File2:ジェシカとの再会
文字数 3,832文字
クレアと別れたローラは、その足でウォーレンの教会に立ち寄った。クレアの調査次第ではあるが、恐らくは自分の推測が裏付けられる事になるという確信があった。そうなればその先は……辛い選択を迫られる可能性が高い。自分1人で抱え込んでいたくなかった。
時刻は昼を回っており、既にミサも終わっているはずだ。教会の前に車を停め門を潜ると、神父の姿はすぐに見つかった。が、どうも先客がいたようだ。そしてその『先客』はよく見ると ローラが見知っている人物であった。
「え……あなた……ジェシカ? ジェシカなの?」
そこにいたのは今は亡きマイヤーズ警部補の一人娘、ジェシカ・マイヤーズであった。不幸な事件によって父を喪う事になった彼女に対してローラはウォーレン神父の事を紹介し、またウォーレンにも可能な限りの事情を明かし、何とかジェシカの力になってやれないかと頼んでいた。だから彼女がここにいる事自体はそれほど驚くような事ではない。
ローラが驚いたのはジェシカの外見 だ。前に見た時は奇抜なパンクファッションに身を包んだ不良高校生といった出で立ちであったのだが、今は大分落ち着いた姿になっていたのだ。
勿論そこは高校生なので文字がプリントされたTシャツにデニムのショーツ、くるぶしまでのブーツという、ある意味で少女らしい格好ではあったが、以前までの奇抜さは鳴りを潜めていた。髪も紫のメッシュが取れ、父譲りの茶色の地毛で、髪型もボーイッシュなショートヘアになっていた。
「ああ、ローラ。よく来たね。ジェシカも今来たばかりなんだよ。さあ、こんな所で立ち話もなんだから、奥の集会室に行こう。積もる話もあるだろうしね」
ウォーレンに促され、なし崩し的にジェシカと同席する事になったローラ。ウォーレンがお茶の準備をしている間、集会室でジェシカと二人きりになる。
「あー……その、大分見違えたわね。あのファッションはやめたの?」
何となく気づまりなものを感じて、つい当たり障りのない話題に逃げてしまう。やはりマイヤーズの事があるので、お互いが相手に対して負い目を感じている部分があり、それが気づまりな空気に繋がっている。
「あ、ああ……。もう、必要ないから……」
「……!」
彼女が奇抜なファッションをしていたのは、父親に対するささやかな反抗の意味合いが強かったはずだ。ちょっと考えれば解ったはずなのに、ローラは迂闊な話題を口にしてしまった事を後悔した。やはりいつもと勝手が違う。
「その……あ、ありがとう。あの神父様の事を紹介してくれて……。色々助けて貰ってる。お陰でお袋も大分落ち着いてきたし……あの神父様、凄い聞き上手だよな」
ローラの戸惑いを察したのか、ジェシカの方がおずおずと話題を変えてきた。ローラは高校生に気を遣わせてしまった自分を恥じて、意識して気持ちを切り替えた。
「ええ、そうなのよ。私も神父様にどれだけお世話になったか解らないわ。彼はあなたの事情 も理解してくれてるし、きっとこれからも大きな助けになってくれるはずよ」
「ああ……そうだよな。お袋にも言えない私の秘密 を理解してくれてる人がいるっていう事で、こんなにも気持ちが楽になるとは思わなかったよ」
「ジェシカ……」
彼女の葛藤と恐怖は如何ばかりであっただろうか。実際に父親という実例 を見てしまっていて、自分もそのようになるのではないかという恐怖。父親が多くの人間を手に掛けている殺人鬼である、という事実を知っている恐怖と悲しみ。それらを誰にも相談できない葛藤と孤独。
ローラには想像すら出来ないような境遇だ。だがジェシカは努めて明るい口調で続けた。
「あたしも……親父のやってる事を知ってから止めてたバンドを再開する事にしたんだ」
「へぇ……! バンドやってたのね? ポジションは?」
「こう見えてボーカルさ。あたしが止めてる間は他のボーカルが入ってたんだけど、昔のメンバーがやっぱりあたしがいいって言ってくれてさ」
「まあ! いい友達がいるのね。どこかで演奏はしてるの?」
するとジェシカは少し照れくさそうに鼻を掻いた。
