File24:ノブレス・オブリージュ

文字数 5,509文字

「ハイ、ゾーイ。よく来てくれたわ。悪かったわね、急な連絡で」

 皆が唖然とする中、ナターシャが親し気な様子で手を振る。

「いえ、いいのよ、ナターシャ。あのメネス王の残滓(・・)がいて悪事を働いているとなれば私にも責任がある事だから」 

 ゾーイも彼女に手を挙げて親し気に返答を返す。ローラは呆気に取られて2人を見比べた。

「え……あなた達そんなに親しかったっけ?」

 確かにメネス王の資料の解読作業で協働はしたが、言ってみればそれだけの間柄だったはずだ。ナターシャがやはり少し悪戯っぽい表情になる。

「実は彼女とはあの作業やなんやで意気投合して友達になったのよ。で、アドレスなんかも交換してその後も定期的にやり取りはしていたの。それで今回あなたから『バイツァ・ダスト』に関連した敵がいるかも知れないって話を聞いて、真っ先にゾーイの事を思い出して、メネスの封印が解けたりしていないか確認の連絡を入れていたのよ」

「……!」
 ローラは目を見開いた。ナターシャとゾーイが友達になっていたというのも驚いたが、何よりも何故自分はノースリッジで〈信徒〉に襲われた後すぐに、ゾーイに連絡してメネスの件を確認するという発想に至らなかったのか愕然としてしまったのだ。

 関連する人物の洗い出しと聞き込みは犯罪捜査の基本だというのに。刑事の自分ではなく記者のナターシャの方が、余程基本に忠実に行動していた。


「メネスの封印は私が責任を持って管理しているわ。そして封印が解かれた形跡はない。だからメネスではなく、その側近(・・)である〈従者〉の仕業だと確信してLAに戻ってきたのよ」

 ゾーイが説明を引き継いでいる。ローラは一瞬の動揺から気を取り直して話に集中する。ゾーイはあの事件の後大学助教の職を辞して、単身でインドに渡って地元の小さな大学で再び研究職の仕事に就いたはずだった。

「いや、でも……戻ってきてくれたのはいいんだけどよ……。今回の相手はメネスじゃないんだぜ?」

「そう、ね。それに敵はミイラ男だけじゃない。他にも危険な怪物が大勢いるの。正直あなたに何かできる事があるとは思えないんだけど?」

 ジェシカとミラーカが疑問を呈する。口に出してはいないがローラも同感であった。

 ゾーイはメネスの封印でこそ重要な役割を担ったが、あれは特殊なケースであり、基本的に普通の人間である彼女は戦力とはならないはずだ。ナターシャは何のつもりでゾーイを呼んだのだろうか。ナターシャは解っているという風に頷いた。


「皆の疑問は尤もね。ゾーイ、見せてあげて(・・・・・・)

「ええ」


 ゾーイは短く応えると…………魔力(・・)を発散させた。


「何……!」

 彼女と面識がない為それまで黙っていたセネムが一早く反応して、ゾーイに警戒したような視線を向ける。遅れてローラやミラーカ達も異常に気付いた。

 彼女らが驚愕して見つめる先で、ゾーイは掌を上にして両手を身体の前に掲げた。すると……

「こ、これは……砂!?」


 何と彼女の掌の上に、どこからともなく大量の砂の塊が渦を巻いて集まり出したのだ!


 そしてその砂の渦は更に寄り集まって、一つの細長い物体を形成していく。先の尖った円錐状のそれは、まるで短めの槍のようにも見えて……

「そこの窓を開けて」
「……!」

 ゾーイの目線と言葉にシグリッドが素早く反応して、外に繋がる大きな窓を全開にした。ローラ達は何となくその窓から身を離す。

 ゾーイが開いた窓に向けて手を翳すと、その砂の槍(・・・)は恐ろしい速度で射出されて、庭に聳え立っていた大きな木の幹に衝突した。

 木の幹はかなりの太さがあり、ミラーカですら恐らく戦闘形態にならなければ一刀両断とはいかないはずだ。その太い木の幹を……『砂の槍』は巨大な穴を穿ちつつあっさりと貫通した!

