で頷く。ウィリアムとジョフレイを繋ぐ接点(・・)となった事象。即ち……


「アラジンの魔法のランプ……?」


 ローラの説明にナターシャだけでなく、クレア達の目も点になる。

「ええ、それが2人を繋いでいた接点のはず。そしてその直後にウィリアムは陶人形に変わり、契約していたトルコの役人がランプを国に持ち帰ってしまったらしいのだけど、タイミングを考えると無関係な気がしないのよ」


「……アラジンの魔法のランプと言えば……『どんな願いも叶えてくれる』ランプの精霊の話が有名よね?」


「……!」

 ミラーカの言葉に、全員がギョッとした様子で彼女を見やる。願いを叶える……。それは非常に悪意のある形ながら、『ディザイアシンドローム』にも当て嵌りはすまいか。

「は、は……ま、まさか、ミラーカさん。今度の敵は『ランプの精霊』だなんて言わないよな……? あれはあくまで御伽噺だろ?」

 否定して欲しそうなジェシカの質問に、しかしミラーカは妖しく微笑む。

「あら? それを言うなら吸血鬼や人狼だって、人間からしたら荒唐無稽な御伽噺じゃないかしら?」

「……っ!」

 痛い所を突かれて言葉に詰まるジェシカを尻目に、ヴェロニカの方は静かに頷く。

「そう、ですね。それにガルーダやミイラ男だって実在していたんです。ランプの精霊がいたって何も不思議はありません」

 自身もまた超常の力を持つヴェロニカが認めると説得力がある。自然、場は敵が『ランプの精霊』であるという前提で話が進む事になった。

「でも……その『ランプの精霊』について、どんな能力があって、どんな事が出来るとか、そういう情報が欲しいわよね。御伽噺だけじゃ情報源としては不安があるし……」

 ナターシャが記者らしく情報収集を提案する。これから戦いになるとするなら確かに情報は必要だ。ミラーカが頷く。

「そうね。それにジョフレイ市長がどうやって精霊から力を得たのかも知る必要があるわね。それによって市長と精霊を切り離せるのかどうかも判断できるし」

「……確かにその辺が解れば大分態勢が整うけど、そんな事どうやって調べるの? 『ランプの精霊』が実在している事を知っていて、かつそんな情報まで持っているような人物なんているとは思えないし……」

「……!」
 クレアの意見を聞いたローラの脳裏に、博物館からの帰り道でとある人物(・・・・・)と交わした会話が浮かび上がった。 


「私……心当たりがあるかも……」


 全員がローラに注目する。彼女はあのペルシア人のイスラム女性の事を掻い摘んで説明した。


悪霊(ジン)……? 確かにそう言ったのね?」

「ええ、私の聞き間違いでなければ」

 ミラーカの確認に頷く。彼女は再び顎に手を当てて考える姿勢となる。

「……その女性に会う当ては?」

 ローラはかぶりを振る。

「残念ながら名前すら不明よ。勿論滞在している場所もね」

 この様々な人種のごった返す大都市で、1人の、それも流れ者の女性を見つけ出すのは容易ではない。さりとて勿論指名手配などをする訳にも行かない。

「ふむ……その女性もジンの事を追っているのよね? なら再びあなたと道が重なる可能性は高いわ。その機会を待つとしましょうか」

 結局はそれが一番確実か。自分で言うのも何だが、ローラには人外の怪物を引き寄せる何らかの性質があるような気がしている。となるとそれを追うあの女性も必然的に、再びローラの前に姿を現す事になるだろう。それを待つという訳だ。

「……私はニックと一緒に、先の話に出てきたトルコの役人とやらを調べてみるわ。ランプを持ち込んだ事といい、絶妙なタイミングで再びランプを持ち去った事といい、どうもきな臭いのよね。もしかしたら敵と繋がっているのかも。そのランプ自体の行方も追ってみるわ」

 クレアが眼鏡の位置を整えながら申し出る。確かに外国人が関わっているとすれば、捜査範囲はこの街の外にも及ぶだろう。FBIである彼女は適任だ。

「悪いわね、クレア。宜しく頼むわ」

「じゃあ私は、ジンに関して可能な限りの文献や情報を当たってみるわ。中には当たり(・・・)の物もあるかも知れないし」

 ナターシャも自分の得意分野から提言する。『バイツァ・ダスト』事件の際にゾーイと共同で調べ物をした時に、非常に有能な働きを見せたらしい。そういう方面なら彼女に任せても大丈夫だろう。

「そうね。可能な範囲でいいから、お願いするわ。ありがとう、ナターシャ」

「あ……じゃ、じゃあ私達は……」

 流れでヴェロニカとジェシカも腰を浮かしかけるが、ミラーカが苦笑しながらそれを制する。

「あなた達は私と一緒で荒事担当(・・・・)だから、出番(・・)があるまで待機よ」

 ローラもそれに同意する。

「そうね。2人は大学の勉強だってあるんだから、普段はそちらを優先して欲しいの。必要な時にはこちらから連絡するわ」

 確かに彼女達の力を頼りにさせてもらうと決めはしたが、それは2人の学校生活を無視して好きに使うという事ではない。2人にはしっかり自分の道を歩んで欲しいというのも、ローラの偽らざる本心であった。

「……約束だぜ? アタシ達の力が必要な時は絶対に連絡してくれよな?」

「待ってますからね?」

 そんなローラの意図を汲んでくれたのかジェシカもヴェロニカもそれ以上ゴネたりする事なく、渋々という感じだが素直に引き下がってくれた。



 こうして長い『作戦会議』が終わった。気付けばレモネードもスナックもとっくに空になっていた。折角このメンバーが集まったのだから、という事で、そのままデリバリーでピザを注文し、早めのディナーを一緒する事になった。

 明日からはまた未知の人外との過酷な戦いが始まる事になる。しかし今日この時だけは皆それを忘れて、気心の知れた仲間達と楽しい一夜を過ごすのだった……
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