「まだ素人に毛が生えたようなもんだけど……路上で演奏してた時に声を掛けてもらって、一度小さなバーで演 らせてもらったんだ。そしたら結構評判が良かったみたいで、また演奏してくれないかって言われてて……」
「へぇ、それは凄いじゃない! 私も一度聴きに行ってみたいわ」
「えっ!? い、いや、そんな……さっきも言ったけどまだ素人みたいなもんだし、わざわざ見に来る程の物じゃ……」
「評判良かったんでしょう? だったら良いじゃない。私にも聴かせてよ。お店の名前教えてくれる?」
ジェシカは照れながらも嬉しかったようで、素直に店の名前と場所を教えてくれた。街のメイン通りからは外れているが、それでもそれなりに繁華街に近い場所にあるバーだ。メンバーは全員高校生という事もあって、本格的に混雑してくる夜よりも早い夕方の時間帯に頼まれているそうだ。
「必ず行くわ。楽しみね!」
ついでにという事でジェシカとメールアドレスも交換したりしながら雑談していると、ティーセットを持ったウォーレンが戻ってきた。
「ふふ、どうやら硬い雰囲気は解 れたみたいだね。良かった良かった」
ニッコリと笑うウォーレン。どうやら気を利かせて二人きりにしてくれていたらしい。彼には本当に頭が上がらないと思うローラであった。
「さて、今日はどうしたのかな? 何か悩みがあるような顔だったね?」
「あ……もしあたしがいると話しにくいようだったら……」
ジェシカが気を遣って席を外そうとするがローラは首を振って制止する。この件はまだあくまでローラの推論だし、ジェシカは超常の世界に片足を突っ込んでいる身だ。同席して貰っても問題はないだろう。
「……ニュースや新聞で知っていると思いますが、今ロングビーチを騒がせている渚の殺人鬼『ディープ・ワン』の事です。実は……私の同僚かも知れないんです……」
クレアに話したのと同じ根拠を説明する。半人半魚という話が出てきた時には、ウォーレンもジェシカも目を丸くしていた。
「今……FBIの友人に調査を頼んだんですが、恐らく裏付けが取れると思います。もしそうなったら、私は……私は、一体どうするべきなんでしょうか!? 『ディープ・ワン』がダリオだとしたら、もう既に彼は何人もの人間を手に掛けてしまっている事になる。だとしたら、私は……!」
法を執行する機関の一員として、彼を見逃すという選択肢はない。かと言ってそのような怪物と化したダリオを、尋常な手段で逮捕など出来はしないだろう。となると行き着く先は……
ローラの脳裏にトミーやマイヤーズの末路が浮かび上がる。ダリオも彼等と同じ運命を辿る事になる。また、ローラの近しい人間が消えていく。
(これは……本当に現実、本当に偶然なの? 私の身の回りで立て続けにこんな……。こんな事が偶然に起こり得る物なの!?)
醒める事のない悪夢の中に迷い込んでしまったような気分だ。暗澹たる気持ちになっていると、ウォーレンがそっとローラの手を握る。ローラはハッとしていつの間にか涙に滲んでいた目を上げる。
「ローラ、気をしっかり持つんだ。確かに想像も出来ない悲劇だと思う。でも少なくとも私は君の前からいなくなったりしないよ。それだけは約束する。それに……今は君にも素敵な『恋人』がいるだろう? 彼女もいつだって君の力になってくれるさ」
「……!」
ローラとの約束を優先して、本来戻る必要のないこの街へと戻ってきてくれた彼女 ……。その美しい面貌を思い浮かべ、ローラは少し気持ちが明るくなるのを自覚した。
「その……頼りないのは解ってるけど、あたしで力になれる事があったらいつでも言ってくれよ。怪物からローラさんの身を守るくらいの事は出来ると思うし……」
ジェシカもおずおずと口添えしてくれる。それを見てローラは心が暖かくなるのと同時に、気が引き締まるのを感じた。そうだ。辛いのは自分だけではない。このジェシカだって、父を喪うという悲劇を直近で体験しているのだ。それでも乗り越えて前に進もうとしている。大人である自分がいつまでもメソメソしてはいられない。
「……2人ともありがとう。お陰で少し元気が出てきたわ。ちょっと愚痴っぽくなっちゃってごめんなさいね」
ウォーレンが微笑む。
