File21:訣別と責務
文字数 2,745文字
「ミラーカッ!」
メイド服姿のシグリッドに案内されてルーファス邸の来客用の寝室に入ったローラは、寝心地の良さそうな高級ベッドに臥床しているミラーカの姿を見て、慌てて側に駆け寄る。彼女の仲間であるジェシカ、セネム、そしてナターシャもその後に続く。
因みに屋敷の主であるルーファスは、この日は新作映画の打ち合わせの為にエージェントや映画会社の人間と会う用事があるらしく、今は屋敷を不在にしていた。
「ローラ……皆も、来てくれたのね。ごめんなさい、こんな事になってしまって……」
ローラ達が来た事で目を覚ましたミラーカがベッドから起き上がって、縁に腰掛ける姿勢になった。
「ミラーカ、大丈夫? 無理しないで寝ていた方が……」
「大丈夫よ、ありがとう。私は吸血鬼よ? 一晩休んで大分回復したわ。ヴェロニカの事も考えたらこれ以上暢気に寝てはいられないわ」
気遣うローラに、ミラーカはかぶりを振って制止する。ヴェロニカの名前にジェシカが無言でギリッと唇を噛み締める。
「そうね……。じゃあ、ミラーカ。早速で悪いけど詳しい話を聞かせてもらえる? 一体昨夜何があったの? あなたとヴェロニカが揃っていながら敗北して、ヴェロニカは捕らわれたって……。私達の方は肝心の怪物がいなくて肩透かしだったのよ」
ミラーカにこれ以上の気遣いがいらないのは事実だろう。ナターシャが早く情報を聞きたくてミラーカを促す。
「そうだな。君がこれ程やられて逃げ帰る事になるとは……。そのシャイターンはそこまで強敵だったのか?」
セネムも疑問を浮かべる。ローラが受けたシグリッドからの電話では、ミラーカが敗北してヴェロニカが捕らわれたという概要のみで、詳しい話はミラーカから直接話すのでルーファス邸に来て欲しいとだけ言われていたのだ。
ミラーカは神妙な……それでいてどこか沈痛な表情となった。
「……今から話す内容は、特にローラ、あなたには受け入れがたい事実を含んでいると思うけど、気を強く持って聞いて欲しいの」
「え?」
名指しされたローラが戸惑うが、ミラーカはそのまま昨夜の一部始終についての話を始めた。
「……【悪徳郷 】だと? 全てはそやつらの罠だったという事か。我々はまんまと奴等の掌で転がされていたのだな」
「エリオットの奴もその一員だったって訳かよ……。ちくしょう! どこまでも汚ねぇ奴等だ!」
全てを聞いたセネムが深刻な表情で眉根を寄せる。ジェシカは憤懣やるかたない様子で拳を握り締めて悪態をつく。
一方でローラはミラーカの話を聞くうちにどんどん顔色が青くなって、未だに信じられないという様子で現実と戦っていた。その後ろではナターシャも僅かに顔を青ざめさせていたのだが、皆ローラの様子を気遣っていてそれには気付かなかった。
「そ、そんな……嘘よ。嘘だと言ってよ、ミラーカ! きっと何か事情が、もしくは洗脳か何かされている――」
「――ローラ、気持ちは解るけど現実を受け入れるのよ。ジョンは私達の敵に回ったわ。あれは演技や洗脳じゃない。彼は本心から私達を憎んでいる。彼は既にシルヴィアやトミー達と同じ存在よ。いえ、最初からそうだったのよ。でもそれに気付かなかった。気付かない振りをしていた。私達は……失敗 したのよ」
「――っ!!」
ローラの身体が一際大きく震える。『エーリアル』によって殺されたジョンを吸血鬼化させる事で救うようにミラーカに頼んだのは、他ならぬ彼女自身だ。だがそれは結局、新たに人に仇なす邪悪な魔物を作り出してしまったに過ぎなかったのだ。
ローラの脳裏にこれまでのジョンとの記憶が甦る。吸血鬼化して上司となってからの彼の姿は全て演技だったとしても、『エーリアル』事件までの……つまり人間 だった頃、ローラの相棒だった頃の彼は間違いなく本物だった。
多少ニヒルに構えた所はあっても根底には熱い心を持った仲間想いの優秀な刑事。ローラが刑事部の新人だった頃も色々と仕事を教わり、相棒になってからも経験豊かな彼に助けられる事は多かった。
