File4:次なる一手

文字数 3,159文字

 本来ならすぐにでも病院に聞き込みに向かいたかったが、『ディープ・ワン』はロサンゼルス市警の管轄ではない為、当然だが要請もないのに勝手に捜査する訳には行かない。『ディープ・ワン』の正体がダリオだと証明できれば話も違ってくるだろうが、色々な意味でそれは不可能だろう。

 とりあえずここはクレアの調査結果を待つしかない。ローラはままならない自分の身の上をもどかしく思った。

 それにローラ自身、暇という訳ではない。大都市ロサンゼルスでは今までローラが関わってきたような超常犯罪程ではなくとも、殺人を含む凶悪犯罪が日常茶飯事だ。それらの捜査や時には犯人の確保などに忙しい日々を送っており、管轄外の事件に首を突っ込ませてもらう余裕などそうそうなかった。

 一度、現相棒のジョンと張り込み捜査中にダリオの話が出た。ジョンはある程度の事情を理解している立場なので、まだ確証がある訳ではないので断言は出来ないけど、と前置きした上で、手がかりを掴んだので個人的に調査しているとだけ伝えておいた。なのでまだ皆には黙っていて欲しいとも。

 ジョンはそれだけである程度察したらしく神妙に頷いて、何か力になれる事があればいつでも呼んでくれと言ってくれた。

 結局クレアの報告を聞く事が出来たのは、一週間ほど空いた次の非番の日であった。その一週間の間にロングビーチでは新たに『ディープ・ワン』による被害者が出ていた……


****


「まだ若いカップルよ。『ディープ・ワン』の事を信じなかったか、或いは自分達だけは大丈夫と言う根拠のない自信に溢れていたか……まあ、特に十代の若者にはよくある事とも言えるけど」

 前回と同じ喫茶店でクレアと待ち合わせたローラは、クレアからの「報告」を聞いていた。

「カップル……。と言う事は一度に2人も……?」

「ええ、状況的にはライフガードの時と同じようね。彼女の方が最初に襲われて喰われ、それを助けようとしたと思われる彼氏の方は窒息死していた。どうやら『ディープ・ワン』はそこまで大食いという訳じゃなさそうね」

 尤もそれは何の慰めにもならない事ではあったが。それよりもローラは別の事が気になった。

「窒息死……。今回のカップルは解らないけど、海に慣れたライフガードがただ溺れて水死するというのは不自然よね」

「そう、私もそこが気になった。なのでスコットの遺体をもう一度よく検死するように依頼したの。目立った外傷が無いから、当時はただの溺死として扱われて検死がおざなりだったのよ。そしたら……ビンゴだったわ」


 クレアが一枚の写真をテーブルに置いてローラに見せる。そこにはステンレスのトレーの上に置かれた……非常に細長い針のような物が写っていた。


「これは?」

「スコットの右脚の部分に刺さっていたのよ。長さは5インチ程。かなり細くて、初回のおざなりな検死で見逃されたのも頷けるわ」

 溺死したライフガード。その足に刺さっていた針……

「……今回のカップルの彼氏には?」

「勿論最優先で調べさせたわ。当たりよ。彼氏の方にも場所は違ったけど同じ針が刺さっているのを見つけたわ」

「つまり、この針は……」

「まあ、『毒針』って事になるのかしらね」

「……!」

「素材は勿論金属ではなくて、何らかの生体素材……。検視官の見解では一番近いのは、海栗(うに)の毒針だそうよ」

「う、海栗……?」

 海栗というと身体中に棘が生えたボール状の姿が思い浮かぶ。一部の国では食用として重宝されているらしい。生憎ローラは食べた事は無かったが。

「まあ近いというだけで、そっくりそのものという訳では勿論ないけど。……正体不明の生体毒針を使って人間を窒息死させる。果たして「人間」の殺人鬼に可能な事かしらね?」

「…………」


 更にクレアは別の何枚かの写真を置いた。原型を留めない程の「破壊」された、人間と思しき残骸が写っていた。


「加えて「食べられた」と思しき遺体も、検死によってその傷が人間の物ではあり得ない事が裏付けられたわ。小型のサメ類の牙による傷が最も近い形状だそうよ。極めつけは海洋生物ではあり得ない『かぎ爪』で引き裂いたと思しき傷痕がある事……。状況証拠の裏付けとしては充分よね?」

「そう、ね……。ありがとう、クレア」

 確かに充分だ。これで確定した。『ディープ・ワン』は人間ではあり得ない、狂暴な海洋生物の特徴を持った人外の怪物である、という事実が。


「それでどうするの? これらの事実はまだ世間には公表されてないけど、ロングビーチ市警の……特に上層部では、これが尋常な人間の仕業ではないという事が周知されつつあるわ。向こうの本部長は『ディープ・ワン』を持て余し始めている様子だったわ」

 ロングビーチ市はロサンゼルスに比べてそれ程多くの凶悪犯罪が起きる訳ではない。全国的にも注目度の高い連続殺人鬼の捜査に対してプレッシャーを感じているのだろう。

 しかも海水浴場を主な観光資源としているロングビーチ市にとって、『ディープ・ワン』は最悪の存在のはずだ。一刻も早い事件の解決を市からせっつかれているのは容易に想像できる。

 さりとてFBIに丸投げしてしまえば、世間から市警の存在意義を問われる。本部長からすれば自分の進退にも関わってくる話なのだろう。


「……クレア。さりげなく向こうの本部長に『ディープ・ワン』の正体が、ウチの刑事かも知れないという話を伝えてみてくれない? 根拠に関しては以前私があなたに言った事をそのまま伝えてくれて構わないから」

「……! なるほど。向こうの本部長を通して、強引に管轄を拡大させようって腹ね?」

 ローラは頷く。とにかく今のままでは『ディープ・ワン』に関して、何ら能動的な行動が取れない。まずは捜査が出来るようにならなければ何も始まらない。

「ええ。そんな話が出回ったらウチにとっては致命的な醜聞だわ。ドレイク本部長は絶対、火消しに躍起になるはず……」

「そして一刻も早い事件の解決と証拠のもみ消しの為に、ロングビーチ市警の要請を必ず受諾するって訳ね。……あなたって結構策士だったのねぇ」

「マイヤーズ警部補の一件があるから……」

「あ……」

 クレアがハッとしたように口を噤む。『ルーガルー』の正体がマイヤーズであった事は上層部によってもみ消され、うやむやのまま事件は終息した。実際に被害が収束した事もあり、一時陰謀論やUMA説など様々な噂が立ち昇ったが、やがて世間は徐々に事件を忘れていった。警察の思惑通りという訳だ。

 ローラもある意味では隠蔽に加担した立場である為、表立って警察の対応を非難は出来なかった。尤もそれは別に警察の面子の為でも何でもなく、人外の怪物の事が世間に知れ渡るのを危惧した故であった。また自らにも人外の血が流れるジェシカを(おもんぱか)ったというのもある。

 だが上がそういう対応を取ったという事は事実なので、それなら今回の『ディープ・ワン』の件でも必ず同じように動くはずだと思ったのである。


「おほん! ……その件に関しては承ったわ。恐らく近日中に結果が出るはずよ」

「宜しく頼むわ。これ以上『ディープ・ワン』の被害が増える前に片を付けなければ……」

 ローラの言葉にクレアも頷いた。流石にこれだけ事件が続けば海辺に近寄る者も減るだろうが、何があるかは予測できない。絶対とは言い切れない以上、一刻も早い事件の解決が望まれる。


(ダリオ……一体あなたに何があったの? 必ず突き止めてみせるわ)


 ローラはそう固く決意するのであった。
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