File27:カーミラ無双

文字数 4,683文字

 カーミラは車には乗らずに自身の足で駆ける事にした。車で下手に渋滞に巻き込まれでもしたら目も当てられない。一々信号で止まるのももどかしい。今は一刻を争う。

 幸い今は夜中と言っても良い時間帯なので人間離れした挙動を見られるリスクが低く、かつ吸血鬼の身体能力を存分に発揮する事が出来る。

 建物から建物に飛び移るような挙動で、夜の街を高速で縦断していく。大都市のロサンゼルスともなれば様々な事由によって夜中でも人の姿が途絶える事は無いが、そういった人間達の目にも今のカーミラは殆ど一瞬の黒い影……目の錯覚としか映らなかったであろう。

 ましてや今現在は空中から襲い掛かる『エーリアル』の脅威に街全体が怯えている状況であり、好んで夜に外出する人間も減っていたので、増々カーミラは人目に付くリスクを冒す事無く、目的の場所に向かって進み続ける事が出来ていた。


 そうして徐々に北に差し掛かり遠目に国立公園の山々が見えてきた辺りで、カーミラは自分の中の違和感を感じ取った。

(これは……解る! ローラのいる場所が……!)

 胸がざわつくような感触。言葉では説明できない感覚であった。匂い、とでも言うのか、空気の流れ、とでも言うのか……。それとも第六感的な何かだろうか……。

 カーミラの体内(・・)にあるローラの血が、主の居場所をカーミラに指し示しているかのようであった。これが死神の言っていた「血が導く」という現象なのだろう。

 カーミラはその感覚に逆らう事無く、一心不乱にそのポイントに向かって飛び走った。 


****


 そして辿り着いたのは、そのまま山へと続く深い森に入ってすぐの辺り。吸血鬼の視力は夜の木々に隠れるようにして止まっている2台の車を視認した。1台は見覚えがあった。確かあの新聞記者、ナターシャの車だ。どうやら危機に陥っているのはローラだけではないようだ。

 注意深くその場に近付くと、カーミラの体感時間としては随分久方ぶりとなる愛しい恋人の姿を見つける事が出来た。他にジェシカとヴェロニカ、そしてナターシャと後1人見知らぬ女性が、黒いスーツ姿の複数の男達に囚われている様子だった。

 ジェシカとヴェロニカの2人が大人しく囚われている理由は、恐らくナターシャともう1人の女が人質に取られている所為だろう。

 リーダー格と思われる私服姿の男がローラ達に何かを命じている。そしてこれ見よがしにナターシャ達に銃を突き付けて脅している。どうやら2人の命を盾に、ローラ達に何か危険な事を命じているようだ。それはローラ達の命の危険を伴う程の何かなのだろう。死神が言っていた「生命の危機」という言葉が思い浮かぶ。


 この時点でカーミラの方針は確定した。あの男達の正体は不明だが、彼等は間違いなくローラの命を脅かす『敵』のようだ。ならばやる事は決まっている。

 カーミラはコートを脱ぎ棄て刀を抜くと、素早く男達の背後に忍び寄った。そしてナターシャともう1人の女に銃を突き付けている男の腕を狙って、目にも止まらぬ速度で刀を二度振り抜いた!