そして何より『エーリアル』から身を挺して庇ってくれた事。今ローラやミラーカがこうして生きているのは、あの時彼が身代わりになってくれたお陰だ。
だが……その罪悪感に耐え切れずローラは、彼の尊い死を冒涜 してしまった。きっとこれはその報いなのだ。だから……
「――――ローラッ! 私を見なさいっ!」
「っ!」
後悔と慚愧から自らの殻に閉じこもり掛けたローラだが、その時ミラーカの力強い一喝に意識を引き戻された。
「ミ、ミラーカ……」
「ローラ、これはあなただけの問題じゃない。私の責任でもあるの。例え裏切られても私には彼を作り替えてしまった『親』としての義務 がある。彼がこれ以上人に害を為す前にその義務を果たさなければならない」
「……!」
「ローラ……本物 のジョンは、あの『エーリアル』事件で私達を庇って亡くなったのよ。今私達に牙を剥いているのは……ジョンの姿と記憶を引き継いだだけの邪悪な魔物よ」
「……っ!!」
ミラーカの言葉を聞いているローラの目がどんどん大きく見開かれていき、それに比例して徐々にその顔に生気が戻り始めていた。
「彼の死を冒涜 してしまったと感じるなら、私達の手でそれを終わらせましょう。彼の……本物のジョンの魂を、永遠の闇から解放 するのよ」
「――――」
ここに至ってローラは完全に己を取り戻した。そう。自分達は過ちを犯した。ならばそれを正すのもまた自分達の責務だ。ミラーカの言った『解放』という言葉を強く胸に刻み込む。
ローラは再び人間だった時のジョンとの記憶を思い起こした。
(ジョン……ごめんなさい。そして待っていて。必ず、あなたを人間 として死なせてみせる)
ローラは自らの中に眠る『ローラ』の力を意識し、そう決意していた。
「ミラーカ、ありがとう。もう大丈夫よ。ええ、あなたの言う通りね。私達でジョンの魂を解放し、人として安らかな眠りに就かせましょう。それが……私達の責務よ」
「ローラ……良く決断してくれたわ。もう心配はいらないわね?」
ミラーカの確認にローラは力強く頷いた。
「ええ、本当に大丈夫よ。話を止めてしまって悪かったわ。先に進みましょう」
攫われたヴェロニカや、勿論マリコやカロリーナ達の安否も気に掛かる。いつまでも悲嘆に暮れている暇はない。吹っ切れた彼女は自分のやるべき事を自覚していた。
メイド服姿のシグリッドに案内されてルーファス邸の来客用の寝室に入ったローラは、寝心地の良さそうな高級ベッドに臥床しているミラーカの姿を見て、慌てて側に駆け寄る。彼女の仲間であるジェシカ、セネム、そしてナターシャもその後に続く。
因みに屋敷の主であるルーファスは、この日は新作映画の打ち合わせの為にエージェントや映画会社の人間と会う用事があるらしく、今は屋敷を不在にしていた。
「ローラ……皆も、来てくれたのね。ごめんなさい、こんな事になってしまって……」
ローラ達が来た事で目を覚ましたミラーカがベッドから起き上がって、縁に腰掛ける姿勢になった。
「ミラーカ、大丈夫? 無理しないで寝ていた方が……」
「大丈夫よ、ありがとう。私は吸血鬼よ? 一晩休んで大分回復したわ。ヴェロニカの事も考えたらこれ以上暢気に寝てはいられないわ」
気遣うローラに、ミラーカはかぶりを振って制止する。ヴェロニカの名前にジェシカが無言でギリッと唇を噛み締める。
「そうね……。じゃあ、ミラーカ。早速で悪いけど詳しい話を聞かせてもらえる? 一体昨夜何があったの? あなたとヴェロニカが揃っていながら敗北して、ヴェロニカは捕らわれたって……。私達の方は肝心の怪物がいなくて肩透かしだったのよ」
ミラーカにこれ以上の気遣いがいらないのは事実だろう。ナターシャが早く情報を聞きたくてミラーカを促す。
「そうだな。君がこれ程やられて逃げ帰る事になるとは……。そのシャイターンはそこまで強敵だったのか?」
