File52:全ての始まり

文字数 3,804文字

 ()を呼び出し使役(・・)しようとしたのは、数百年前の英国のとある魔術結社であった。ビブロスのような小悪魔だけ呼び出して満足していれば良かったものを、彼等は身の程知らずにもより高位の悪魔を召喚して、その力を以って当時の英国に仇為そうとした。

 彼等は魔術結社というだけあって高位の悪魔を呼び出す危険性を承知しており、特殊な方法(・・・・・)で悪魔を支配下に置こうとした。

 それが即ち……受肉(・・)である。

 召喚した悪魔に人間の女を生贄に捧げるという名目で交わらせ(・・・・)、悪魔の子を受胎させるという禁断の魔術だ。

 それによって人間でありながら悪魔の力を持つ魔人が誕生する事になる。結社はその悪魔の子を幼い内から洗脳と教育によって手懐けるつもりであった。


 だが結社には誤算があった。誕生したのは悪魔の子ではなく、その悪魔の意識と魔力がそのまま胎児に移植された悪魔そのものだったのである。召喚され女と交わった悪魔は結社の裏をかいたのだ。

 仮初ではなく本物の人間の肉体を得た悪魔は、『魔界』から離れては長時間存在できないという悪魔の弱点自体を克服し、完璧な存在となった。

 そして悪魔は愚かで身の程知らずな結社を内側から滅ぼして、自らの『糧』とした。どのみち()を使役できる器ではなかった。そんな人間はあの稀代の魔術師であるソロモン王ただ1人であろう。

 そして大人の肉体に成長し更なる魔力を強めた彼は、自らの故郷である『魔界』とこの世界を一つに繋ぐ『ゲート』を作り出す計画を立てる。ただ『ゲート』を開いて魔界に帰るつもりはない。折角人間の肉体を得たのだ。

 悪魔と人間。双方の性質を併せ持つ彼にとって、二つの世界が混ざり合った新世界こそが理想郷であった。

 この世界にも魔力を持った存在はいる。彼はそういった存在の中から気に入った者達を魔術で調伏(・・)し、自らの手足の代わりとなる使い魔とした。


 そして長年かけて準備(・・)を整えた。計画の要となる『特異点』は、自分の経験を元に受肉という手段を用いて生み出した。

 作り出した『特異点』の効果は早速現れはじめ、500年間世界中を彷徨っていたとある女吸血鬼(・・・・)が、『特異点』のホームタウンであるLAに拠点を移してきたのだ。陽の気が強いLAは吸血鬼にとって本来決して居心地の良い場所ではないはずなのにだ。

 『特異点』の効果を実感した彼は、かねてより温めていた『蟲毒』計画の実行を決意する。様々な毒虫を狭い壺に閉じ込めて互いに食い合わせ、最後まで生き残ったより強力な呪力を身に着けた毒虫を呪術の媒体に用いるという、東洋の呪法を模した計画だ。

 LAの街を1つの壺に見立てて、そこに様々な毒虫……魔物達を『特異点』の効果で呼び集めて互いに殺し合わせ、最後に残った魔物を自分が調伏した使い魔達を用いて回収(・・)させる。


 だが1つだけ彼にとっての誤算が発生した。


 彼は元々『蟲毒』にはヴラド公を使うつもりであった。他の呼び集めた魔物達を倒せるだけの力があったからだ。ヴラド達を復活させる前に、やはり『特異点』の影響によってこの街で刑事をしていた強力な人狼のマイヤーズを予め覚醒させておき、待ち受け準備(・・・・・・)は万端であった。

 しかし……何とヴラド公はマイヤーズと戦う前に、例の女吸血鬼と『特異点』自身によって倒され封印されてしまったのだ。取るに足らない存在だと思っていた女吸血鬼が俄かに注目すべき存在へと早変わりしたのだ。『特異点』自身と深い繋がりを持つようになった事も想定外であった。

 この時点で彼は計画の微修正を余儀なくされた。

 当初は様々な魔物達を一斉にこの街に呼び寄せて、いわば魔物達によるバトルロイヤルを引き起こす予定であったが、それだとヴラドを倒して『蟲毒』の役割を引き継いだあの女吸血鬼が耐え切れずに死んでしまう可能性が高い。

 そこで魔物達を呼び寄せる時期(・・)を微妙にずらして、複数の魔物と同時には当たらないように調整(・・)した。

 更に使い魔の1体である死神サリエルに裏から彼女達をサポートさせた。そうしている内に『特異点』の効果によって徐々に女吸血鬼の周りにも戦力(・・)が増え始めて安定してきた。


 そして現在、『蟲毒』たる女吸血鬼は見事に『ゲート』を完成させるだけの()をその身に蓄える事ができた。いよいよ収穫(・・)の時であった。


*****


 LAの街から火の手が上がる。微かに銃声や悲鳴、怒号などが轟いてくる。アルゴル……エリゴール(・・・・・)は、それらを高尚な絵画や音楽を愛でるように堪能していた。

「くくく……『魔界(ゲヘナ)』が顕現する前夜祭です。存分に死と絶望のメロディーを奏でて下さい、くくく!」

 ハリウッド貯水池の湖上。『ゲート』の更に上空に浮遊しながらエリゴールは、眼下に広がる光景を目にして陰険な嗤い声を上げていた。

「今頃はオーガ達が上手くやっている頃でしょうか。『蟲毒』が死ねば、その身に蓄えられた毒が一気に噴き出して『ゲート』が完成する……。もうすぐです。もうすぐ私の理想郷が誕生するのです……!」

