File5:探査開始

文字数 2,721文字

 善は急げという事でセネム達は早速情報交換を行い、探査を開始した。

「ローラさんは警部補に昇進して、どうやらこの連続失踪事件の捜査を担当する事になったようです。そしてローラさんであれば必ず最終的に『ゲート』の所在まで行き着いてしまいます」

「うむ。そうなる前に我々の手で『ゲート』を見つけ出して消滅させねばならんという訳だな?」

 セネムはモニカの意を汲んで頷いた。魔物の存在を認知しているローラであれば、確かに普通の刑事では考え付かないような手がかりを見つけ、推理を展開して、事件の真相に辿り着いてしまう可能性もあった。

 そしてそうなればまたローラは、魔物の引き起こす厄災の渦中に放り込まれる事になってしまう。彼女の友人としてそれは可能な限り避けたかった。

(それにローラはどうしてか、魔の物を呼び寄せてしまうような不思議な性質がある。今回の件も解決が長引けば、『ゲート』に関連した邪な存在が向こうから彼女の前に現れんとも限らんしな)

 そういう意味でも悠長にしている時間は無かった。幸い表の仕事の方は先程の撮影で一区切り付いたので、それに煩わされる事もない。


 2人は街中を歩きながら邪気の発生源を特定すべく探査を行っていく。セネムは勿論だがモニカも邪気や魔力を探知する技能があるらしく、周囲を警戒する役と邪気を探知してナビゲートする役を適宜交代しながら、街中を漂う邪気を特定して選り分けていく。

 いくつかの『邪気溜まり』と言えるポイントを発見したが、失踪事件の被害現場と被っている場所が多く、既にLAPDの警官や刑事、鑑識の姿などが見られた。

「……やはり流石はローラだな。かなり正確に被害現場を絞り込んできている」

「ええ。このままでは遠からず『ゲート』の存在に行き着いてしまいます。急いだ方が良さそうですね。もう少し集中力を上げて探査の精度を絞りましょう」


 セネム達は警察との接触を極力避けながら、更に探査の精度を上げていく。やがて2人は『死の博物館』と呼ばれるミュージアムの前までやって来ていた。

「ここにかなり強い邪気溜まりを感じるな」
「ええ。建物の中のようですね。どうしましょうか……」

 モニカが髑髏のアートを象った特徴的な正門を眺めて呟く。日中では大勢の来館者やスタッフなどもいて、とても調査どころではないだろう。

「むぅ……あまり気は進まんが、夜間に忍び込む他ないか」

 セネムが難しい顔で唸る。祖国の任務でも必要とあれば不法侵入等の犯罪行為を行う場面は何度もあった。だが好んでしている訳ではない。

「そう……ですね。カメラや警備員は私の方で上手く誤魔化せると思います」

 モニカも同じ気持ちのようで消極的に頷く。あの魔法のような力はかなり汎用性が高いらしく、恐らくそうした幻惑めいた力も使えるのだろう。

 2人が仕方なしに夜間の不法侵入を決めて、この場は一旦引き下がろうとした時……


「あらら……意外な顔ぶれね? あなた達がいるって事は、どうやらここは当たり(・・・)って訳ね。我ながら冴えてたわ」


「……!」
 聞き覚えのある声に振り向くと、通りからこちらに近付いてくる人物がいた。燃えるような赤毛が特徴的な新聞記者ナターシャであった。

「ナターシャ……! そうか、君がいたな……」

 セネムは天を仰いで嘆息した。ナターシャの事件を嗅ぎ分ける嗅覚はある意味ではローラ以上だ。常に何か事件の兆候がないかアンテナを立てている上に、独特の視点と大胆な調査方法で瞬く間に真相に迫ってしまう。

 ここにいるという事は、彼女は恐らく既に今警察が調べている失踪被害の現場で独自に調査を終えて、その結果手がかりがこの『死の博物館』にあると睨んで来たのだろう。

「ただの散策ですと言っても、信じては頂けないでしょうね……」

 モニカも溜息を吐いた。因みに当然というか彼女はナターシャからかなり入念な『取材』を受けたので、既にその人となりは良く理解しているようだった。


「あなた達も例の連続失踪事件を調べているんでしょ? 言っとくけど隠しても無駄よ。この『死の博物館』に何かある事は解ってるの。魔物退治のプロが2人で連れ立ってここにいる時点で他の用件は考えられないわね」

 やはり彼女には既に確信があるようだった。彼女の言う通り下手に誤魔化しても無駄だろう。

「ナターシャ……君の情報網と調査力には脱帽する。だが私達から話せる事は何も……」

「……この世界と魔界を繋ぐ『ゲート』が、この街のどこかに出現しようとしています。私達はその『ゲート』を見つけ出して封印するのが目的です」

「モニカ!?」

 セネムは愕然とした視線を彼女に向ける。だがモニカは諦めた様子で小さく微笑んだ。

「独力でここまで来てしまっているのです。誤魔化しは無駄でしょうし、1人で動かれるよりは私達と一緒の方が彼女の安全の為にも良いかと」

「む……」

 確かにここで無理に突っぱねると、ナターシャは1人で調査を続けて危険に晒される可能性が高い。ローラも以前似たような状況で彼女の随伴を容認せざるを得なかった事があったと聞いた。ここに来てローラの気持ちが解ったセネムであった。

 それにナターシャは戦う力はないものの、立場的には実はセネムと近い物があった。即ちこういった非日常を自分から追い求めて、それを生業にしているという点で。そういう意味ではローラやジェシカ達に比べて巻き込んでしまう(・・・・・・・・)事への罪悪感はまだ少ないと言える。


 一方ナターシャはモニカの言葉に目を丸くしていた。

「は……? ま、魔界ですって? 魔界って……悪魔とかが住んでる、あの魔界の事?」

「ええ、その魔界です。……どの道夜まで待つ必要がありますので、近くの喫茶店にでも行きませんか? そこで詳しい事情をお話します。宜しいですね、セネムさん?」

 モニカに了承を求められると、セネムは渋い顔をしながらも頷いた。

「まあ、君が良いのであれば反対はせん。……だが、ナターシャ。一応予め警告させてもらうが、これはかなりの危険が伴う可能性が高い。いや、正直に言うとどんな危険が待ち構えているのかすら予測がつかん。君の身の安全を100%保証は出来ん。私達の話を聞くなら、それを予め理解しておいてくれ」

「……! 勿論よ。これでもそれなりに修羅場は潜って来てるの。危ないと感じたらすぐに逃げると約束するわ」

 ナターシャからは何を言われても退かないという確固たる意志を感じた。既にその心は先程モニカが漏らした話の内容に向けられているようだ。


 一応の合意を得た3人は、近くの喫茶店に入って夜を待つ事になった。そしてそこでモニカはナターシャにも『ゲート』やそれがもたらす厄災についての説明をするのだった。 
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