「いや、いいんだよ。私には悩みを聞く事しか出来ないからね。最終的に克服するのは自分の意思と力なんだ。君にはそれが備わっている。保証するよ」
「神父様……ありがとうございます」
ジェシカの方に向き直る。
「ジェシカもありがとう。そんな事にならないに越した事はないけど……ふふ、そうね。もしもの時は頼らせてもらっちゃうかも知れないわよ?」
「……! あ、ああ、任せときなよ! 約束だ!」
「ふふ、ありがとう。あなたのバンドを見に行くのとお互いに約束ね?」
悩みを吐き出し自らの心を戒めたローラは、来た時よりずっと気持ちが軽く、そして強くなった事を自覚していた……
時刻は昼を回っており、既にミサも終わっているはずだ。教会の前に車を停め門を潜ると、神父の姿はすぐに見つかった。が、どうも先客がいたようだ。そしてその『先客』は
「え……あなた……ジェシカ? ジェシカなの?」
そこにいたのは今は亡きマイヤーズ警部補の一人娘、ジェシカ・マイヤーズであった。不幸な事件によって父を喪う事になった彼女に対してローラはウォーレン神父の事を紹介し、またウォーレンにも可能な限りの事情を明かし、何とかジェシカの力になってやれないかと頼んでいた。だから彼女がここにいる事自体はそれほど驚くような事ではない。
ローラが驚いたのはジェシカの
勿論そこは高校生なので文字がプリントされたTシャツにデニムのショーツ、くるぶしまでのブーツという、ある意味で少女らしい格好ではあったが、以前までの奇抜さは鳴りを潜めていた。髪も紫のメッシュが取れ、父譲りの茶色の地毛で、髪型もボーイッシュなショートヘアになっていた。
「ああ、ローラ。よく来たね。ジェシカも今来たばかりなんだよ。さあ、こんな所で立ち話もなんだから、奥の集会室に行こう。積もる話もあるだろうしね」
ウォーレンに促され、なし崩し的にジェシカと同席する事になったローラ。ウォーレンがお茶の準備をしている間、集会室でジェシカと二人きりになる。
「あー……その、大分見違えたわね。あのファッションはやめたの?」
何となく気づまりなものを感じて、つい当たり障りのない話題に逃げてしまう。やはりマイヤーズの事があるので、お互いが相手に対して負い目を感じている部分があり、それが気づまりな空気に繋がっている。
「あ、ああ……。もう、必要ないから……」
「……!」
彼女が奇抜なファッションをしていたのは、父親に対するささやかな反抗の意味合いが強かったはずだ。ちょっと考えれば解ったはずなのに、ローラは迂闊な話題を口にしてしまった事を後悔した。やはりいつもと勝手が違う。
「その……あ、ありがとう。あの神父様の事を紹介してくれて……。色々助けて貰ってる。お陰でお袋も大分落ち着いてきたし……あの神父様、凄い聞き上手だよな」
ローラの戸惑いを察したのか、ジェシカの方がおずおずと話題を変えてきた。ローラは高校生に気を遣わせてしまった自分を恥じて、意識して気持ちを切り替えた。
「ええ、そうなのよ。私も神父様にどれだけお世話になったか解らないわ。彼はあなたの
「ああ……そうだよな。お袋にも言えない私の
「ジェシカ……」
彼女の葛藤と恐怖は如何ばかりであっただろうか。実際に父親という
ローラには想像すら出来ないような境遇だ。だがジェシカは努めて明るい口調で続けた。
「あたしも……親父のやってる事を知ってから止めてたバンドを再開する事にしたんだ」
「へぇ……! バンドやってたのね? ポジションは?」
「こう見えてボーカルさ。あたしが止めてる間は他のボーカルが入ってたんだけど、昔のメンバーがやっぱりあたしがいいって言ってくれてさ」
「まあ! いい友達がいるのね。どこかで演奏はしてるの?」
するとジェシカは少し照れくさそうに鼻を掻いた。
「まだ素人に毛が生えたようなもんだけど……路上で演奏してた時に声を掛けてもらって、一度小さなバーで
「へぇ、それは凄いじゃない! 私も一度聴きに行ってみたいわ」
「えっ!? い、いや、そんな……さっきも言ったけどまだ素人みたいなもんだし、わざわざ見に来る程の物じゃ……」
「評判良かったんでしょう? だったら良いじゃない。私にも聴かせてよ。お店の名前教えてくれる?」
