File2:愛しき人

文字数 2,339文字

 検死局を辞した2人は、マイヤーズのオフィスで判明した事の報告をしていた。色々と不可解な事も多い為、とりあえずオフィスのドアを閉めてブラインドも降ろしてある。


「オオカミの牙に、『手』、か……」


 2人から報告を受けたマイヤーズは、難しい顔をしながら考え込んでいる。人間大の大きさ、オオカミの牙、凶悪な鉤爪、そして物を掴む『手』……。それらの事実から導き出される結論は、実はローラの頭の中にずっと思い浮んでいた。だが余りにも荒唐無稽に思えた為に、口に出すのが憚られたのだ。

 それはダリオも同じだったらしく、奥歯に物が挟まったような口調で話し出す。


「警部補……。俺が思い浮かべた結論をここでぶちまけても構いませんかね?」

「……いいだろう。言ってみろ」

「馬鹿馬鹿しいと思ったらすぐに笑って下さいよ? 犯人はもしかして、狼男……なんて事はないですよね……?」

「…………」


 誰も……ローラもマイヤーズも笑わなかった。ローラも同じ結論に達していたのだ。

 どれだけ証拠が揃っていても、普通ならまず正気を疑われる話だ。だが、ここにいる3人はいずれも、人ならざる者(・・・・・・)に遭遇した経験がある。吸血鬼が現実にいたのだ。ならば狼男がいないなどと、どうして言えようか?


「くそ……! 吸血鬼の次は狼男だと!? この街は一体どうなってしまったんだ! 今度は何だ!? 半魚人か、それともミイラ男か!?」


 マイヤーズがデスクに拳を叩き付けて悪態を吐く。普段冷静な彼にしては珍しい態度だ。だがその気持ちはローラにも良く解った。立て続けに起きる異形の怪物による犯罪。これは果たして偶然なのだろうか。そこまで考えてローラは首を振る。


(馬鹿馬鹿しい……。偶然じゃなきゃ何だって言うのよ? それこそ荒唐無稽だわ)

「それで、警部補。どうしましょう? 他の捜査員には……」


 ローラの問いに今度はマイヤーズが首を横に振る。


「勿論これはここだけの話だ。確たる証拠……つまりは写真でも動画でも、そういった物が無ければ他の者を納得させる事は出来まい。下手に扱えば私自身も警部から叱責された上で解任だろうな」


 それは『サッカー』事件の時にローラも感じたジレンマだった。すぐそこに迫っている脅威を認識しながら、それを訴える術を持たないのだ。


「とりあえずは通常の捜査を続けるしかあるまい。ただ裏で何か別の『痕跡』を発見したら、すぐに私に報せるんだ。いいな?」


 マイヤーズの念押しにローラとダリオは神妙に頷いた。


「よし、お前達は4人目の被害者エレン・マコーミックの夫に聞き込みをしてくれ。もしエレンを狙って襲ったのであれば、何らかの接点を持っていた人物の可能性もあるからな」

「わかりました」


 そう言って立ち上がりかけたローラ達を見てマイヤーズが苦笑する。


「おいおい、今すぐ行きそうな勢いだな。今日は検死にも立ち会って貰ったりで疲れているだろう。構わないから今日は休んで、明日向かってくれ。明日は日曜だからアーロンも家にいるだろうしな」

「あ……そ、そうですね。それではお言葉に甘えさせて頂きます。今日はこれで失礼しますね」


 ローラはそう言って頭を下げる。確かに疲れているのもあったし、今日はもうじき夕暮れの時間帯だ。遅くに出掛けると碌な事が無いのは実体験済みなので、今回は素直にマイヤーズの言葉に従っておく。マイヤーズが頷く。


「ああ、それでは明日から頼むぞ」 


 その言葉を背にローラは捜査本部を辞したのだった。



****



「ふぅ……、狼男、か……」


 家に着くとローラは手早く夕食を済ませて、ソファに身を沈めながら物思いに耽った。因みに以前グール達に荒らされた部屋は最近ようやく元通りに片付けが済んだ所だ。割れた窓や壁の銃痕などについて大家から散々嫌味を言われたのは余談だ。

 ローラはこの部屋の破壊の原因……つまりグール達と死闘を演じたという1人の女を思い浮かべた。


(ミラーカ……。あなたは今どこにいて、何をしているの?)


 ヴラドの灰を収めた『器』を今度こそ誰にも見つからない場所に封印する為に、行き先も告げずに旅立った黒髪の美女。必ず戻ってくると言い残して旅立ってからもう一月程になる。いや、まだ一月しか経っていないと言うべきか。

 何だかもう何年も顔を見ていないかのような感覚に陥っていた。それだけ濃い体験を共に乗り越えてきた。

 会いたい。

 今再び謎の怪物が跋扈している現状に対する不安も手伝って、ローラは無性にミラーカに会いたくなっていた。あの妖艶な微笑みを見たい。綺麗な声を聞きたい。あのたおやかな腕に抱かれたい。そうすれば自分は安心できる。

 彼女と一緒ならどんな事態も乗り越えられる。そんな不思議な安心感があった。


「ん……」


 ミラーカの事を思い浮かべていたら、ローラの中で昂ってくるものがあった。身体の芯から妖しい快感が湧き上がってくる。その衝動に逆らう事なくローラは下着の中に手を差し入れる。


「あ……あ……ミ、ミラーカ……!」


 そして自らの指で敏感な部分をこねくり回しながら、より快感を昂らせていく。こうなるともう止まらない。

 ローラは我を忘れて自らの妄想に没頭した。もう片方の手で自分の乳房を揉みしだく。今ローラの頭の中ではミラーカとの濃密な情事が展開されていた。


「あぁ……! ミラーカ! ミラーカァァァッ……!」


 意識が飛びそうになる程の快感と共に、ローラは何度も絶頂し続けるのであった……
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