File20:秘された目的

文字数 5,480文字


「やったのか? 流石という所か。こっちも間もなくだ」

 今の戦いの間中、機械の照射を続けていたクリスがこちらを見ずに喋った。クリスが照射している部分に変化があった。表面の金属質の部分が微細に振動を始め、そして……

「あ……!」

 ヴェロニカが声を上げる。彼女らの見ている前で宇宙船の外壁にぽっかりと『穴』が空いたのだ。何の音もなく唐突に人1人が潜り抜けられる程度の穴が開き、『中』と繋がった。

 一早くミラーカが動いた。彼女は変身を解くと、何の躊躇いもなく開いた穴から宇宙船の中へ飛び込んだ。

「ローラッ!」

 飛び込んだ宇宙船の中は無機質でのっぺりとした何もない空間であった。しかし床だけは平面になっており、その床の真ん中に――


「え……ミ、ミラーカ……? な、何で、どうやって……? 幻覚?」


 座り込んだ姿勢のまま呆然とした様子でこちらを眺める……ローラの姿があった。ミラーカは幻覚かと疑うのはこちらだと思いながら急いで駆け寄ると、ローラの身体を抱きしめた。

「きゃっ!? え……ほ、本物……? 本当に、ミラーカなの?」

「ああ、ローラ! 良かった……! 本当にはこちらの台詞よ。本当にあなたのなのね、ローラ……!」

「ミ、ミラーカ……!」

 お互いに相手が幻覚や偽物ではないと確信した2人が感極まって抱きしめ合う。再会を喜び合う2人だが、そこに意図的か否かは解らないが無粋な声が割り込む。

「おい、感動の再会なら外に出てからやれ。こいつもそう長く開けてはいられんからな」

「クリスッ!?」
 素っ頓狂な声を上げるローラ。『穴』の外からクリスが中を覗き込んでいた。興味深そうに宇宙船の内装に視線を走らせている。まさかここで彼の姿を見るとは思わなかったローラが目を丸くする。

「……こうしてあなたに会えたのは、彼の働きによる所が大きいのは確かよ」

 ミラーカが渋々認める。そして確かにあの強制的にこじ開けた出入り口はいつ閉じてもおかしくはなさそうなので、クリスの促しに従って急いで宇宙船の外へと脱出する2人。クリスが装置の照射を止めると、出入り口の穴は何事も無かったように元通りに閉じてしまった。


「ああ……空気が美味しいわ……!」

 久方ぶりの外の空気に深呼吸をするローラ。

「ローラさんっ!」「ガゥッ!!」

 ヴェロニカとジェシカも喜色を浮かべながら駆け寄ってくる。

「ジェシカ! ヴェロニカ! あなた達も来てくれたの!? ごめんなさい、心配掛けたわね」

 可愛い恋人たちの姿に喜んだのも束の間、再び迷惑を掛けてしまった事に対して申し訳なさそうに謝罪する。しかしヴェロニカは激しくかぶりを振った。

「いえ、いいんです! 私達の力がこうしてローラさんのお役に立てたならそれが一番の喜びです! ジェシカだって同じですよ!」

「ガゥゥッ!」

「ふ、2人共……ありがとう」

 感動と済まなさで涙ぐみながらローラは、ミラーカも含めて恋人達の労をねぎらう。だがそこに再びクリスの声が。

「ローラ……俺には一言もないのか?」

「……! ク、クリス……。そ、その、ありがとう。あなたが私を助けに来てくれるとは正直思わなかった」

 ローラは若干言い辛そうにしながらも礼を述べた。だがすぐに真剣な目になってクリスを真正面から見据える。


「それだけじゃない。あなたがここにいてくれて良かった。もしかしたら『シューティングスター』を何とか出来る方法があるかも知れないの。でも私達にはその手段(・・)が解らなくて……。あなたの意見を聞きたかったのよ」

「奴を何とかする方法だと? 詳しく話せ」

 クリスが興味を持ったように促してくる。ローラは頷いて話し始めた。勿論横ではミラーカ達も拝聴している。

「奴に囚われている間に、奴と話をする機会があったの。そこで奴がこの殺人ゲームに興じている背景(・・)について、断片的ながら知る事が出来たわ」

「背景だと?」

「ええ、それも含めて私の計画(・・)を話すわ。あなたの意見を聞かせて」

 そしてローラは手短に『シューティングスター』から聞いた話を伝える。その犯行動機(・・・・)にミラーカ達は眉をしかめていた。そしてローラの計画(・・)を聞いたクリスは……


