File30:終極

文字数 4,729文字

「終わった……みたいね」

 ローラがミラーカに肩を貸しながらナターシャ達の所へ戻ってくると、丁度ジェシカとヴェロニカもそれぞれ相手にしていた『子供』を打倒した所であった。

「ふふ……やっぱり頼りになる子達ね」

 ミラーカが嬉しそうに笑う。


 実際には2人共かなりギリギリの戦いだったようだ。だが何とか生き残る事が出来た。ローラはホッと一息吐いた。ミラーカを大きな木の幹にもたれ掛けさせると、ナターシャ達の元に駆けつけた。 

「ナターシャ! アンドレア! 2人共怪我はない!?」

 人知を超えた戦いに呆然としていた2人だが、ローラの呼びかける声にハッとして振り向く。

「ロ、ローラ……え、ええ……私達は大丈夫よ。皆のお陰でね……」

 ナターシャの表情と声は暗い。

「ごめんなさい、ローラ。あんな大きな事を言っておいて、実際には役に立たない所か皆の足を引っ張る結果になっちゃって……私……」

「いや、私だってこの場では大して役に立ってないわよ。というかそこは仕方ないんじゃない? 誰もがミラーカ達のような力を持っている訳じゃないんだし、そこで恥じたりする必要はないと思うわよ?」

「……!」

「それに役に立つ立たないで言うんなら、あなたは様々な情報を提供してくれたって意味では、他の誰よりも役に立ってたでしょう? あなたがラムジェン社の情報を教えてくれなかったら、そもそも私達はスタートラインにすら立てなかった訳だし。強い力がある事だけが全てじゃないわ」

「ローラ……」

 暗かったナターシャの瞳に光が戻り始める。ローラはクスッと笑う。

「でもちょっと安心したかも」

「え?」

「暗い顔をしてたのは、てっきり今の戦いを見ていて怖くなっちゃったのかと思っていたから。役に立てなかったなんて悩むくらいだから、その心配は無いと思ってもいいのよね?」

「え……あ、そ、そうね。確かに驚いたけど……不思議と怖くは無かったわ。何でかしら……?」

 きっとジェシカ達とは既に色々行動を共にして仲間意識が出来ていたのだろう。それが功を奏したという訳だ。


 一方でまだそこまでの信頼関係を築けていないアンドレアは、未だに青白い顔をして震えていた。

「ギ、ギブソン刑事……。い、一体彼女達は何なの? それにあの黒髪の女性は……随分親しそうだけど、私の目の錯覚でなければ、あの女性も空を飛んでたわよね……?」

 そう言えば、そもそも彼女はミラーカとは面識すら無かったのだ。驚くなという方が無理な話だろう。ローラは戦闘の巻き添えを食って死んだ男達の死体から手錠の鍵を探し当てると、2人の手錠を外す。

「驚くのも無理はないけど、彼女達は全員味方よ。そしてあなたの言う通り、彼女……ミラーカとはとても親しい間柄なの。だから彼女達があなたに危害を加える事は決してないから安心して」

「…………」

 自由になった手首を擦りながらミラーカの方を凝視するアンドレア。ミラーカは木にもたれ掛かった姿勢のまま、ニッコリと微笑んで手を上げて挨拶した。

「さあ、皆怪我してるし、一旦教会に戻りましょう。皆の詳しい素性に関してはそこで説明するわ」

 ローラはそう言ってアンドレアを促すが、結論から言えば彼女にその説明をする機会は永遠(・・)に訪れなかった。


 ――ギィエェェェェェェェッ!!!