セネムも疑問を浮かべる。ローラが受けたシグリッドからの電話では、ミラーカが敗北してヴェロニカが捕らわれたという概要のみで、詳しい話はミラーカから直接話すのでルーファス邸に来て欲しいとだけ言われていたのだ。
ミラーカは神妙な……それでいてどこか沈痛な表情となった。
「……今から話す内容は、特にローラ、あなたには受け入れがたい事実を含んでいると思うけど、気を強く持って聞いて欲しいの」
「え?」
名指しされたローラが戸惑うが、ミラーカはそのまま昨夜の一部始終についての話を始めた。
「……【
「エリオットの奴もその一員だったって訳かよ……。ちくしょう! どこまでも汚ねぇ奴等だ!」
全てを聞いたセネムが深刻な表情で眉根を寄せる。ジェシカは憤懣やるかたない様子で拳を握り締めて悪態をつく。
一方でローラはミラーカの話を聞くうちにどんどん顔色が青くなって、未だに信じられないという様子で現実と戦っていた。その後ろではナターシャも僅かに顔を青ざめさせていたのだが、皆ローラの様子を気遣っていてそれには気付かなかった。
「そ、そんな……嘘よ。嘘だと言ってよ、ミラーカ! きっと何か事情が、もしくは洗脳か何かされている――」
「――ローラ、気持ちは解るけど現実を受け入れるのよ。ジョンは私達の敵に回ったわ。あれは演技や洗脳じゃない。彼は本心から私達を憎んでいる。彼は既にシルヴィアやトミー達と同じ存在よ。いえ、最初からそうだったのよ。でもそれに気付かなかった。気付かない振りをしていた。私達は……
「――っ!!」
ローラの身体が一際大きく震える。『エーリアル』によって殺されたジョンを吸血鬼化させる事で救うようにミラーカに頼んだのは、他ならぬ彼女自身だ。だがそれは結局、新たに人に仇なす邪悪な魔物を作り出してしまったに過ぎなかったのだ。
ローラの脳裏にこれまでのジョンとの記憶が甦る。吸血鬼化して上司となってからの彼の姿は全て演技だったとしても、『エーリアル』事件までの……つまり
多少ニヒルに構えた所はあっても根底には熱い心を持った仲間想いの優秀な刑事。ローラが刑事部の新人だった頃も色々と仕事を教わり、相棒になってからも経験豊かな彼に助けられる事は多かった。
そして何より『エーリアル』から身を挺して庇ってくれた事。今ローラやミラーカがこうして生きているのは、あの時彼が身代わりになってくれたお陰だ。
だが……その罪悪感に耐え切れずローラは、彼の尊い死を
「――――ローラッ! 私を見なさいっ!」
「っ!」
後悔と慚愧から自らの殻に閉じこもり掛けたローラだが、その時ミラーカの力強い一喝に意識を引き戻された。
「ミ、ミラーカ……」
「ローラ、これはあなただけの問題じゃない。私の責任でもあるの。例え裏切られても私には彼を作り替えてしまった『親』としての
「……!」
「ローラ……
「……っ!!」
ミラーカの言葉を聞いているローラの目がどんどん大きく見開かれていき、それに比例して徐々にその顔に生気が戻り始めていた。
「彼の死を
「――――」
ここに至ってローラは完全に己を取り戻した。そう。自分達は過ちを犯した。ならばそれを正すのもまた自分達の責務だ。ミラーカの言った『解放』という言葉を強く胸に刻み込む。
ローラは再び人間だった時のジョンとの記憶を思い起こした。
(ジョン……ごめんなさい。そして待っていて。必ず、あなたを
ローラは自らの中に眠る『ローラ』の力を意識し、そう決意していた。
「ミラーカ、ありがとう。もう大丈夫よ。ええ、あなたの言う通りね。私達でジョンの魂を解放し、人として安らかな眠りに就かせましょう。それが……私達の責務よ」
「ローラ……良く決断してくれたわ。もう心配はいらないわね?」
ミラーカの確認にローラは力強く頷いた。
「ええ、本当に大丈夫よ。話を止めてしまって悪かったわ。先に進みましょう」
攫われたヴェロニカや、勿論マリコやカロリーナ達の安否も気に掛かる。いつまでも悲嘆に暮れている暇はない。吹っ切れた彼女は自分のやるべき事を自覚していた。