 風切り音、そして刀が肉に食い込む感触。噴水のような勢いで迸る血しぶき。

「ぎゃああぁぁぁぁっ!!!」

 一瞬で腕を切断された男達が叫びながらのたうち回る。同時に他の4人の男達が銃を抜いて警戒する。どうやら素人ではなさそうだ。私服姿の男が動揺する。

「な、何だぁ!? 奴が来たのか!? だが何故こっちを……!」


「――正直事情は良く飲み込めていないけど……この場ではどっちが『悪者』なのかは一目瞭然ね」


「な、何だと!? 誰だ! 姿を現せ!」

 男が喚いているが、それを無視してカーミラは早くローラを安心させたくて、彼等の前にその姿を堂々と現した。

 果たしてローラの目が驚愕に見開かれ……その瞳から大粒の涙が零れ落ちてくる。

「あ……あ……。よ、良かった……。目を覚ましたのね…………ミラーカ!」

 安堵したように膝から崩れ落ちてしまうローラ。随分心配を掛けてしまったようだ。彼女を安心させるように努めて平然と微笑む。

「待たせてしまってごめんなさい、ローラ。あなたのお陰でこの通りすっかり回復したわ。ありがとう」


 カーミラは刀を構えて男達に向き直る。


「今すぐその2人を病院に連れて行きなさい。今なら見逃してあげるわ。それとも……もっと痛い目を見ないと解らないかしら?」

 すると私服姿の男が激昂した。

「クソ……! 何だお前は、いきなり出てきて! もう少しで僕の夢が叶うんだ! 邪魔をするんじゃない! もういい、やれっ! あの女刑事だけいればいい。後の奴は皆殺しにしてしまえ!」

「ふぅ……! やっぱりそう来るのね。ジェシカ! ヴェロニカ! ローラ達を頼むわ!」

 ナターシャともう1人の女は銃を持った男相手に自衛出来そうな感じではないし、そもそも後ろ手に拘束されている。ローラも安堵感から虚脱してしまっていて今すぐ機敏に動くのは無理そうだ。

「……! 任せろ!」「は、はい!」

 2人の応諾とほぼ同時に銃声。何発もの銃弾が飛んでくる。

「ふっ!!」

 吸血鬼の身体能力と動体視力で銃口から軌道を読んで躱す。躱せない分は刀で斬り払う。カーミラに向かって撃ってきた2人の男の顔が驚愕に染まる。その隙を逃さず一気に直進して距離を詰める。

「ちっ!」

 男達が舌打ちと共に後退しながら更に銃撃を加えてくるが、銃弾は余程距離が離れていない限り真っ直ぐにしか飛ばない。吸血鬼の動体視力を持ってすれば、来ると分かってさえいれば実は受けるのはそれ程難しくないのだ。

 放物線を描いたり風の影響を受けたり、射手によって速度が不揃いな弓矢の方が、却って受けにくかったりするくらいだ。

 それ以前に吸血鬼であるカーミラは、ハンドガン程度では何発撃たれようがそう大した痛痒も感じないのだが、一応男達を殺すつもりはないのでアンジェリーナのような不死身ぶりのアピールは控えておく。

 カーミラは銃撃を全て躱し、または刀で弾き切った。

「馬鹿な……!」

 男の1人が驚愕に呻いた時には既に、カーミラの刀の柄がその鳩尾に深々と埋まっていた。

「がは……!」

 男が崩れ落ちる。銃は効かないと悟ったもう1人の男は、黒い棒のような物を取り出して打ちかかってきた。警官が暴徒鎮圧の時に使うような太いがっしりした警棒だ。あれに殴られたら人間ならただでは済まないだろう。

 男の動きは明らかに素人ではないが、夜の吸血鬼にとっては誤差のようなものだ。振り下ろされる警棒を躱すと、目にも止まらぬ速度で男の後ろに回り込む。男の目にはカーミラが一瞬で消えたように映った事だろう。

 目標を見失って動揺する男の首筋に刀の柄を叩きこむ。男は物も言わずに白目を剥いて失神した。

「ふぅ……。さて、向こうは……大丈夫そうね」

 ジェシカはやはり人間相手に変身する気はないようで、人間状態のままで戦っていた。人間状態でも狼の血は影響しているらしく、それなりに苦戦しながらも自分より二回りは大柄な男相手に勝利していた。

 ヴェロニカはナターシャ達に加えられる銃弾を『力』でガードし、男が謎の現象に驚愕した隙を突いて『衝撃』で男を弾き飛ばした。運良く(?)後方にあった木に激突し男を気絶させる事に成功していた。


