File4:彼女達の現状

文字数 3,698文字

「行方不明?」

 まずは市議会のエストラーダ議長に話を聞こうと自宅に電話を掛けてみると、そのような応えが帰ってきた。ローラはすぐにリンファに目配せして、署に連絡して照会させる。リンファはすぐに無線から顔を上げて頷いた。どうやらローラ達と入れ違いで捜索願が受理されていたらしい。

 家族に詳しく確認してみると、やはりジョフレイ市長の元に直談判に行った日から行方が分からなくなっている事が解った。家族には必ず見つけますと約束して、丁重に礼を述べてから電話を切った。因みに念の為聞いてみると、議長やドナルドを含めて市議全員が直談判に参加していたらしい。ならば他に聞き込みをする対象は決まりだ。

「……他の議員達に片っ端から当たってみましょう」

 ドナルドだけでなく議長まで行方不明となれば、これはもう偶然ではない。恐らくはエストラーダ議長も既にウィリアムやドナルドと同じ運命を辿っている可能性が高い。だが彼等の『失踪』にジョフレイが関わっているという明確な証拠がない。


 まず人間が陶人形や野球カードに変わったなどと言った所で信じる者はいない。ローラですら未だに半信半疑なくらいなのだ。そこに持ってきて仮にそれが事実であったとしても、それをジョフレイがやったと科学的なプロセスで証明できない上に、それを罰する為の法例(・・)が無いのだ。

 即ち……人間を野球カードや陶人形に(・・・・・・・・・・)変えてはいけない(・・・・・・・・)という法律が無いのだ。殺人罪にも誘拐罪にも死体遺棄罪にも該当しない。傷害罪にもだ。

 当然だ。そんな意味不明な状況を想定した法律など作られているはずがないし、これからも作られる事は無いだろう。

 これが何を意味するかというと、現行の法治体制ではジョフレイの犯罪(・・)を立証できず、逮捕する事も不可能だという事だ。まさに完全犯罪だ。

 ジョフレイはただ関与を否定するだけでいい。仮に彼の目の前で誰かが物に変わったとしてさえ、自分は何も知らないと言い張るだけでいい。それだけで彼は絶対に逮捕される事が無いのだ。

 ローラは自分のやっている事に途方もない徒労感と虚無感を覚えざるを得なかった。だがそれでもジョフレイが何らかの悪意と魔力を持ってこのような事をしているのだとしたら、それを放置する事は出来ない。

 徒労だろうが何だろうが前に進むしかないのだ。

 ローラはリンファの調べてくれた情報に基づいて、最寄りの議員の職場へと直行するのであった。



****



 南カリフォルニア大学。LAでも最古の歴史を誇る名門大学だ。このキャンパスの事務長であり、大学の理事の一人でもあるデボラ・アルトマンはLAの市議を兼任しており、過日の直談判にも参加していたはずである。

 警備員に話を通し、中に入れてもらう。広々として緑と芸術品に溢れるキャンパスには日中という事もあって、多くの学生が行き交っている。

 『バイツァ・ダスト』事件の際に訪れたカリフォルニア大学LA校でも感じたが、高校卒業後にすぐにポリスアカデミーに入ったローラとしては自らが体験する事の無かった、あったかも知れない青春時代を想起させるものがあり、眩しくもあった。

 事務局まで行くと、デボラはたまたま所用で席を外しておりもうしばらくしたら戻ると言われたので、リンファと共に構内にある休憩スペースでぼんやりと学生の流れを眺めながら待っていると……


「……ローラさん? ローラさんじゃないですか!」

 声に喜色を滲ませて駆け寄ってくる1人の女性の姿。褐色の肌のラテン系の美女であった。

「ヴェロニカ?」

 それはローラの『仲間』であり、今は恋人(・・)でもある女子大生ヴェロニカ・ラミレスであった。

(あ、そう言えば彼女もここの学生だっけ。あれ? ていう事は……?)