「……ふ、くく。なるほど、そういう事か。よくもまあそんな事を思いつくものだ。確かにお前達では手段(・・)が解らんというのも頷ける」

 クリスは彼にしては面白そうな様子で、喉の奥で笑う。ミラーカ達は全員呆気に取られている。本来それが普通の反応だ。

 あまりに突拍子もない作戦だという事は自覚している。或いは雲をつかむような話かも知れない。だがこのまま『シューティングスター』が軍隊と衝突して多大な犠牲が出る事が避けられないなら、試してみる価値はあるとローラは思っている。

 問題はローラ達ではどうすればその作戦を実行(・・)できるのか皆目見当が付かないという所だが……

「でも……大丈夫なの、それ? 仮に成功した所で本当に地球(・・)が安全って保障は無いんじゃない? 場合によってはもっと大きな危機に晒される事になるんじゃ……」

 ミラーカが懸念というか問題点を指摘する。その可能性は確かに完全には否定できない。だが……

「……いや、『シューティングスター』の話が本当ならそのリスクは低いはずだ。試してみる価値はあるな」

 クリスは賛意を示してくれた。だが同時にその表情も厳しくする。

「しかしだとするとNROが解析した技術のみでは不可能だな。まだ所詮その場しのぎで実用的な段階には無いからな」

「そんな……」

 クリスでも駄目なら万事休すだ。ローラの顔が暗くなり掛けるが彼はかぶりを振った。

「落ち着け。手段がない訳じゃない。尤もそれには相応の危険(・・)が伴うがな」

「……? それはどういう――」

 訝しんだローラが問い返し掛けた時だった。クリスの携帯している発信機からノイズのような耳障りな警告音(・・・)が鳴り始める。


「……っ! もう戻って来たか!」

「ま、まさか……?」

 事態を察したローラの顔が歪む。クリスは厳しい表情のまま頷いた。

「ああ、奴が……『シューティングスター』が戻ってくる。今ならまだ間に合う。早くここから逃げろ!」

「逃げろ……? あなたはどうする気なの、クリス!?」

「俺はここに残る」

「な……。何馬鹿な事言ってるのよ!?あなたも一緒に逃げるのよ!」

 だがクリスはゆっくりと一歩後ろに下がった。

「言っただろう。相応の危険が伴うと。お前の作戦を実行するにはこうするしかないのだ」

「……っ!」
 絶句するローラ。確かに作戦の提案はしたが、その為には具体的に何をしなければならないのかを想像していなかった。自身の考えが甘かった事を悟る。

「あ、あれは――」

「――時間が惜しい。もう間もなく奴はここへ戻ってくる。ローラは任せた。早く安全な場所へ連れていけ」

 何か言い募ろうとしたローラを遮るように、クリスはミラーカ達の方を向いて促した。

「……いいのね?」

「ああ、さっさと行け。こっちの事は任せろ」

「……解った。行くわよ、ローラ」
「ちょっ!? ミラーカ!?」

 静かに頷いたミラーカは、ローラを強引に抱え上げる。押し問答している時間もなさそうだ。同様にジェシカがヴェロニカを抱え上げた。この方が速く移動できる。


「ク、クリス……!」

 焦ったローラがクリスを仰ぎ見ると、彼は薄く笑った。

「ふ……これは貸しだぞ、ローラ? いつか返してもらうからな?」
「……っ」

「行くわよ!」

 言葉に詰まるローラを抱えたままミラーカが号令する。そして再び戦闘形態に変身すると、そのまま物凄い速さでナターシャの待つ安全なポイントまで飛び去って行った。後を追うようにしてヴェロニカを抱えたジェシカも、人間には到底出せないような速度で駆け去って行った。






「…………」

 それを見届けたクリスはゆっくりと反対方向の空を見上げた。遠目に何か銀色の塊が凄まじい速度でこの場に近付いてくるのが解った。

(これでいい……。当所の予定とは若干異なるが結果オーライだ。俺は俺の望みを叶えてみせる。待っていろ、ローラ。俺は必ずお前をこの手に取り戻してやる)

 見る見るうちに大きくなってくる『シューティングスター』の姿を眺めながら、クリスは心の中で自らの妄執(・・)を再確認するのであった。


 やがて『シューティングスター』がクリスの目の前に着陸(・・)した。『彼』は遮蔽の解けた自らの乗り物、そして破壊されて横たわるガーディアン、最後にそこに佇んだままのクリスを順番に見やった。

 クリスは一切敵意は無い事を証明するように両手を挙げた。奴等の文化でこの動作が同様の意味を持つかは解らないが、同じヒューマノイドなので通じるだろうという可能性に賭ける。

