File28:吸血鬼vs神獣
文字数 3,628文字
「さて、ジェシカ達の方は――――ッ!?」
『子供』の死体から刀を抜き取ると、それぞれ『子供』を相手取って戦っているジェシカとヴェロニカの救援に向かおうとしたカーミラだが、背筋に寒気を感じると同時に、ほとんど何も考えずにその場に屈み込んだ!
その0.1秒前までカーミラの頭があった空間を、唸りを上げてカギ爪が薙いだ。
「ミラーカ……!?」
「ローラ、下がってて!」
素早く体勢を立て直して振り向いたカーミラの目に映ったのは……
(『エーリアル』…………ではない!?)
カーミラが見上げる先、中空で翼をはためかせてこちらを見下ろしているのは、『エーリアル』よりは小さい、しかし他の『子供』達よりは明らかに立派な体躯をした個体であった。6フィート以上は確実にある。
羽毛も暗い緑色のような感じで、頭頂部にまるで鶏冠 のような赤い羽毛が逆立っているのが特徴的だった。
(他の『子供』よりも年長 の個体……? だとするとこいつは……)
『子供』の中では最年長の……いわば『長男』という事になる。『長男』の目が殺気に彩られる。その身体から『陰の気』が噴き出すのをカーミラは感じた。
「く……!」
(こいつ……強い!?)
カーミラの表情が厳しくなる。このプレッシャーはこれまで相対してきた、ヴラドや『ルーガルー』、『デイープ・ワン』といった名だたる怪物達には及ばないものの、彼女の同胞 であったシルヴィアやアンジェリーナよりも上だ。
つまり個体能力そのものはカーミラを上回っている可能性がある。『子供』達が成長し、こんな奴が何体も量産されたらとんでもない事になる。
『長男』は奇声を上げると真っ直ぐ突っ込んできた。速い。それでもカーミラは何とかカウンターを取ろうと構えるが、『長男』はその直前で急停止すると広げていた翼を大きく振り抜いてきた。
「……!」
至近距離で『刃』が放たれる。
「く……が……!」
「ミラーカ!」
カーミラの呻きとローラの悲鳴が重なる。何発かの『刃』を受けきれずに貰ってしまった。幸い直撃の寸前で身を躱すのが間に合ったので致命傷にはならずに済んだ。『刃』の速度も他の『子供』とは比較にならず、目測を誤ってしまったのだ。
『長男』が間髪を入れずに攻めてくる。空中機動でカーミラの頭上の位置をキープしつつ、カギ爪で攻撃を仕掛けてはすぐに離れるというヒット&アウェイだ。
『長男』の機動力は凄まじく、流麗な機動でカーミラの刀を避けつつ、自らのカギ爪の一撃を的確に当ててくる。カーミラが攻勢に出ようとすると空中に逃げてしまう。刀を投げつければ届くかもしれないが、躱された時のリスクが大きすぎて踏み出せない。
逆に『長男』の方は空中から『刃』で一方的に攻撃してくる。カーミラの生傷だけが増えていく状態だ。長期戦は明らかに不利だ。
(だったら……!)
カーミラは戦闘形態へと変身する。黒髪が逆立ち、目が赤く光る。そして背中からは一対の白い皮膜翼が出現する。ナターシャ達の目を気にしていたのだが、良く見ると既にジェシカも変身して戦っていた。今更だろう。
翼をはためかせて一気に飛び上がる。自らのフィールドに踏み込んできたカーミラを見ても、『長男』に動揺している様子はない。むしろ受けて立つとばかりに自身も翼をはためかせて向かってくる。
もしかしたらこの『長男』は、先日のグリフィスパークの襲撃にも参加していて、そこでカーミラの戦闘形態を見ていたのかも知れない。
空中で刀とカギ爪がぶつかり合う。カーミラは真上に飛び上がり、森の木々を突き抜けて大空へと舞い上がった。『長男』が追いかけてくる。
遮る物のない闇夜の空で、2体の人外の怪物が激突する。互いにまるで【∞】の軌道を描くようにして何度も交錯する。その度にカーミラの刀が『長男』の身体を斬り裂き、『長男』のカギ爪がカーミラの身体を抉 る。
空中で踊り狂う『刃』を搔い潜り、刀を水平に構えて『長男』に突っ込む。『長男』は避けずに片腕を立ててガードの姿勢を取る。
「……!」
カーミラは『長男』の意図を悟ったが、今更攻撃を止める事は出来ない。全力でぶつかるまでだ。
刀が『長男』の腕に食い込む。吸血鬼の膂力とカーミラの卓越した技術で操られた刀は見事『長男』の片腕を切断した!