「ローラさん! 大学に何か御用なんですか? それとも……私に会いに来てくれたり、とか?」

 ローラの思考は走り寄ってきたヴェロニカの言葉によって中断された。


 彼女はこの大学の映画学部に通う学生であるのだ。小さい頃から映画が好きで高校までは演劇を学んでいたが、いわゆるダイコンで絶望的なまでに演技の才能が無かったらしく女優の夢を断念。しかし映画に関わるという夢は諦めきれずに、制作や監督業の方面を目指して、この大学の映画学部に入学したという経緯を持つ。


「い、いえ、そういう訳じゃないのよ。ごめんなさい。ちょっとここの事務長に用があってね」

「事務長ですか? 確か市議も兼任してるんでしたよね?」

 優等生だけあって、そんな事も知っていたらしい。ならばと、待ち時間の間にちょっと話を聞いてみる事にした。

「そう、そのアルトマン事務長。ここ最近、彼女に何か変わった様子なんかは無かったかしら?」

「変わった様子、ですか……」

 何か事件絡みだと悟ったヴェロニカは余計な事を聞かずに、一瞬考え込む仕草を取ったがすぐに顔を上げた。

「そう言えば丁度昨日見掛けたんですが……何かげっそり痩せたというか……妙に生気の無い青白い顔をしてたような気がします。病気なのかな、と思ったくらいですから間違いありません」

「……!」
 議長達と共にジョフレイ市長の元に直談判に出向いたはずの彼女の様子がおかしい……。ローラはリンファと頷き合った。どうやら無駄足にはならずに済みそうだ。


「あの……それでそちらの方は、前に言っていた相棒の刑事さんですか?」

 捜査に関する事を色々聞いてローラを困らせたくないという分別の為か、ヴェロニカは意図的に話題を変えてリンファの方に視線を向けた。

 ローラが肯定する前に、リンファは自発的に立ち上がって手を差し出した。

「ツァイ・リンファです。ミラーカさんの紹介をされた時に皆さんの事も伺いました」

「あ、そうなんですか……。ヴェロニカ・ラミレスです。ローラさんの事、宜しくお願いします」

 2人の女は若干ぎこちなさが残る感じで握手をする。

「任せて下さい。私自身は皆さんのような能力(・・)はありませんが、これでも拳法を学んでいますので、雑魚(・・)くらいからなら先輩を守れると思います」

 実際に素手で〈信徒〉を倒した彼女が言うと説得力が違う。その事もナターシャから話だけは聞いていたヴェロニカが、若干引き攣り気味に笑う。

「そ、それは頼もしいですね……。でも過信して無理だけはしないで下さいね?」

 確かにリンファなら〈信徒〉やグールくらいの怪物なら何とかなりそうだ。だがそれも相手の数が多くなれば話は別だし、ましてやその上の〈従者〉や一般吸血鬼クラスの怪物達には流石に歯が立たないだろう。

「大丈夫です。こう見えて結構命根性が汚いというか、危機意識が強いので」

 リンファは歯を見せて笑った。ヴェロニカも釣られて微笑む。多少ぎこちなさが取れたようだ。更にヴェロニカが何か喋ろうとした時……


「――ローラさん! やっぱりローラさんだ!」

 今度は元気のいい少女の声が聞こえた。そしてやはりこちらに勢いよく駆け寄ってくる人物の姿……。

「ジェシカ!?」

「はは! 警備員が綺麗な女刑事さんが来てるって言ってたから、絶対ローラさんの事だと思ったんだ!」 

 それはこの春に高校を卒業して、晴れて女子大生(・・・・)となったジェシカ・マイヤーズであった。

 そう。彼女もヴェロニカと同じこの大学の学生だったのである。ローラは先程それを思い出していた。

「ジェシカ、大学生活はどう? 勉強は問題ない?」
「ああ、お陰様で楽しくやってるさ。覚える事が多くて大変だけどね」

 片親になったジェシカが進学するに当たっては、後見人となったウォーレン神父が多大な支援をしてくれた。勿論ローラやミラーカも彼女の父親の死に関わった者として、可能な限りの援助をさせて貰った。

 ヴェロニカとは同じ大学でも学部が違い、普段はすれ違う事も殆どないようだが、偶に時間が合えばランチを一緒に食べたりする事はあるらしい。


 ミュージシャンを目指す彼女は、この大学の音楽学部であるソーントン音楽学校に入学していた。やはり実践だけでなく基礎や理論から音楽をきちんと学びたいという思いが強かったのだそうだ。


 因みに彼女のバンド『ウィキッドキャッツ』の他のメンバーも、それぞれ異なる大学の音楽学部に進学している。全員がそれぞれ違う所で学んだ知識や技術を持ち寄ったら凄い音楽が生まれるんじゃないか、という発想によるものらしいが、それでこの大学も含めた難関校に全員入学できてしまったのだから大したものだ。

 バンドの活動自体も休止している訳ではなく、皆で連絡を取って日程を調整しながら、休みの日などに集まって活動しているようだ。

 充実した学生生活を送っているらしい事が、彼女の様子や言葉からも窺えて、ローラは安心して微笑んだ。
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