「……ローラなら既にいないぞ? 俺達が脱出させたからな」
『……!』

 こちらの言葉は解るらしい『シューティングスター』は、宇宙船に近付くと手をかざした。するとクリスがこじ開けたのと同じような感じで『穴』が開いた。

 『彼』は船の中を覗き込んで、クリスの言葉が事実だという事を確認する。

「別に構わんだろう? ただ捕えていても何の意味も無い女だ」

『……ドウヤッタ? ソシテ何故オ前ハココニ残ッテイル?』

 機械の合成音声のような声音で話す『シューティングスター』。恐らくはあのスーツに備わっている自動翻訳機か何かから発せられているのだろう。


「地球人の科学力も捨てた物ではないという事だ。そして俺がここにいる理由は簡単だ。……俺は『力』が欲しい。自分の目的を達成する為の力が。俺はお前に降伏する。お前の持つ『力』の一部を……俺に分けて欲しいのだ」


『ホゥ? 俺ガソノ『要求』ヲ受ケナケレバナラン理由ハ何ダ?』

 聞き返してきた『シューティングスター』。クリスはこの時点で手応えを感じた。最悪のケースでは、問答無用で射殺されていてもおかしくはなかった。

 自身の船に侵入しローラを救出したという事実と、無残に転がっているガーディアンの存在が、『彼』にクリスの言葉に耳を傾ける余地を残したのだ。

人手(・・)が必要な状況ではないかと思ったのだが違ったか?」

 クリスは転がっているガーディアンに顎をしゃくりながら薄く笑う。

『……確カニ補修用(・・・)ドローンヲ破壊サレタノハ予想外ダッタナ。アノ連中(・・・・)トイイ、コノ星ノ生物ヲ少々侮ッテイタカモ知レン』

 どうやらこれ以外にも『シューティングスター』の考えを改めさせる出来事があったらしい。『彼』は頷いて考え込むような挙動を取った。そして再び顔を上げるとその視線がクリスを射抜く。

『……イイダロウ。『力』ガ欲シイト言ウナラクレテヤル。ソノ代ワリオ前ニハ文字通リコイツノ代ワリニナッテ貰オウ』

 『彼』は言いながらガーディアンの残骸を拾い上げる。


『尤モ……ドローン用ノサイバネティクストノ融合(・・)ニ、脆弱ナ地球人ノ身体ガ耐エラレレバノ話ダガナ。オ前ニソノ覚悟ガアルノカ?』


「……!」
 つまりはガーディアンの機構をクリスの身体に移植(・・)するという事か。成功すればいわゆるサイボーグ(・・・・・)という事になる。だが『彼』の口ぶりからして失敗する可能性も高いのだろう。その結果待っているのはおぞましい死だ。

 ただのスパイ目的による潜入の為の方便なら、この時点で二の足を踏むはずだ。だが力が欲しいというクリスの言葉は紛う事無き本心であった。

(ここで失敗して死ぬようなら俺もそれまでの男だったという事だ。だが俺のローラへの想いはそんな生易しいものではない。俺は必ず生き延びて……『力』を手にしてやる!)

 力が無くては、あのミラーカからローラを奪い取る事が出来ない。といっても今更ローラの愛を手に入れられるとは思っていない。むしろミラーカを殺した彼は確実にローラから憎まれるだろう。だがそれならそれで良いのだ。

 何故なら愛と憎しみは表裏一体なのだから。憎しみという強い感情を自分に向け続けてくれるなら、それはある意味ローラの心を手に入れたのと同じ事なのだ。


「……構わん。それで『力』が得られるなら、俺は必ずや耐え抜いてみせる」

 クリスは一切の躊躇なく頷いた。

『クク……オ前モ中々面白イ人間ダナ。デハ望ミ通リニシテヤロウ。ココハ既ニオ前達ニヨッテ割レテイルヨウナノデ場所ヲ変エルゾ。ソコデ手術(・・)ヲ行ウ』

「ああ、解った」

 『シューティングスター』は再び宇宙船に手をかざして出入り口を作る。『彼』に促されてクリスは宇宙船の中へと入っていく。

(安心しろ、ローラ。この手術を無事に乗り切れたら、お前の提案した作戦は必ず実行してやる。俺の目的にとってもこの『シューティングスター』の存在は邪魔だからな。だがこいつの排除が適った後は……必ずこの貸しを回収させてもらうぞ)

 『シューティングスター』も乗り込んで閉じていく『穴』を見つめながら、クリスは心の中で固く決心していた……
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