ギィエェェェッ!!
『長男』の苦鳴が轟く。
「く……!」
だがカーミラも悔しげに歯噛みする。そのままの勢いで首を切断するつもりであったが、予想以上の抵抗感に腕を切断するに留まってしまった。そしてそれは『長男』の狙い通りであった。
『長男』のもう一方の手のカギ爪が貫手の形を作り、正確にカーミラの心臓のある部分を貫いた!
「がはっ……!」
凄まじい衝撃に意識が飛びかけるが、すんでの所で堪えた。だが口からは吐血し、胸の傷からも大量の血液が抜け落ちる。
カーミラは牙の生えた歯を食い縛って苦痛を押し殺し、自身も『長男』の身体に刀を突き立てる。
ギィィィッ!!
『長男』が苦痛とも怒りともしれない叫び声を上げ身を捩らせる。カーミラは振り落とされまいと必死にしがみつく。
2体の怪物はもみ合うようにして錐揉みに回転しながら落下。森の木々の枝を盛大に折りながら地面に衝突した。
お互い空中で落下しながら何とか相手に対して有利なポジションを取ろうと悪戦苦闘していたが、もみ合いを制したのはより身体能力に優れる『長男』の方であった。
もみ合いの中で片手をローラの胸から引き抜いていた『長男』は、その膂力に物を言わせて強引にカーミラの身体を組み敷き、その上に圧し掛かるような体勢になる。
「ぐぅ……!」
(し、しまった……!)
『長男』の体重と膂力で上半身に馬乗りにされ身動きが取れない。刀を持つ右手も、『長男』の左足の爪に押さえられて動かせない。
『長男』が無事な方の手のカギ爪を振り上げると、全力で振り下ろしてきた。その軌道は……カーミラの喉 を抉る軌道だ。
「あ…………」
心臓はまだ再生していない。ここで喉……延髄を砕かれたら、今度こそ完全なる『死』だ。
(そんな……私は……ローラッ!)
「――ミラーカァッ!!」
「……ッ!?」
絶叫。そして……銃声 。
連続した銃声が響くと同時に、『長男』の身体が傾 いだ。頭にも銃弾が当たったらしく、『長男』が弾かれたように銃弾が飛んできた方向を睨み付ける。
そこにいたのは、ローラであった。あの黒服の男達から失敬したのだろう拳銃を構え、こちらに向かって走りながら引き金を絞る。再び『長男』に着弾。
一瞬だが『長男』の意識が完全にローラに逸れた。カーミラの右腕を押さえつけていた力が僅かに緩む。
(……! 今だっ!)
カーミラはこの瞬間に全てを賭けて、渾身の力で腕を引き抜く。
「ギッ!?」
『長男』が気付いた時には、カーミラはその刀を振りかぶっていた。『長男』は咄嗟に残った腕でガードしようとするが、それより僅かに早くカーミラの刀がその首元に食い込んだ!
ギィエエェェェッ!!!
「く……おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
『長男』が苦し紛れに振るったカギ爪がカーミラの肩を切り裂くが、このチャンスを逃せないカーミラは歯を食い縛って右腕に力を込める。そして……
カーミラの刀は見事、『長男』の首を完全に切断する事に成功した。
『長男』の首が地面に転がる。同時にその切断面から大量の血液が噴出する。そしてゆっくりと横倒しになる『長男』の身体……。
「は……ぁ……はぁ……」
『長男』から噴き出した大量の血を身体に浴びながら、仰向けになって大きく喘ぐカーミラ。既に変身は解けていた。
「ミラーカ、大丈夫!? ミラーカ!?」
銃を下ろしたローラが駆け付けてくる。そして服が汚れるのも厭わずにカーミラの身体を抱き起こす。
「え、ええ……大丈夫よ。ありがとう、ローラ。また助けられてしまったわね……」
「それ以上に私はミラーカに助けられてるわよ。気にしないで。……って、また随分酷い怪我じゃない!? 本当に大丈夫なの!?」
心臓に風穴が空き、他にも身体中カギ爪による傷だらけであった。文字通りの満身創痍というヤツだ。だがカーミラは気丈に微笑んだ。
「本当に大丈夫よ。前に『エーリアル』に負わされた傷に比べればね。じっとしてればその内治るわ」
「ふ……ふふ……全く、あなたって人は……!」
ローラが泣き笑いのような表情になって、改めてカーミラの身体を強く抱きしめるのだった……
『子供』の死体から刀を抜き取ると、それぞれ『子供』を相手取って戦っているジェシカとヴェロニカの救援に向かおうとしたカーミラだが、背筋に寒気を感じると同時に、ほとんど何も考えずにその場に屈み込んだ!
