File11:相棒

文字数 3,285文字


「な、何故……? 同じ市議のドナルドやデボラは市長に脅された挙句に殺されたのに……。何故あなたは……!?」

「私はあのお方に選ばれたのだよ。あのお方の眷属(・・)をその身に受け入れるに相応しい人間だと、ね」

「……眷属?」

 やはり部下的な何かであるらしい。ジョフレイは何らかの条件によって人間を部下に作り替える事が出来るのだ。そんな能力を持っている事も想定外であった。そして知った時にはもう手遅れだ。

「お喋りはここまでだ。我等に歯向かった愚を後悔しながら死ぬがいい」

 シモンズが手を上げてジャーン達を再びけしかけてきた。キキキキキッという奇怪な叫び声を上げながら、ジャーン達が飛び掛かってくる。その長い手足の先に付いている鉤爪で切り裂かれたら只では済まなそうだ。

「せ、先輩! 下がってっ!」

 リンファがローラを庇うように前に出て、ジャーンに銃撃を浴びせる。怯ませる事は出来るがそれだけだ。一体が怯んでいる間に、他の個体が殺到してくる。振り下ろされる鉤爪を辛うじて回避するリンファ。しかしその人間離れした関節の動きから繰り出される攻撃は、なまじ人間に近い輪郭をしているだけに惑わされる。

 案の定目測を見誤ったリンファは、完全には躱しきれずに左の肩口をザックリと切り裂かれた。鮮血が飛び散る。

「……っ」
「リンファッ!?」

 苦痛に顔を歪めるリンファ。そうしている間にも左右から別の個体が迫る。このままではリンファが殺される。意を決したローラは持っている銃を手放し、懐に手を入れた。そして……


 ――ドウゥゥゥンッ!!


 重い銃撃音が倉庫内に響く。

「ギギャッ!!」

 銃撃を受けたジャーンが奇声を上げながら吹っ飛んだ。その頭には巨大な風穴が空いていた。撃たれたジャーンは動かなくなり、すぐに空気に溶け込むようにして消滅してしまった。

(た、倒せた……! 行ける!?)

「ほぅ……」
 シモンズが若干感嘆したような声を漏らす。ローラの手に握られているのは、前回の『バイツァ・ダスト』事件から使い始めた新武器デザートイーグルであった。シルバーの銃身が月明りを反射して輝く。

「せ、先輩……」
「リンファ、こっちに!」

 ローラはリンファの無事な方の腕を掴んで引き寄せると、再びデザートイーグルの引き金を引いた。リンファの背中に飛び掛かってきていたジャーンに命中。やはり奇声を上げて吹っ飛んだジャーンは消滅した。これで2体。だが……

「くくく、無駄な抵抗だ。どれだけ威力があっても、一丁の銃だけで出来る事には限界があるぞ?」

「く……!」

 シモンズの嘲笑にローラは歯噛みする。悔しいが奴の言う通りだ。しかもデザートイーグルの弾数よりジャーンの数の方が多い。

(だったら……!)

 ローラはジャーン達の後ろで高みの見物をしているシモンズ目掛けて銃の引き金を絞った。相手が元は人間であるという事実など今更な話だ。銃声が響き渡る。

(え……!?)

 ローラは目を疑った。シモンズの身体が一瞬ボヤけたかと思うと、弾丸が素通りしてしまったのだ。後には何事も無かったように佇むシモンズの姿。


「無駄だよ。そこに映ってるのはただの幻影(・・)だ。解りやすく言えば実体のあるホログラムのような物だ」


「な……」
 それが本当なら今見えているシモンズに何発撃っても無駄という事だ。いつの間に幻影とすり替わっていたのか。ローラは目の前が真っ暗になる。

「ほら、固まってる暇はないぞ?」
「……っ!」

 絶句していたローラだが、左右からジャーンが飛び掛かってきて対処を余儀なくされる。右側の敵にマグナム弾を撃ち込むと、そいつは悲鳴を上げて吹っ飛んだ。しかしその間に左側の敵が……

「先輩っ!」

 リンファが咄嗟にローラの身体を突き飛ばす。すると当然、位置の入れ替わったリンファの背中にジャーンの爪が食い込む!