ジェシカは照れながらも嬉しかったようで、素直に店の名前と場所を教えてくれた。街のメイン通りからは外れているが、それでもそれなりに繁華街に近い場所にあるバーだ。メンバーは全員高校生という事もあって、本格的に混雑してくる夜よりも早い夕方の時間帯に頼まれているそうだ。
「必ず行くわ。楽しみね!」
ついでにという事でジェシカとメールアドレスも交換したりしながら雑談していると、ティーセットを持ったウォーレンが戻ってきた。
「ふふ、どうやら硬い雰囲気は
ニッコリと笑うウォーレン。どうやら気を利かせて二人きりにしてくれていたらしい。彼には本当に頭が上がらないと思うローラであった。
「さて、今日はどうしたのかな? 何か悩みがあるような顔だったね?」
「あ……もしあたしがいると話しにくいようだったら……」
ジェシカが気を遣って席を外そうとするがローラは首を振って制止する。この件はまだあくまでローラの推論だし、ジェシカは超常の世界に片足を突っ込んでいる身だ。同席して貰っても問題はないだろう。
「……ニュースや新聞で知っていると思いますが、今ロングビーチを騒がせている渚の殺人鬼『ディープ・ワン』の事です。実は……私の同僚かも知れないんです……」
クレアに話したのと同じ根拠を説明する。半人半魚という話が出てきた時には、ウォーレンもジェシカも目を丸くしていた。
「今……FBIの友人に調査を頼んだんですが、恐らく裏付けが取れると思います。もしそうなったら、私は……私は、一体どうするべきなんでしょうか!? 『ディープ・ワン』がダリオだとしたら、もう既に彼は何人もの人間を手に掛けてしまっている事になる。だとしたら、私は……!」
法を執行する機関の一員として、彼を見逃すという選択肢はない。かと言ってそのような怪物と化したダリオを、尋常な手段で逮捕など出来はしないだろう。となると行き着く先は……
ローラの脳裏にトミーやマイヤーズの末路が浮かび上がる。ダリオも彼等と同じ運命を辿る事になる。また、ローラの近しい人間が消えていく。
(これは……本当に現実、本当に偶然なの? 私の身の回りで立て続けにこんな……。こんな事が偶然に起こり得る物なの!?)
醒める事のない悪夢の中に迷い込んでしまったような気分だ。暗澹たる気持ちになっていると、ウォーレンがそっとローラの手を握る。ローラはハッとしていつの間にか涙に滲んでいた目を上げる。
「ローラ、気をしっかり持つんだ。確かに想像も出来ない悲劇だと思う。でも少なくとも私は君の前からいなくなったりしないよ。それだけは約束する。それに……今は君にも素敵な『恋人』がいるだろう? 彼女もいつだって君の力になってくれるさ」
「……!」
ローラとの約束を優先して、本来戻る必要のないこの街へと戻ってきてくれた
「その……頼りないのは解ってるけど、あたしで力になれる事があったらいつでも言ってくれよ。怪物からローラさんの身を守るくらいの事は出来ると思うし……」
ジェシカもおずおずと口添えしてくれる。それを見てローラは心が暖かくなるのと同時に、気が引き締まるのを感じた。そうだ。辛いのは自分だけではない。このジェシカだって、父を喪うという悲劇を直近で体験しているのだ。それでも乗り越えて前に進もうとしている。大人である自分がいつまでもメソメソしてはいられない。
「……2人ともありがとう。お陰で少し元気が出てきたわ。ちょっと愚痴っぽくなっちゃってごめんなさいね」
ウォーレンが微笑む。
「いや、いいんだよ。私には悩みを聞く事しか出来ないからね。最終的に克服するのは自分の意思と力なんだ。君にはそれが備わっている。保証するよ」
「神父様……ありがとうございます」
ジェシカの方に向き直る。
「ジェシカもありがとう。そんな事にならないに越した事はないけど……ふふ、そうね。もしもの時は頼らせてもらっちゃうかも知れないわよ?」
「……! あ、ああ、任せときなよ! 約束だ!」
「ふふ、ありがとう。あなたのバンドを見に行くのとお互いに約束ね?」
悩みを吐き出し自らの心を戒めたローラは、来た時よりずっと気持ちが軽く、そして強くなった事を自覚していた……