その0.1秒前までカーミラの頭があった空間を、唸りを上げてカギ爪が薙いだ。
「ミラーカ……!?」
「ローラ、下がってて!」
素早く体勢を立て直して振り向いたカーミラの目に映ったのは……
(『エーリアル』…………ではない!?)
カーミラが見上げる先、中空で翼をはためかせてこちらを見下ろしているのは、『エーリアル』よりは小さい、しかし他の『子供』達よりは明らかに立派な体躯をした個体であった。6フィート以上は確実にある。
羽毛も暗い緑色のような感じで、頭頂部にまるで
(他の『子供』よりも
『子供』の中では最年長の……いわば『長男』という事になる。『長男』の目が殺気に彩られる。その身体から『陰の気』が噴き出すのをカーミラは感じた。
「く……!」
(こいつ……強い!?)
カーミラの表情が厳しくなる。このプレッシャーはこれまで相対してきた、ヴラドや『ルーガルー』、『デイープ・ワン』といった名だたる怪物達には及ばないものの、彼女の
つまり個体能力そのものはカーミラを上回っている可能性がある。『子供』達が成長し、こんな奴が何体も量産されたらとんでもない事になる。
『長男』は奇声を上げると真っ直ぐ突っ込んできた。速い。それでもカーミラは何とかカウンターを取ろうと構えるが、『長男』はその直前で急停止すると広げていた翼を大きく振り抜いてきた。
「……!」
至近距離で『刃』が放たれる。
「く……が……!」
「ミラーカ!」
カーミラの呻きとローラの悲鳴が重なる。何発かの『刃』を受けきれずに貰ってしまった。幸い直撃の寸前で身を躱すのが間に合ったので致命傷にはならずに済んだ。『刃』の速度も他の『子供』とは比較にならず、目測を誤ってしまったのだ。
『長男』が間髪を入れずに攻めてくる。空中機動でカーミラの頭上の位置をキープしつつ、カギ爪で攻撃を仕掛けてはすぐに離れるというヒット&アウェイだ。
『長男』の機動力は凄まじく、流麗な機動でカーミラの刀を避けつつ、自らのカギ爪の一撃を的確に当ててくる。カーミラが攻勢に出ようとすると空中に逃げてしまう。刀を投げつければ届くかもしれないが、躱された時のリスクが大きすぎて踏み出せない。
逆に『長男』の方は空中から『刃』で一方的に攻撃してくる。カーミラの生傷だけが増えていく状態だ。長期戦は明らかに不利だ。
(だったら……!)
カーミラは戦闘形態へと変身する。黒髪が逆立ち、目が赤く光る。そして背中からは一対の白い皮膜翼が出現する。ナターシャ達の目を気にしていたのだが、良く見ると既にジェシカも変身して戦っていた。今更だろう。
翼をはためかせて一気に飛び上がる。自らのフィールドに踏み込んできたカーミラを見ても、『長男』に動揺している様子はない。むしろ受けて立つとばかりに自身も翼をはためかせて向かってくる。
もしかしたらこの『長男』は、先日のグリフィスパークの襲撃にも参加していて、そこでカーミラの戦闘形態を見ていたのかも知れない。
空中で刀とカギ爪がぶつかり合う。カーミラは真上に飛び上がり、森の木々を突き抜けて大空へと舞い上がった。『長男』が追いかけてくる。
遮る物のない闇夜の空で、2体の人外の怪物が激突する。互いにまるで【∞】の軌道を描くようにして何度も交錯する。その度にカーミラの刀が『長男』の身体を斬り裂き、『長男』のカギ爪がカーミラの身体を
空中で踊り狂う『刃』を搔い潜り、刀を水平に構えて『長男』に突っ込む。『長男』は避けずに片腕を立ててガードの姿勢を取る。
「……!」
カーミラは『長男』の意図を悟ったが、今更攻撃を止める事は出来ない。全力でぶつかるまでだ。
刀が『長男』の腕に食い込む。吸血鬼の膂力とカーミラの卓越した技術で操られた刀は見事『長男』の片腕を切断した!
