File15:見下げ果てたクズ

文字数 3,486文字

 ローラは自らを拘束する『枷』を外そうと躍起になっていた。その枷は一見するとゴムのような質感であったが、ローラの手首に巻き付くとピッタリと貼り付いて取れなくなった。そして手錠や縄のように皮膚を傷つける事も血行不全を起こす事もない絶妙な力加減で、ローラの腕を後ろ手に拘束していた。

 彼女がどれだけ力を込めてもその枷は一切緩む気配はなかった。しかし時間の感覚もないこの『牢獄』の中で他にやる事もないローラは、ひたすら悪戦苦闘を続けていた。

 差し渡しが15フィート以上はありそうな広めの円形の部屋だった。周囲はローラには何なのか判別も付かないような装置や機器と思しき物が壁や床から生えて(・・・)いた。


 ここは『シューティングスター』の宇宙船(・・・)の中だ。ローラは目を覚ましてしばらくの後、それを確信した。

 因みに今現在『シューティングスター』はここには居なかった。とある用事(・・・・・)で外出中なのだ。何の用事かは……

「……!」

 全く音もなく唐突に壁の一部に穴が空いた(・・・・・)。そこから『シューティングスター』の巨体が滑り込むように中へ入ってくると、壁の穴は最初から存在していなかったかのように閉じて無くなった。

 既に何回か見慣れた光景ながら、相変わらずの驚嘆すべきテクノロジーだ。どのような原理でこんな技術を可能としているのかローラには見当も付かなかった。

「…………」


『……『食事(・・)』ノ時間ダ』


 ローラが睨み付けるような目で見ているのに構わず、『シューティングスター』は手に持っていたビニール袋(・・・・・)をローラに放った。彼女を拘束している枷が自動的に外れる。

 中を開けてみると大手ファストフード店のハンバーガーやフライドチキンなどのジャンクフードの類いが幾つも入っていた。どれも作り立てらしく充分な温かさを保っている。

「……っ」
 その温かさと匂いを嗅いだローラは、不本意ながら喉を鳴らしてしまう。同じような『食事』を既に6回経験していた。『シューティングスター』が摂取している青っぽい色のスティックのような食べ物は、どうやらローラの……地球人の身体には合わないらしく、『シューティングスター』は捕虜(・・)の為に、こうして定期的に外出して街の食べ物を調達してきていた。

 時間の感覚はかなり曖昧になっているが、自分の腹の減り具合からしても恐らく外出は一日一回と推測された。つまり自分の食事も一日一食という訳だ。腹も減るはずである。

 自分は無理矢理ここに監禁されている身なのだ。何も遠慮する必要などない。既に6回目という事もあって、ローラは空腹と食欲に任せてジャンクフードを平らげた。

 最初の『食事』の際にどうやって調達してきているのかを訪ねたら、『シューティングスター』は明言はしなかったが少なくともゲーム以外では誰も殺していないとだけ言った。

 何らかの未知の技術を使って調達しているらしい。因みにシャワーやトイレに相当する設備も付随していた。自分の食糧の備蓄は沢山あるらしく、この中だけでかなりの長期間引き籠って生活する事も可能な作りになっているようだ。



『……ヤハリ解ラン。オ前ガ他ノ地球人ト異ナル点ハ何ナノダ? 何故オ前ニコレ程注意ヲ引カレル』

 どれだけ聞いても耳慣れない合成された機械音声で訝しむようにローラを見つめてくる『シューティングスター』。

 だが宇宙人に見初められる覚えのないローラとしては、そんな事を聞かれても困るだけだ。或いはローラの前に人外の怪物達が立て続けに現れる理由と関係しているのだろうか。

「あ、あなたは一体何者なの? 何故こんな事を繰り返すの? 私達に何の恨みが……?」

 向こうから能動的に話しかけてきたのは初めての為、ローラはこの機会にどうしても聞きたかった事を尋ねる。聞いた所で向こうが答えてくれるとは限らなかったが……


『……俺ガコンナ辺境ノ惑星(・・・・・)ノ監視任務ナドヲ押シ付ケラレテイル間ニ、管理局(・・・)同期連中(・・・・)ハモット大キナ重要度ノ高イ星デ華々シイ任務デ活躍シ手柄ヲ立テテイルダロウ』