 これで最初に腕を切り落とした2人を含めて、6人の男達を全員倒した。


「ミラーカ!」

 立ち直ったらしいローラが駆けつけてきて、その勢いのままカーミラに抱き着いてくる。カーミラは吸血鬼の膂力でしっかりとそれを受け止める。

「ミ、ミラーカ……! ほ、本当に治ったのね? 良かった……心配したんだから……!」

「ローラ……ごめんなさいね。そしてありがとう。あなたの血はこれ以上ないくらいの特効薬だったわ」 

「ミラーカ……!」

 ローラが再び感極まってカーミラの身体を抱きしめてくる。カーミラは淫靡に傾きかける気持ちを必死に抑えてその身体を抱き返した。


「ば、ば……馬鹿な……。こんな……こんな事が……」

 男は顔を青白くさせながらワナワナと震える。ローラがカーミラの身体から離れて男をキッと睨み据える。

「さあ、ダンカン・フェルランド教授。あなたの目論見は崩れたわ。狂った研究はこれでお終いよ!」

 男――ダンカンの顔が歪む。

「お、おのれぇぇっ! まだだ! まだ僕の夢は――」

 ダンカンが諦め悪く何かを言い掛けた時だった。



 ――ギィエェェェェェェェッ!!!



 夜の闇を劈くような奇怪な叫び声が辺りに木霊した。同時に木々が揺れ騒めく。

「……! ミ、ミラーカ……」

「ええ、来たようね。ローラ、私から離れないで。ジェシカ達はその2人をお願い!」

 ナターシャともう一人の女性は怯えたように身を竦ませている。相手の行動範囲を考えたら、下手に下がらせたりして離れるのは却って危険だ。

 叫び声を聞いてギョッとして硬直していたジェシカとヴェロニカも、慌ててカーミラの指示に従う。そして……木々の合間を縫って上空から次々と黒い影が降下してきた!


 成人男性よりやや低いくらいの体躯……『子供』達だ。5、6体はいるようだ。奇声を上げながら辺りを飛び回る。

「ひぃ!? くそ……くそぉっ!!」

 ダンカンが大慌てで街のある南に向かって逃げていく。車のキーは持っていないらしく、頭を庇うような姿勢で走り去っていった。

 それに釣られたのか『子供』の1体がダンカンを追いかけるように飛び去って行く。構っている余裕はない。どの道自業自得だ。


「来るわよ!」

 『子供』達が欲望に濁った目で襲い掛かってくる。カギ爪を躱してカウンター気味に刀で斬り付ける。

 ギエェェッ!?

 傷つけられた事に驚いたのか『子供』が後ろに飛び退る。その間に別の『子供』が側面から迫る。ローラを狙っているようだ。ローラは咄嗟に身を投げ出すようにして回避する。

「良くやったわ!」

 その隙に接近し、ローラを狙っていた『子供』の腕を一刀の元に切り捨てた。
 

 ギエエェェェェッ!!!


 怒り狂った『子供』が残った手のカギ爪を振り回してくるのを冷静に躱すと、刀を薙ぎ払うように一閃。その『子供』の首を切断した!

 切断面から噴水のように血を噴き出しながら『子供』の身体が倒れ伏す。

 兄弟が殺されたのを見たもう一体の『子供』は、カーミラを誘拐対象ではなく完全に()と見做したようだ。翼を大きく広げると一気に振り抜いた。いくつもの小さな『刃』が不規則な軌道で迫る。

 下手に躱すとローラに当たる可能性が高い。カーミラは刀を構えると精神を集中させる。吸血鬼の視力と超感覚は、夜の闇の中を迫る『刃』の一つ一つを正確に認識した。

「ふっ!!」

 カーミラは刀を縦横無尽に動かして、全ての『刃』を弾き落とす事に成功した。

 ギィッ!?

 『子供』が目に見えて動揺する。その隙を逃さずカーミラは手に持った刀を真っ直ぐに『子供』に向かって投げつけた! それこそ弾丸のような速度で射出された刀は、『子供』の喉元を正確に貫いた。

 喉を掻きむしりながら斃れた『子供』は2度と起き上がってくる事は無かった。これで2体。
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