「……ッ!」
 その叫び声を聞いた全員が身体を強張らせる。

「く……。まだ生き残りが……!?」

 ローラは慌てて銃を構えて周囲を窺う。そう言えば逃げたダンカンを追っていった『子供』がいたはずだ。そいつが戻ってきたのだろうか。だが……


「ローラ……どうやら……お出まし(・・・・)のようね」
「え…………っ!?」


 ミラーカが刀を杖代わりに苦し気に立ち上がる。ジェシカとヴェロニカも弱弱しく上を見上げる。彼女らの視線を追ってやはり上空を見上げたローラは……そしてナターシャとアンドレアも一様に絶句してしまう。


 ――月明りも遮る、見る者を圧倒する巨大なシルエット。それはローラに、まだ記憶も新しい悪夢を呼び起こさせる。


「エ、『エーリアル』……」


 その呆然とした呟きに、初見であるナターシャ、ジェシカ、ヴェロニカの3人が顔を青ざめさせる。

「あ……あ……う、嘘だろ……こんな……」
「こ、これは……確かに……」

 ジェシカ達が絶望に呻く。ミラーカと同じく人外の力を振るう彼女達だからこそ、その強大さを肌で実感できるのであろう。

 ミラーカも歯噛みしながらその姿を睨み上げている。心なしかその美貌が引き攣っているようにも見える。それも当然だろう。直近で殺されかけた相手なのだ。トラウマになっていたとしても不思議ではない。

 ましてや今のミラーカ達は直前までの戦闘で満身創痍なのだ。『子供』の1体が相手だったとしても相当に厳しいはずだ。それがよりにもよって、真打『エーリアル』本体である。状況は絶望以外の何物でもなかった。


「…………」

 『エーリアル』は地面に降り立つと、『子供』達の死体に視線をやった。そしてその瞳を憤怒と殺意に燃え立たせる。その身体から発せられる圧力が一気に増した。

「……っ!」

 それは人外ではないローラ達でさえ感じ取れる程の圧倒的なプレッシャーであった。いつぞやのゴルフ場で『ルーガルー』の咆哮をまともに浴びた時の事を思い出した。


 自分達はここで死ぬのだ――。それを理屈ではなく、本能で理解させられた。


 そしてそれは現実問題でもあった。抗う手段は最早何一つない。ただ嬲り殺しにされるのみだ。ローラの持っているハンドガンなど豆鉄砲以下であろう。

(……ん? 私が持ってる(・・・・・・)……?)

 ローラはそこで何か重要な事を見落としている事に気付いた。それが何であったのか。ローラよりも先に思い出した人物がいた。

 地面を蹴る音と共に、まるでローラに体当たりをするように接近した……アンドレアが、ローラの服のポケットから何か(・・)を奪い取る。

「ア、アンドレア、何を…………あっ!?」

 彼女がローラから奪い取った物……それは太い注射器(・・・)であった。その瞬間、ローラは全て思い出した。

「ま、待って、アンドレア。何をする気!?」

「……これは私達の罪。これを生み出してしまった私達にはケジメを付ける義務があるの」

「……! だ、駄目、危険よ! 何か他の手を……」

 アンドレアはかぶりを振る。ローラの方を振り返った彼女は、どこか清々しい表情をしていた。

「ありがとう、ローラ。こんな罪深い私を心配してくれて。でも他に方法はないわ。……あなた達の行く末に幸あらん事を」

「アンドレア……!」


 それきり彼女はローラの呼びかけにも応えず、ただ真っ直ぐに『エーリアル』を見据えた。そして両手を広げて歩いて近付いていく。

「……久しぶりね、坊や。あなたのお母さんよ。もっと『子供』を作りたいんでしょう? 私が協力するわ。さあ、私を連れて行って」

 『エーリアル』は無防備に近付いてくる女性の姿に訝しげな様子となるが、本能が勝ったのかアンドレアを捕獲せんとその胴体を鷲掴みにする。

 そしてその真意を測る為か、自らの鼻先までアンドレアを引き寄せ観察する。人間とは異なる恐ろしい双眸に射抜かれた彼女はしかし、全く怯む事なく右手に持っていた注射器を勢い良く『エーリアル』の首筋に打ち込んだ!