ギィエェェェッ!!
『長男』の苦鳴が轟く。
「く……!」
だがカーミラも悔しげに歯噛みする。そのままの勢いで首を切断するつもりであったが、予想以上の抵抗感に腕を切断するに留まってしまった。そしてそれは『長男』の狙い通りであった。
『長男』のもう一方の手のカギ爪が貫手の形を作り、正確にカーミラの心臓のある部分を貫いた!
「がはっ……!」
凄まじい衝撃に意識が飛びかけるが、すんでの所で堪えた。だが口からは吐血し、胸の傷からも大量の血液が抜け落ちる。
カーミラは牙の生えた歯を食い縛って苦痛を押し殺し、自身も『長男』の身体に刀を突き立てる。
ギィィィッ!!
『長男』が苦痛とも怒りともしれない叫び声を上げ身を捩らせる。カーミラは振り落とされまいと必死にしがみつく。
2体の怪物はもみ合うようにして錐揉みに回転しながら落下。森の木々の枝を盛大に折りながら地面に衝突した。
お互い空中で落下しながら何とか相手に対して有利なポジションを取ろうと悪戦苦闘していたが、もみ合いを制したのはより身体能力に優れる『長男』の方であった。
もみ合いの中で片手をローラの胸から引き抜いていた『長男』は、その膂力に物を言わせて強引にカーミラの身体を組み敷き、その上に圧し掛かるような体勢になる。
「ぐぅ……!」
(し、しまった……!)
『長男』の体重と膂力で上半身に馬乗りにされ身動きが取れない。刀を持つ右手も、『長男』の左足の爪に押さえられて動かせない。
『長男』が無事な方の手のカギ爪を振り上げると、全力で振り下ろしてきた。その軌道は……カーミラの
「あ…………」
心臓はまだ再生していない。ここで喉……延髄を砕かれたら、今度こそ完全なる『死』だ。
(そんな……私は……ローラッ!)
「――ミラーカァッ!!」
「……ッ!?」
絶叫。そして……
連続した銃声が響くと同時に、『長男』の身体が
そこにいたのは、ローラであった。あの黒服の男達から失敬したのだろう拳銃を構え、こちらに向かって走りながら引き金を絞る。再び『長男』に着弾。
一瞬だが『長男』の意識が完全にローラに逸れた。カーミラの右腕を押さえつけていた力が僅かに緩む。
(……! 今だっ!)
カーミラはこの瞬間に全てを賭けて、渾身の力で腕を引き抜く。
「ギッ!?」
『長男』が気付いた時には、カーミラはその刀を振りかぶっていた。『長男』は咄嗟に残った腕でガードしようとするが、それより僅かに早くカーミラの刀がその首元に食い込んだ!
ギィエエェェェッ!!!
「く……おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
『長男』が苦し紛れに振るったカギ爪がカーミラの肩を切り裂くが、このチャンスを逃せないカーミラは歯を食い縛って右腕に力を込める。そして……
カーミラの刀は見事、『長男』の首を完全に切断する事に成功した。
『長男』の首が地面に転がる。同時にその切断面から大量の血液が噴出する。そしてゆっくりと横倒しになる『長男』の身体……。
「は……ぁ……はぁ……」
『長男』から噴き出した大量の血を身体に浴びながら、仰向けになって大きく喘ぐカーミラ。既に変身は解けていた。
「ミラーカ、大丈夫!? ミラーカ!?」
銃を下ろしたローラが駆け付けてくる。そして服が汚れるのも厭わずにカーミラの身体を抱き起こす。
「え、ええ……大丈夫よ。ありがとう、ローラ。また助けられてしまったわね……」
「それ以上に私はミラーカに助けられてるわよ。気にしないで。……って、また随分酷い怪我じゃない!? 本当に大丈夫なの!?」
心臓に風穴が空き、他にも身体中カギ爪による傷だらけであった。文字通りの満身創痍というヤツだ。だがカーミラは気丈に微笑んだ。
「本当に大丈夫よ。前に『エーリアル』に負わされた傷に比べればね。じっとしてればその内治るわ」
「ふ……ふふ……全く、あなたって人は……!」
ローラが泣き笑いのような表情になって、改めてカーミラの身体を強く抱きしめるのだった……