「……え?」

『俺ノ方ガ奴等ヨリズット優秀ナノニ、管理局ハ俺ヲコノ星ニ押シ込メタ! ダカラコノ星デ好キニヤラセテモラウ事ニシタ。監視業務ダケデハ退屈(・・)ニ過ギタノデナ』

「……っ!! た、退屈……? まさか、それだけの為に……?」

 犯人自身が語る事件の真の動機……。それは、ローラ達にとってある意味で余りにも理不尽で残酷な物であった。その退屈しのぎ(・・・・・)で殺された大勢の人々、同僚の警官達の姿が脳裏に浮かぶ。ローラは身体の芯から湧き上がる怒りを感じた。

『ドウセ何十億モイルノダ。多少間引イテ(・・・・)ヤッタ方ガ、コノ星ノ環境ニトッテハムシロプラスニナルダロウ。尤モ煩イ管理局ニ知ラレンヨウニ、精々コノ街デノ小規模(・・・)ナゲームシカ楽シメンガナ』


「ふ……ふざけるなぁぁっ!」


 ローラは怒りから叫び、状況も忘れて『シューティングスター』に殴りかかっていた。だが警察戦力すら物ともしない化け物に女が殴りかかった所でどうなる物でもない。

 容易く殴りかかった腕を掴み取られて床に組み伏せられる。物凄い力だ。

「あぐぅっ!」

『怒ッタ? 怒ッタノカ? オ前ハ面白イナ。ダガ俺ハマダマダコノゲームヲ続ケルゾ? モウ次ノ『ターゲット』ハ決メテアル』

「……っ!」
 床に押さえつけられながら、ローラは目を見開いた。そうだ。この悪夢の連鎖は何も終わってなどいない。

 この見下げ果てた落ちこぼれの俗物には何か特定の目的や崇高な使命がある訳でも無く、ただ自身の退屈しのぎと憂さ晴らし(・・・・・)の為に、自分より弱い地球人を苛めて遊んでいるだけなのだ。

 その意味ではあの『ルーガルー』に近い存在と言える。最低最悪のクズだが、現実問題としてこのクズを止める手段がない。警察の総力でも勝てなかった相手だ。例え軍隊であっても確実に勝てる保証はない。仮に勝てたとしても大きな被害を出した後の事だろう。

 そういう意味ではミラーカ達も同様だ。きっと今頃は大いに心配させてしまっているだろう。

 彼女なら何らかの手段で(それこそあの『死神』に教えてもらうなりして)ローラの居場所を突き止めてくれるかも知れないが、例えミラーカでもこの化け物相手では勝ち目は無い。ジェシカやヴェロニカが随伴していても同じだ。それどころか返り討ちで彼女達が殺されてしまう可能性の方が遥かに高い。

 地球人は『シューティングスター』に対して余りにも無力であった。力が足りないばかりに、このクズに好きなように蹂躙されるしかないのだ。


(待って…………地球人は(・・・・)?)


 ふと思い浮かんだ疑問。

「――っ!!」

 そしてその疑問が浮かぶと同時に、天啓のようにこの『シューティングスター』を止められるかも知れない手段が閃いた。ヒントは先程の奴の、愚痴とも言える言葉の中にあった。

 だがそれは余りにも荒唐無稽な考えでもあった。そもそも実行可能かどうかさえ分からないのだ。しかしどうせこいつを止められる手段が他に無いというのであれば、前向きに考えてみる価値は充分ある。

 問題は……ローラでは何をどうしたらいいのかさっぱり解らないという点だ。やりたい事ははっきりしているのに、その方法が解らない。


(もっと、こういう宇宙人の技術なんかに詳しそうな人はいないかしら? もしかして『彼』なら……?)


 そんな人間は通常まずいないだろうが、この時ローラの頭には1人だけ可能性がありそうな人物の顔が思い浮かんでいた。

 だが現状では『彼』に接触、連絡する手段が無い。当然というかこの中ではスマホは通じないようで、そもそも起動する事さえ出来なかった。何らかの影響で故障したらしい。勿論GPSなども作動していないだろう。  

 であるなら、何とかしてローラ自身がここから脱出する以外に無い。

(待っていなさい……。そうやって私達を見下して余裕ぶっていられるのも今の内よ。私は必ずお前を出し抜いてみせる。ミラーカ……私に力を貸して!)

 自分を押さえつけて嘲笑っている『シューティングスター』を睨み上げながら、ローラは心の中で固く決意するのだった……
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