File10:トミーの変化

文字数 2,485文字

 非番空けの翌々日。いつも通り出勤したローラだが、一昨日のミラーカとの邂逅の余韻が残り続けていて、心ここに在らずといった有様であった。

 先日急な体調不良で早退したトミーも、すっかり回復したようで何事も無かったかように出勤していた。いや回復したと言うよりも、むしろ以前より元気溌剌とした様子でローラの方がびっくりさせられた。


「トミー? 何だか随分……調子が良さそうね? もう体は良くなったの?」

「ああ、先輩。お早うございます。そうなんですよ。ここ最近酷かった頭痛と肩の凝りがすっかり取れましてね。お陰様で前よりも調子が良くなりましたよ。今ならどんな無茶な捜査にも、喜んでお付き合いさせて頂きますよ」

「そ、そうなの。それは頼もしい限りね」


 常とは違うトミーの様子に戸惑いながらも、まあ調子が良いのはいい事だと、特に深く追求はしなかった。それよりもローラは、ミラーカの事で頭が一杯だったのだ。

 彼女から既に事件の真相について話を聞いていた事もあり、捜査に熱など入りようもなかった。しかし折角犯人像が解っているのだ。ローラは何とかミラーカを間接的でも助けられないかと思案していた。


「……トミー。元気一杯なら早速出掛けるわよ」

「勿論です! 今日は何をしましょうか?」

「ここじゃマズいわ。詳しくは車の中で話す」



****



「それで? 一体何をしようと言うんです?」


 とりあえず車に乗り込んだ2人だが、トミーがそんな風に切り出すのをローラは若干不審に感じた。


「……その前に、あなた私に一昨日の事を聞かないの? 私が『アルラウネ』に行ったのかどうか、そこで何を聞いたのか気にならないの?」

「え? ……あ、ああ、勿論気になりますよ? でも僕からあれこれ聞くのも何ですし、先輩から言ってくれるのを待ってたんですよ」

「……ふぅん。まあいいわ。じゃあ掻い摘んでだけど話しておくわ。いくつか信じられない話があると思うけど、茶々を入れないで最後まで聞きなさい。あのギャング達の事を思い出しながらね」

「わ、解ってますよ。勿体ぶらずに早く教えて下さいよ」


 そうしてローラはトミーに『アルラウネ』でのあらましを伝えた。

 意外な事にトミーは全く茶々を入れたりしなかった。やはり実際にあの人間離れしたギャング達と遭遇していたお陰だろう。ただ奇妙な事に話を聞くに従ってその顔には、驚きよりも険しさの方がより強くなっているように感じられた。 


「……と、まあこんな感じだったのだけど、トミー? どうかしたの? 何か気に障る事があった?」

「……! あ、い、いえ、何でもありませんよ。……それで、先輩はその話を聞いてどうしようって言うんです? まさか警部補にこんな事、報告出来ませんよね? そんな事したら僕らは市警中の笑い者ですよ」

「解ってるわよ。笑い者で済めば良い方だわ。下手したら休職させられて精神科医行きよ。ただでさえ以前の報告書で正気を疑われてるんだから」

「解ってるなら良いですけどね……。でもじゃあどうするんです? やっぱりここは何も聞かなかった事にして……」

「それは出来ないわ。一度知ってしまった以上、目を逸らす事は出来ない。それにこのまま何もしなければ、ミラーカは奴等に殺されてしまうわ。何とか間接的にでも彼女を助けなきゃ」

「……何でそこまでするんです?」

「……え?」


 真剣な口調に思わずトミーの方を見ると、彼は何故か睨むような目でジッとローラの方を注視していた。


「ト、トミー?」

「その……ミラーカが死ぬなり捕まるなりすれば、この連続殺人は収まるんですよね? だったらそれでいいじゃないですか」

「あなた……本気で言ってるの?」

「むしろそう思うのが普通じゃないですか? 八方塞がりな状況なんですから、それなら嵐が過ぎ去るのを大人しく待つ方が賢明ですよ」

「でもそれじゃミラーカが……!」

「だからそこですよ。彼女1人の犠牲で、この街の市民が救われるんです。何故そんなに気に掛けるんです? 彼女は先輩にとって一体何なんですか?」

「……!」
 それは根源的な質問であった。ローラはその質問に対する明確な答えを持っていなかった。自分でも何故彼女の事がこんなにも気に掛かるのか解らなかったのだ。しかしミラーカが死ぬ、という事を考えただけで、胸が張り裂けそうになった。それはもう理屈ではなかった。


「……死ぬと解ってる人を見過ごす事なんて出来ない。無理に賛同しろとは言わないわ。例え捜査から外されても、私は1人で動くわ」


 自分の感情を上手く言葉に出来なかったローラは、結局当たり障りのない言葉でお茶を濁した。トミーは真剣な表情でしばらくローラと睨み合っていたが、やがて視線を外してふぅっと嘆息した。


「……解りましたよ。それが先輩の意思なんですね。まあ正直よく解ってませんが、僕は相棒ですからね。先輩に協力しますよ」

「トミー、ありがとう……」


 ローラもホッと肩の力を抜いた。


「いいですよ。それで助けるって言っても、何か当てはあるんですか? 他の皆の助けを借りる訳には行かないんですよ?」

「わ、解ってるわよ。それを今考えてるんじゃない」


 そう。結局はそれが一番の問題なのだ。真実を言う訳には行かないし、言っても信じて貰えない以上、同僚達の助けは借りられない。独力で動くしかないのだ。だがそれでは出来る事も限られている。


「はぁ……そんな事だろうと思いました。とりあえずその実行犯の……シルヴィアとアンジェリーナでしたっけ? その2人の情報を集める所から始めませんか? 目立つ外見のようですし、もしかしたら見た人がいるかも知れませんよ」

「う……わ、私も今そう言おうと思ってた所よ! さあ、さっさと行くわよ!」


 照れ隠しに視線を前に向けて車を発進させたローラは、その時相棒がどんな顔をしているのか知る由も無かった…… 
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