File17:不穏なる火種

文字数 2,859文字

 クレアの気配が遠ざかったのを確認して、ニックはジョンの方に向き直る。

「でも丁度良かった。これで君と本音で(・・・)話ができる」

「……本音だと? 何の事だ?」

「聞きたかったんだよ。……不老の肉体(・・・・・)超常の力(・・・・)を手に入れたのってどんな気分なんだい?」

「……ッ!?」

 ジョンは一瞬目を剥きかけたが、すんでの所で自制する。

「……何の話をしてるのか皆目分らんな」

「あの『エーリアル』から受けた傷は明らかに致命傷だった。『奇跡の蘇生』だって? そんな与太話(・・・)を信じるほど僕は純真でもお人好しでもない。ミラーカが君を助けたんだろう? 大方ローラが彼女に懇願して……って所かな?」

「貴様……」

 ニックの頭の回転の速さは先程見たばかりだ。これ以上隠し立てしても無駄だと判断したジョンの身体から、殺気のようなものが膨れ上がる。ニックの出方次第では、ここで口を封じるのも止む無しだ。


 ニックが両手を上げて降参のポーズを取る。

「おっと! その物騒な殺気を鎮めてくれよ。別に君を弾劾したりするつもりはないさ。そして勿論、吸血鬼を強請(ゆす)る程命知らずでもない」

「ほぅ……FBIの超常犯罪捜査官の言葉とも思えんが?」

 ニックがまた肩を竦める。

「別に正義感や使命感からこの仕事をしてる訳じゃないからね。純粋な興味……そしてとある目的(・・・・・)の為の情報を集めるのに都合がいいからに過ぎないのさ」

「目的だと?」

「僕だけ君の秘密を知ってるのもフェアじゃないし、信用の証として教えるけど…………人間の殻を破り捨て(・・・・・・・・・)人外の存在(・・・・・)へと進化する(・・・・)のが、僕の目的なのさ」

「な、何だと……?」

 ジョンは呆気に取られた。ニックは薄く笑った。そこに先程までの気障(きざ)剽軽(ひょうきん)な雰囲気は欠片もなく、見ようによっては酷薄にすら感じる不気味な笑みであった。

 或いはこれがこの男の本性なのかも知れない。

「だからこそ聞きたいんだよ。吸血鬼になりたて(・・・・)である君は、またとない被験者(・・・)だしね。精神面に何らかの変化はないのか、ミラーカやひいてはヴラドに対する忠誠心はどのような感じなのか、ローラに対する感情に変化は? 聞きたい事は山のようにある」

「お、お前……お前も吸血鬼になるつもりか?」

 本当に純粋な興味から身を乗り出してくるニックに、若干引き気味となるジョン。

「いや……ミラーカは絶対にこれ以上吸血鬼を増やそうとはしないだろうし、君が増やす事も許可しないだろう。もし発覚したら必ず責任を持って処分(・・)しようとするはずだ。そんなリスクは犯せないしね」

 ニックはかぶりを振った。

「そういう意味では、今回の事件は非常に興味深いものがあるね。恐らくメネス王によって人外の存在へと作り変えられた学生達……。彼等の精神はどんな状態なのかな? 本心からメネスに隷属しているんだろうか? そこに自分の意思は? もしメネスの支配を逃れられる抜け道(・・・)のような物があれば……」 

 一瞬思考の海に沈みかけていたニックだが、ジョンの唖然とした視線を感じると思考を中断した。

「……おほん! まあそんな訳で、今回の事件への協力要請は僕個人にとっても渡りに船だった訳さ。勿論何らかの手段で目的を達成したとしても、君達やローラ達にも一切敵対はしないと約束する。精神は僕のままでなければ意味が無いし、むしろ成功した暁には今まで以上に心強い味方になれる事を保証するよ」

「…………」

 意外と言えば余りに意外なニックの目的だったが、こちらに……正確には自分に(・・・)害が無いのであれば放っておいても構わないかとジョンは考えた。自分とてそれ程潔癖な性格ではない。ましてや吸血鬼になってからは尚更だ。


 むしろ……面白い(・・・)とすら感じた。


 ジョンは自分の心の内から湧き出る衝動を抑えるのに常日頃から苦労していた。特に夜はそれが顕著だ。人間を遥かに超越した身体能力と感覚……。そして年を取る事のない素晴らしい肉体と不死身に近い再生能力……。

 これを手に入れたくなるという人間の気持ちは良く理解出来た。確かにこれは……病みつき(・・・・)になる。

 だがその衝動を自由に発散する事は、カーミラによって禁じられていた。ジョンは次第に自分の中でカーミラに対する不満が鬱屈してきている事を自覚していた。

 確かに本来は死んでいた身を救ってもらった事、そしてこの超常の力を与えてくれた事は感謝してもし切れない。だがそれとこれとは話が別だ。

 折角不老の肉体と超常の力を得ても、この先未来永劫カーミラに監視され、欲望を発散できずに生き続けなければならないのか……。それは想像しただけでも生き地獄であった。


 今、自分だけが秘密を共有しているニックが、もし本当に『バイツァ・ダスト』の力を手に入れる事が出来たら……?

 ニックは、カーミラの甘っちょろい(・・・・・・)潔癖な性格を把握している。ジョンが警告するまでもなく、カーミラにこの話をする事はないだろう。つまり……ジョンは非常に有力な共犯者(・・・)を得られる事になる。


 ニックの思わぬ告白は、ジョンの中に僅かに燻っていた火種に燃料を投下する結果となった。


「ニック。今の話……カーミラ(・・・・)には黙っておいてやる。お前が力を得られるよう協力もしてやる。その代わり……」

「……ああ、なるほど。そういう事か。つまり……『同盟』という訳だね。目の上の瘤(・・・・・)を取り除く為の、ね……」

 頭のいいニックはそれだけでジョンの真意を悟ったらしい。再び肩を竦めた。

「構わないよ。僕の目的を知ったら……或いは目的を達成した僕の事を知ったら、彼女は青臭い(・・・)正義感や使命感から僕の事を殺そうとする可能性もあるからね」

 あっさりと了承するニック。ジョンはほくそ笑んだ。やはりこの男は頭が切れる。正確に状況を予測できていた。

「ああ……。尤も当面(・・)は大人しく従っている振り(・・)をしておくがな。確実なチャンスを見極める必要がある」

「それが賢明だね。……さて、それじゃ腹黒い密談はここまでにしておいて、とりあえず僕の目的を達成する為にも、そのゾーイという女を見つけないとね。ついでに(・・・・)ローラの事もね」

「ああ、宜しく頼む。バックアップは任せておけ」

 そしてジョンとニックは握手を交わす。だがそれはLAPDの警部補とFBIの捜査官が交わすには、余りにもどす黒い感情を秘めた、利己的な握手であった。

 ジョンは降って湧いた自由への可能性(・・・・・・・)に、自らの心が興奮に沸き立つのを抑える事が出来なかった…………
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