 幹を貫通した槍は、すぐさま形を失ってその場で消滅する。しかしローラ達は全員その瞬間を見てしまった。いや、今も幹に穿たれたままの巨大な穴を見ればその威力は一目瞭然だ。



「ゾ、ゾーイ……今のは……?」

 誰もが唖然として言葉も無かったが、一行を代表してローラが質問する。

「……それが私にもよく分からないの。メネスを封印して半年ほど経った頃、私は自分の中に宿っていたこの『力』を自覚したの。ほんの一部だけど、メネスの力を使えるようになったのよ。ナターシャが言うには、奴を封印した際に何らかの『相互作用』があったんじゃないかという事だったけど……」

「な……メ、メネスの力を……?」

 ローラの声が引き攣る。ナターシャが補足する。彼女は個人的にゾーイと会う中でこの事を知ったのだろう。或いはゾーイの方から相談されたのかも知れない。

「勿論メネスみたいに身体を砂にする事は出来ないし彼女自身は人間のままよ。〈信徒〉も作れない。あくまで砂を操る力が使えるようになっただけ。他にも鞭にしたり盾にしたりと、ある程度自在に操る事が出来るようよ」

 それでも充分凄い事だ。身体は人間のままという事であれば、ローラやヴェロニカと同じ『後衛型』に分類される。ヴェロニカが抜けている現在、その穴を埋めるには確かに最適と言える。だが……


「あー……ゾーイ? あなた今、インドに住んでいるんだっけ?」

「ええ、そうだけど。それが何?」

 ゾーイがきょとんとした表情で聞き返す。この様子ならまだ自覚(・・)はしていないらしい。だがこの先いつ自覚してもおかしくないので、もうこの時点で釘を刺して(・・・・・)おいた方がいいだろう。

「ナターシャから事情を聞いた上で協力してくれるというなら、喜んで力を貸してもらうわ。でも……この件を無事解決できたら、その時はあなたにまたLAに戻ってきて欲しいの。仕事なら私達が必ず世話するから」

「え、どうしたの、急に?」

 彼女はローラが何を言いたいのか解らず戸惑う。だがミラーカも、そしてナターシャも、いや、ジェシカやセネムも含めて今のゾーイの力を目の当たりにした全員が、ローラの言いたい事を察した。

 ナターシャがバツが悪そうに頭を掻いた。

「ああ、そういう事ね。ごめんなさい、そこまで頭が回らなかったわ。やっぱり特に、本職の警察官(・・・)としては心配になるわよね」

「ナターシャ?」

 ゾーイが目線で彼女に問い掛ける。ナターシャは真剣な表情でゾーイに向き直った。


「ゾーイ、あなたのその『力』は……簡単に人を殺せる(・・・・・)、それでいて法では裁けない(・・・・・・・)力だという自覚はある?」


「――――っ!!?」

 ゾーイが目を見開いて硬直した。どうやら思ってもみなかったらしい。今ここでそれを指摘するのは藪蛇という物だが、彼女がインドに帰ってから何かの拍子でそれを自覚するというケースに比べたら100倍マシだ。

 今は捕らわれているがヴェロニカにも同じ条件が当てはまる。だが彼女はローラ達と近しく監視や教育は行き届いており、また超常の力を悪用する怪物達を間近で見てきた事もあって、しっかりと自制が出来ている。

 力を持つ者にはそれ相応の義務(・・)が伴わねばならない。それこそが自分達と【悪徳郷】の怪物達を隔てる物なのだ。

 しかしヴェロニカと違ってつい最近超常の力を得たゾーイは、ある意味で非常に危なっかしい存在とも言える。しかもローラは知っているが、ゾーイは野心が強くお世辞にも聖人君子とは言えない性格だ。

 ローラだけでなくミラーカやセネム達もいるこのLAで、しばらくは『監視』する必要がある。それにアメリカ国内にいれば、クレア達のようなFBIの超常犯罪対策部の監視網にも入る事になるから多少安心だ。


「この条件が呑めるなら、私達はあなたを仲間として受け入れるわ。でもそれが出来ないのなら……この能力を悪用する意思があると見做させてもらう」

「……っ! し、しないわよ、勿論! そんな事、あなた達に言われるまで考えても見なかったし……! べ、別にLAに戻れるって言うなら戻るのは吝かじゃないわよ?」

 ローラの厳しい視線を受けてゾーイは慌てて首を縦に振った。とりあえずその言葉や態度は嘘ではなさそうだ。ローラはホッと肩の力を抜いた。

「ふぅ……オーケー、ゾーイ。昔の誼であなたを信じる。でもあなたも理解して欲しいの。それは使いようによっては非常に危険(・・)な力だという事を……」

「わ、解ったわ、気をつける。本当に……」

 ゾーイは緊張した表情で頷く。これだけ釘を刺しておけばとりあえずは大丈夫だろう。ローラは彼女に手を差し出した。

「そういう事ならあなたを歓迎するわ、ゾーイ。私達に協力してくれてありがとう。これから宜しくね?」

「え、ええ、改めてこちらこそ宜しく」

 ローラは旧友と強く握手を交わした。ミラーカやジェシカとも握手を交わし、セネムやシグリッドら初対面の相手とは互いに自己紹介してもらう。その後にローラ達が現在敵対している【悪徳郷(カコトピア)】についても改めて説明しておいた。