「あぎゃあぁぁっ!!」
「リ、リンファ!?」

 再び鮮血が飛び散り、同時に夥しい量の血液が床に零れ落ちる。ローラは慌ててリンファを攻撃したジャーンにもマグナム弾を撃ち込んだ。そして倒れ掛かったリンファを抱き留める。

「せ、先輩……お怪我は……?」

「ええ! あなたのお陰で無事よ! しっかりしなさい!」

 口に端から血を垂らしながら微笑むリンファを見てローラはゾッとした。やはり彼女の前で致命傷を負った、かつての相棒のダリオやジョンの姿がフラッシュバックする。  

 だがそうしている間にもジャーン達が、奇声を上げながら容赦なく飛び掛かってくる。

「ちくしょうっ!」

 ローラは毒づきながらデザートイーグルの引き金を絞る。一体は吹き飛ばしたが、その左右から別の個体が迫ってくる。尖った鉤爪が突き出され、ローラの胸を穿つ寸前――

「うおぉぉぉっ!!」


 雄叫びを上げながらリンファが肩ごとぶつかって、再びローラを突き飛ばした。そして……ジャーンの爪がリンファの胴体を深々と貫いた!


「リ、リンファーーー!!」


 ゴボッ! と口から大量の血を吐き出すリンファ。ジャーンが爪を引き抜くとその胴体に開いた風穴(・・)からも大量の血と……臓物がはみ出る。ローラはリンファを貫いたジャーンを撃ち殺すと、そのまま床に崩れ落ちる彼女に急いで駆け寄る。

「リンファ! リンファッ!! しっかりして! 目を開けて、リンファ!!」

「う……せ、せん……ぱい、に、にげ……て……」

 薄っすらと目を開いてうわ言のように喋るリンファは、それでも尚ローラの身を案じる。ローラの目から涙が溢れる。

「くくく、ここからは逃げられんのを忘れたか? どうせどちらも殺すというのに無駄な抵抗を……」

「……!」

 だがそんなリンファの自己犠牲をシモンズが嘲笑う。そして両手を広げると、天井から更なる影がいくつも降ってくる。ジャーンだ。その数は10体ほど。最初にいたのが全部ではなかったのだ。ローラの奮闘によって半分ほどに減っていたのが、一気に補充されて最初以上の数になってしまった。

「あ……あ……」

 ローラはリンファの頭を抱えたまま絶望に呻く。デザートイーグルの弾は後2発しか残っていないし、例え残弾が豊富にあった所で、どの道ローラ一人で対処しきれる数ではない。つまり……終わり(・・・)だ。

 敵の罠を見抜けなかった時点で……そして敵の能力を甘く見てしまった時点でこの結末は避けられなかったのだ。

 10体以上のジャーン達が包囲を狭めてくる。ローラはリンファの頭をギュッと抱きかかえた。つい先日仲間達を集めて、皆で邪悪に立ち向かっていくと決めた矢先に、まさかこのような事になろうとは。 

(ご、ごめんなさい、ミラーカ。ごめんなさい、皆……。馬鹿な私を許して……)

 心の中で大切な人達に何度も謝罪する。間近まで迫ってきたジャーンが奇声を上げながら腕を振り上げる。そして一気に鉤爪を振り下ろしてきた。

「……っ!!」

 ローラは思わず目を瞑ってしまう。その瞬間――


 ――ビュンッ!!


 風を切るような鋭い音が響き、続いてジャーンの悲鳴。ローラの頭に鉤爪は降ってこなかった。

「え……?」

 ローラが恐る恐る目を開けると、胴体部分を両断(・・)されたジャーンが消滅する所だった。

(な、何が……)



「――だからあの時警告したのだ。奴等を嗅ぎ回れば、あなた達の身にも超常の危険が及ぶと」



「……!」
 ローラ達の前にいつの間にか、見覚えのある1人の人物が立って背中を向けていた。身体の線が出にくいシックな装いに、頭に巻いた淡い色合いのスカーフ。ただその右手に曲刀のような剣が握られていた。

「あ、あなたは……」

 その声、その姿。それは間違いなくあの博物館で出会った、そしてローラが情報源として探し求めていた、あのペルシア人の女性であった!  
 
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