 その光景を想像して堪え切れない嗤いを浮かべるエリゴール。長年を掛けた計画がいよいよ実現しようとしているのだ。


 その時『ゲート』が激しく揺らいだ。そして『中』から、何かがこちら側に出てくる気配があった。

「ふふふ……! オーガ達が邪魔者を全て始末し終えたようですね。これでようやく『ゲート』が完成します。この時を…………んん? これは……!?」

 エリゴールは嗤いを止めて眉根を寄せた。何か様子がおかしい。接近してくる反応は、彼が良く知っている使い魔達の魔力ではなかった。いや、それどころか……

 『ゲート』から複数の影が次々と飛び出してきた。数は……全部で7つ(・・)

「馬鹿な……あり得ん! こんな事がぁ……!?」

 湖岸に降り立った7人の人影。それは彼の使い魔達によって殺されているはずの、『特異点』と『蟲毒』、そしてその仲間達であった!



*****



 見上げると星の輝く夜空。そして森と湖。何よりも……魔界とは空気(・・)が違う。確認する前から本能的な部分で悟った。

「帰って……きたのね?」

 ローラは呟いた。LAの街。ここが自分の故郷だと肌で感じる。思わず涙ぐみそうになる。そしてそれだけでなく更なるサプライズが……

「ローラ!! 無事だったのね!? モニカ達も……!」

「ミラーカ!?」

 聞き間違えるはずのない声に振り向くと、魔界で離れ離れになっていた愛しい女吸血鬼がこちらに駆け寄ってくる所だった。その後ろにはやはり所在が解らなかったセネム達3人の姿も。どうやらローラ達と同じように、ミラーカ達前衛組は前衛組で邂逅していたらしい。

「ミラーカ、良かった! ジェシカ達も。……お互いに話したい事や聞きたい事は山のようにあるけど……」

「ええ……それは全部終わってから(・・・・・・・・)ゆっくりと、ね」

 状況が許せばこのまま互いにハグして人目も憚らずに接吻をしたい所だったが、生憎それはまだお預け(・・・)であるという事を2人とも解っていた。

 同じように再会を喜び合っていたジェシカやヴェロニカ達にもそれは解っており、その場にいた全員の視線が()を向いた。 


 そこには相変わらず湖上で禍々しい口を開ける『ゲート』と、その更に上空からこちらを見下ろしている1人の男。全ての元凶である悪魔エリゴールの姿があった。

「馬鹿な……あり得ん! こんな事がぁ……!?」

 余程ローラ達が生還した事が想定外だったらしく、エリゴールは今までの底知れない黒幕ぶりが嘘のように目を剥いて驚愕と動揺を露わにしていた。


「皆さん、奴が動揺している今が好機です。『ゲート』諸共あの悪魔を魔界の彼方へと強制送還します! 皆さんのお力を私に貸して下さい!」


「……!」

 モニカだ。既に何らかの術の準備に入っている。確かにわざわざ会話をして奴の動揺が鎮まるのを手伝ってやるのは愚かな事だ。ローラ達は一様に頷いた。

「解ったわ。どうすればいいの?」

「以前と同じです。私の背中に手を当てて皆さんの魔力や霊力を貸して下さい。それを束ねてあの『ゲート』と悪魔を封印します」

 モニカが皆が手を置きやすいようにその場にひざまずく。ローラもミラーカも仲間達も、誰も余計な問答などせずに躊躇いなくモニカの背中に手を当てていく。エリゴールが動揺から立ち直ってしまうまでの、時間との戦いでもあるという事を皆が解っていた。

 6つの手が背中に当たると、モニカは目を閉じて祈りを捧げ始める。


「地水火風、この世界を司る森羅万象の精霊たちよ……。相容れぬ異物を除する排害の力を……!」

 モニカの祈りに応えて、まるで『ゲート』とエリゴールを囲むように白い光の輪が出現する。そしてその輪はどんどん包囲を狭めて『ゲート』を覆い、圧し潰そうとする。

「……! 『特異点』に作り出された人形風情が、小賢しい……!」

 その時ようやくこちらの動きに気付いたエリゴールが、『ゲート』を潰させまいと何らかの魔力を放散する。それは黒い波動となって光の輪を内側から押し戻していく。

「……っ!! 何て……禍々しい、魔力!」

「それに……物凄い圧力よ! このままじゃ……!」

 エリゴールが放つ恐ろしいまでの高密度な魔力に、モニカだけでなく一緒に力を共有しているローラ達まで苦し気に呻く。モニカと合わせて7人分の力を束ねているにも関わらず、光の輪は徐々に押し戻されていく、このままでは内側からの圧力に耐えきれずに光の輪が弾けてしまう。
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