「ギッ!? ギィエエェェェェェェェェェッ!!!」


 その瞬間『エーリアル』の目がカッと見開かれ、凄まじい苦悶の叫び声を上げた。


「किसामा! नानिओशिता!?」


 『エーリアル』の口から初めて言語らしき物が漏れ出た。この怪物は言葉を喋れたのだ。アンドレアに何か騙し討ちをされた事を悟った『エーリアル』は、怒りに任せて鷲掴みにしていた彼女の胴体を、その巨大な爪で引き千切った!


「アンドレアッーーーーーー!!!」


 ローラは力の限りに絶叫する。ナターシャやヴェロニカも口元を抑えて悲鳴を押し殺す。


 アンドレアの上半身と下半身は泣き別れとなって、それぞれ左右に弾け飛んだ。血や臓物が盛大に飛び散る。

 ミラーカとジェシカは身構えるが、『エーリアル』が怒りと共に突っ込んでくる様子はない。奴は自らの喉や頭を掻きむしるように苦悶し始めた。

「ギッ! ゲェッ!! ギェェェッ!!!」

 そしてその鳥の嘴から泡のような物を吐き出し、目や(恐らく)耳に当たる部分からも血が噴き出す。


「グゲエェェェェェェェッーーーーー!!!!」


 そして一際大きく叫んだかと思うと、その身体が粉々に爆散した!

 血や肉片や羽毛の欠片などが撒き散らされる。ローラ達は皆、思わず顔を逸らし自らを庇うように腕を翳しながら屈み込んだ。


 ローラ達が再び顔を上げた時には、『エーリアル』の巨体は影も形も無くなっていた。ただ地面や木々に付着した残骸(・・)が、その痕跡を示すのみであった。

「う……お、終わった……のか?」

 ジェシカが呆然と、誰にともなく呟く。今ひとつ実感は湧かなかったが、『エーリアル』は確かに死んだようだ。

 ロサンゼルスを恐怖に陥れてきた空からの悪夢は、たった今終わりを告げたのだ。そう、1人の人物の犠牲によって……

「……ッ! アンドレア……!」

 ローラは急いで、アンドレアの上半身(・・・)が投げ捨てられた場所へ駆け付けた。そこには無残な姿となったアンドレアの身体が転がっていた。

「ミ、ミラーカ……」

 ローラは縋るような目で付いてきたミラーカを見上げるが、彼女は悲しげに首を横に振った。如何に吸血鬼と言えども、既に死んでしまった者を甦らせる事は出来ない。

「…………」

 ローラは黙ってアンドレアに視線を戻した。ナターシャやヴェロニカ、それに裸のままのジェシカもやって来て、皆で黙祷を捧げた。


 ――アンドレアの死に顔は苦し気ではなく、むしろ全ての重荷から解放されたような晴れやかで穏やかな表情をしていた…………


****


 後日、LAタイムズの記者ナターシャ・イリエンコフによって、バイオテクノロジー企業・ラムジェン社の隠蔽してきた犯罪行為が白日の下に晒される事となった。

 ナターシャは教会でのアンドレアの告白をボイスレコーダーで録音していた。そして動かぬ証拠を突きつける事で新聞社の上層部に直訴し、遂に記事にする事を了承させたのであった。

 世間の反響は大きく、『エーリアル』事件の元凶ともなったラムジェン社は連日のようにマスコミのバッシングを受け、またCEO始め、隠蔽に関わった役員や株主らが一斉に検挙され、最終的には社そのものが解体の憂き目に合う事となった。

 アンドレア・パーカーは、その死後も悲劇の連鎖を防ぐ事に一役買い、自らの責務を全うしたのである。



 そして『エーリアル』が死に安全が確認された事で、エンジェルス国立公園の大規模捜索が実施された。とある山の中腹で『エーリアル』の巣と思われる場所を発見。

 誘拐された女性たちは残念ながらその多くが帰らぬ人となっていたが、比較的新しい(・・・)被害者達は一命を取り留め、身体と心の治療を受ける事となった。


 『エーリアル』事件はここに真の意味での終息を迎えたのであった…………
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