「……とりあえずこれで6人揃ったわね。まあまだ奴等の方が1人多いけど、大分戦力差を埋める事は出来たはずよ」

 埋める事は出来たがまだ完全ではない。しかも敵は霊鬼(ジャーン)や〈信徒〉といった兵力(・・)を動員できるという強みがある。ジョンも敵対を隠す必要がなくなったので、グールを作り出してくるかも知れない。更にナターシャによると『子供』や動物実験体群なども加わっている可能性があるという。

 雑魚とはいえ数が揃えばそれなりに面倒だし、何よりカコトピアの面々と戦っている最中に加勢されて横槍を入れられると厄介だ。当然ニックならそのような使い方をしてくる可能性も充分考えられる。

「その辺も考えると……やはり最低でも奴等と同じ頭数は欲しい所ね」

 実際にカコトピアと矛を交えたミラーカの意見には説得力がある。セネムが腕を組んで同意する。

「そうだな。ヴェロニカがここにいてくれれば頭数の問題は解決しただろうがな……」

 だが彼女は残念ながらここにはいない。敵はそれも見越して彼女を拉致したのだろうか。ヴェロニカの安否も含めて、また一同が暗い雰囲気になり掛けた時、ナターシャが再び挙手した。


「あの……私が奴等の所に潜入(・・)して、何とかヴェロニカを助けられないかやってみるわ。上手く助けられれば、あなた達とは現地で合流という形で戦いに加わってもらう事が出来るかも知れないし」

「ナ、ナターシャ? 潜入って……本気で言ってるの!? 危険すぎるわ!」

 一体何を言い出すのかと、ローラは驚いて彼女を見やった。だがナターシャの意思は固いようだった。

「奴等は私に対しては一切警戒していないし脅威も感じていない。クリスとの事もあるし……恐らく積極的に殺そうとまではしてこないはず。人質って意味では、どうせ既にマリコやカロリーナ達が囚われている状況なんだし今更でしょう? むしろこれが上手く行けば彼女達も人質から解放できるかも知れないし」

「そ、それは……でも……」

 確かに彼女の言う通りではある。しかしやはり危険過ぎる。ローラが躊躇っていると、ナターシャは更に詰め寄ってくる。

「お願いよ、ローラ。クリスに騙されてあなた達に隠し事をしていた償いをさせて欲しいの。それに戦う力はないけど、私だって皆の仲間のつもりよ。皆が死闘に赴くと解っていながら、ただそれを見送るしか出来ないのはもう沢山なのよ! 私もこの街を守る為に戦うわ!」

「……!」

 それはナターシャの心からの叫びであったかも知れない。メネスとの戦いでも市庁舎の戦いでも、彼女は常に『見送る立場』だった。勿論裏方として立派に貢献してくれていたのだが、本人としてはやはり忸怩たる思いがあっただろう事は想像に難くない。


「……その気持ちはありがたく受け取りたい所だけど、現実問題としてどうやって潜入するの? いくら警戒されていないとは言っても、正面から近付けばニックには見破られるわよ?」

 決断しきれなかったローラに代わってミラーカが質問する。ナターシャは我が意を得たりとばかりに頷いた。

「勿論ちゃんと考えはあるわ。必ず奴等の懐に潜入してみせる。だからお願い。私も皆と一緒に戦わせて」

「ナターシャ……。解ったわ。ヴェロニカを助け出せるとしたら、確かにあなたが一番可能性が高いだろうし。でも約束して? あなた自身が言ったように、あなたは私達の大切な仲間よ。もし危険だと判断したら絶対に無理はしないって」

 ナターシャの熱意に押されたローラがついに折れた。それに確かにヴェロニカの解放は、奴等との戦いに勝利する上でも重要な意味を持つのは間違いないのだ。

「ローラ……ありがとう! 勿論約束するわ。その上で必ずヴェロニカを解放してみせる。私に任せて頂戴」

 意気込んだナターシャが宣言した。許可をもらった彼女は『潜入工作』の為に、勇んで出陣(・・)していった。


 残ったローラ達6人は敵からの『招待』に備えて、作戦を立てたりお互いの能力を確認し合ったりと、決戦の準備を整えつつ過ごす事となった。

 過酷な生存競争(・・・・)の時は着実に迫っていた……
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